calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

黒崎健時著「必死の力・必死の心」を4種類用意してみた。


JUGEMテーマ:格闘技全般

 昨日はお台場のアクアシティまで行ってまして、久々に5時間ほど炎天下の中で過ごした結果、焼けた所が真っ赤になっていたりするのですが、皆さんは如何お過ごしでしょうか?

 今回はですねぇ、元極真会館最高師範で現・新格闘術総帥、私のご近所さんでもあります黒崎健時先生の著作、「必死の力・必死の心」を紹介しようと思います。 黒崎先生は極真時代に「鬼の黒崎」と呼ばれ門下生の畏怖の対象となっていました。 黒崎先生の伝説についてはまた語る機会もあるでしょうが、今回は割愛します。
 この本は全部で3種類ありまして、若干内容が異なります。 まずは1979年初版の目次から紹介しましょうか。

必死の力必死の心1.jpg
初版、再版も同じ表紙


 

序文/梶原一騎
1. 武道に賭けた青春
☆ 戦争の最中で過ごした少年時代
 ・苦い米を食って土と闘う ・牛の鼻をひきちぎる ・夢は馬賊になって満州を駆けまわる
☆ ケンカで始まった戦後
 ・先手必勝のケンカ殺法 ・切りだしナイフで日本刀に立ち向かう ・東京へ
☆ 自己の限界への挑戦
 ・一週間の断食・断水の後に荷車を引く ・生き埋めによる荒修行 ・先行を腕に押し当て燃やす ・八十二日間の山ごもり
☆武道修行の日々
 ・武道との出会い ・武道に段はいらない ・相手に勝つ前に、おのれに勝て
☆極真空手で鬼になる
 ・大山倍達先生との死闘 ・実戦的練習をした成増支部道場 ・オランダで大男を倒す
☆打倒! キック・ボクシング
 ・初めての敗北 ・空手からキックへ ・本場ムエタイのチャンピオンを破る

大山倍達と黒崎健時.jpg
毛利松平、大山倍達、黒崎健時

2. 闘いとは何か
☆ ケンカで覚えた武道のこころ
 ・武道とは”情念”の道である ・敗北をバネにしろ ・ケンカは一発で決まる ・手負いの獣になれ
☆ ”気”と”必死の力”
 ・猿真似で人は倒せない ・地獄道場と”朝逃げ” ・必死の力と必死の心 ・”気”は日本人の魂である ・狂気を持て
☆ 精神と肉体を鍛える
 ・痛さに慣れよ ・自発的練習とスパルタ式練習 ・三日間で十キロの減量をする ・苦しさのなかから闘う気力が生まれる ・おのれの限界を知れ
☆ あくなき鍛錬・あくなき挑戦
 ・肉を切らせて骨を断つ ・百発打ち続ける”気合”を持て ・武道は身体で考えることから始まる ・常識を打ち破れ ・人間は五時間以上は眠る必要なし ・道場は精神の訓練の場でもある
☆ 人間として武道家として
 ・たとえ倒れても前のめりに倒れよ ・何事も最後までやりとげよ ・内に秘めている闘志
☆ 人生は闘いである
 ・信念を持った人間は強い ・負けられない気持と”必死の努力” ・人生に引き分けはない ・闘いの道とは人間の道である

目白ジム.jpg
目白ジム時代

3. 不幸な若者たちへ
☆不幸な若者たち
 ・ものわかりのよい大人になるな ・決して逃げるな
☆ 恋愛と闘い
 ・自分をさらけ出せ ・恋愛は闘いだ
☆ 自殺。 ”死”を知らない子供たち
 ・とべない子供と核家族 ・”死”は美しくなどない
☆ 受験地獄と家庭内暴力
 ・エリート教育が子供を駄目にする ・ひよわなニワトリになった子供たち
☆ 青春の夢を追い求めて
 ・無我夢中で突き進め ・友と生命は金では買えない

成増道場1.jpg
成増道場時代

4.  武道訓私考
☆ 五輪書/兵法家伝書/新陰流兵書☆
☆ 葉隠/二刀一流極意条々☆
 ・覚悟薄き時は、人に転ぜらるる事有り ・一命を捨る時は、道具を残さず ・心常に兵法の道を離れず ・只今がその時、その時が只今なり ・武士道は死狂ひなり ・名人も人なり、我も人なり ・兵法に形なし

5. 真の格闘術をめざして
☆ 新格闘術がめざすもの
 ・闘いに男の夢を託して ・武道家の宿命 ・新格闘術への歩み ・闘いの道程での出会い 新の格闘術をめざして
あとがき

 で、手元にある第12版を見ますと…

☆極真空手で鬼になる
 ・大山倍達先生との死闘

が、

☆実戦空手で鬼になる
 ・鬼の組手

 と、なっています。 実は79年の初版以降は黒崎先生と大山倍達総裁の仲が悪化した事で大山総裁に関して書かれた箇所が全て変えられてしまいました。 梶原一騎先生による序文は一緒なんですけどねw
 ついでに、これはどういう訳か知りませんが、初版では実名だった渡辺一久先生の名前が、再版以降は「渡辺光良」となっているところもありました。 では、その変えられてしまった箇所を書き出してみます。

合宿1.jpg

 大山倍達先生との死闘
 一度東京に出た私が、佐郷屋先生の命で再び故郷に帰り、武道修行や苦行を自己に課す毎日を過ごしていたこと先に述べたが、そんなある日、佐郷屋先生から呼び出しがかかった。 行ってみると、「お前を大山倍達という空手家に預ける」ということだった。
(中略)
 こうして私は、まだ道場もなく、野天の空地で稽古を重ねていた大山道場に入門したのである。 昭和二十八年、私が二十三歳のときのことだった。
 大山先生はすでにそのころには、第一回のアメリカ修行を終えていた。 入門したとき、私の空手歴は五年になっていたが、大山道場の空手は、私がやって来た空手とは幾分違っていた。戦後、黒人兵と争ったり、外国でプロレスラー と接したりして来た大山先生は、空手道にもパワーが必要なことを痛感していたらしく、重量挙げ、腕立て伏せなどを大幅に取り入れた空手道であった。
 そのころの大山道場は、現在の極真会館のように多勢の稽古生も居なかったし、稽古方法も同じではなかった。 また、一人一人がバラバラにに外で稽古をしていたから、今日のように号令とともに皆で一緒に身体を動かすこともなかった。 入門してすぐ、何をしてよいのかわからずに途まどっている私に、大山先生が最初に命じたことは、電柱を叩くことであった。
(中略)
 先生と私は数えるほどしか組手をしなかったが、端で見ている者にとっては、非常に面白いものだったようだ。 私は九十キロのあの先生の体重にはね飛ばされることが多かった。 しかし、私は決して「まいった」とは言わなかった。 たとえ死んでもその言葉は言いたくなかった。 そして、もう一丁もう一丁と、次第に双方とも熱くなって行く。 見ている者は面白いと同時に、幾分ハラハラもしたと聞かされた。
 大山先生としても、いくら私を倒しても、「まいった」と言わないので、時には私を溝に突き落とし、首を踏んづけたりもした。 それでも「まいった」の一言を黒崎の口から聞けなかったと、先生も著書に書き記しておられる。 それにしても、私はくやしくてくやしくてたまらず、「なに、本当の喧嘩なら負けやしない」などと思ったりもしたものだ。

黒崎健時1.jpg

 この事は黒崎先生もよく憶えていらっしゃる様で、本書から約20年後に松井章圭館長と対談した際にもこの事に触れ、弾き飛ばされ、強かったと、悔しい思いをした事を語っています。

 最後の3つ目は「ゴング格闘技」の特別編集版という事で、2001年に復刻されました。 何故かX-JAPANのYOSHIKIが推薦しており、表紙に言葉を寄せています。 …確かYOSHIKIは八巻道場の門下生でしたっけ? ちなみにこんな推薦文です。

黒崎先生の言う「限界などない」ということを自分もいつも思っていて、ステージで何回か倒れましたが、まだできるんじゃないか、可能性は無限にあるんだ、と信じています。
音楽も根性。 先生の言葉に格闘技と音楽の一致点を見つけました。

必死の力必死の心2.jpg
写真の左胸に注目

 本書は再版版の復刻版ですが、新たに第1章と最終章が追加されています。 他にも特別付録と称して、黒崎健時先生と松井章圭館長、佐山聡氏の対談、以前「ゴング格闘技」でやっていた寄せられた質問に回答するコーナーから厳選され た物が収録されています。 ついでに指摘すると復刻版の表紙の写真、黒崎先生の成増道場時代の写真ですが、胸にあった「極眞會」の刺繍がレタッチで消されていますw そこまでしなくても良いのになぁ…。

 と、3種類の「必死の力・必死の心」を紹介しましたが、本書の主旨は黒崎先生の心の在り方にあります。 過酷な鍛錬とその心の持ち様は、本書を読んだ多くの人に感銘を与えました。
 今となっては古臭い精神論、と言う人もいるかも知れませんが、必死になるというのは、一流になる上でまず最低の条件だと思います。 努力したからと言って、全てが手に入るとは限らない。 しかし努力しなければ何も手に入らない、とはプロレスラー長州力の言葉でしたが、やはりまずは必死に努力、でしょうね。 これはどの道においても言える事だと思います。

※追記:この記事の後、もう1冊別版があるというのを聞いたので、ここに追加します。

必死の力必死の心3.jpg
泰流社版(1994年)

 こちら、泰流社から1994年に発売された「必死の力、必死の心、必死の闘」、中身は改訂版と同じ物でした。


 はい、という事でね、今回は黒崎健時先生の著作を扱ってみました。 私が聞く黒崎先生は…いや、怖いから止めて置きますw
 その内ですが、「月刊パワー空手」でやっていた「カラテ群像」と一緒に描かれなかった高弟も含めてコーナー化したいとは思っていますので、そこで黒崎先生の武勇伝を取り扱いたいと考えていたりします。
 ところで、最近聞いたのですが、極真と全空連が1970年に会合し、傘下に入らないかと打診した話も一部では嘘扱いになっているらしいですね。
 少なくとも料亭「千代新」で会合はしているんですけどね。 70年当時の機関誌にもその話はありましたし、日付も載っています。 真樹日佐夫先生の名前もありました。 どうも間を取り持ったのは大山倍達総裁の先輩にあたる、松濤館の大竹一蔵先生の様です。
 という事で、今回はここまで。
 それでは、また。

参考文献:
必死の力・必死の心 黒崎健時著 スポーツライフ社 1979年
必死の力・必死の心(改訂版) 黒崎健時著 スポーツライフ社 1988年
必死の力、必死の心、必死の闘 黒崎健時著 泰流社 1994年
ゴング格闘技特別編集 必死の力・必死の心 黒崎健時著 日本スポーツ出版社 2001年






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





コメント
黒崎先生も80歳を超えられていらっしゃいますが
お元気なのか少々心配です。

10年以上前ですが黒崎先生にお会いした時に
「極真」をどう思っているかをお尋ねした事があります。

大山先生の悪口はあまり言われませんでしたが
梶原先生・真樹先生の事はかなりひどく言われていました。

「必死の力、必死の心」はやはり自分にとってはバイブルです。





  • もん爺
  • 2011/07/19 1:43 AM
全空連との会談が嘘扱いですか?。

いやはや時代を感じます。

もっとも

「日本の空手は負けていない!」
と二度も声明して全空連に食ってかっかった事も
今の人たちは知りませんからw。


当時全空連の人間から

「極真がウチ(全空連)の傘下になったぞ!」

全空連入会申込書を持ってきて
所属団体のひとつに「極真」が書かれている
証拠を突き付けられましたw。

後日確か郷田師範の名前で全空連に抗議書を出したような記憶があります。

和道会の城石先生が
極真を嫌っているようなそぶりをしながら
かなり力を入れられていたのも印象的でした。

城石先生著書「空手道競技入門 基本を学ぶために」は
1990年以降に出版されたものなのに
極真が全空連の所属組織のように書かれていましたので驚きましたw。


てっきり
田中清玄先生が仲介をもったのかと思っていました。

当時は確か
全日本剛柔会が真っ二つに割れた時期でしたので
それも何か影響したのかとも思いました。

 「空手道」も「フルコンタクトカラテ」も仲良くオリンピックに入ってくれればいいなあw

と思うこのごろです。



  • もん爺
  • 2011/07/19 2:21 AM
私も「初版」、再販された「改訂版」を読みました。
黒崎健時師範の著書では、意志力強化について説かれた
「続必死の力・必死の心」を興味深く読ませて頂きました。内容については忘れましたが、具体的な方法が描かれていたのを覚えています。もう一度読みたい本です。
  • 四十路
  • 2011/07/19 7:33 PM
>もん爺さん
黒崎先生は大山総裁の強さ自体は認めていますもんね。 若木竹丸先生との対談本でも褒めてましたし。
やっぱり愛憎入り乱れたところがあるんじゃないかなぁと思っています。
全空連の件ですが、以前ちょっとネタで書きましたが、70年代後半に勝手に段位認定会派として極真会の名が入っていますw
ちょっと「パワー空手」を読み直さないと正確なのは出て来ませんが、郷田先生の件で抗議したのは、確か勝手に理事だったか、幹部扱いされていたんですよね。あれは何年頃だったか…思い出せれば直ぐに引っ張り出すんですけどw その内記事にしようかな?
その後に空手界大同団結でオリンピックを目指す為に極真と協議するんですが、結局流れちゃいました。 まぁ、オリンピック競技も無限に増やす訳には行きませんからねぇ…。 手足で打撃する格闘技で纏めるなら、肘膝ロー無しのキックが妥当なのかな、という気がしていたりします…。

田中清玄先生は、相手に笹川良一氏がいるので、間を取り持つ様な事はしなかったんじゃないでしょうか? 逆はあり得るかと思いますがw
2回目の会合の記事によれば極真側からは、大山倍達、毛利松平、塩次秀雄、河合大介、真樹日佐夫が参加。 全空連側からは笹川良一、大竹一蔵、江里口栄一、坂井武彦などが参加したとあります。
河合氏は笹川氏と関係がありますから、大竹先生と河合氏が何かしらの役割を果たしたのかも知れません。

>四十路さん
ちなみにさっき気付いたのですが、初版と改訂版では内表紙も違っていました。 ついでにカラーページの写真がモノクロからセピア色になっていますねw
そう言えば、「続・必死の力・必死の心」は初版と再版で表紙が違いますねぇ。
意志強化鍛錬は最後の章で非常に短いのですが、たった2つの格言に集約されています。 これもその内取り扱いたいと思います。
  • Leo
  • 2011/07/19 9:53 PM
黒崎先生といえば、佐郷屋留雄が大山館長に紹介したんですよね。佐郷屋留雄は松濤館で船越先生に空手を習っていたので、その繋がりかも知れませんね。
  • Little Tiger
  • 2011/07/20 8:16 PM
誰か笹川良一がいかなる人物か具体的に知ってる人はいませんか?噂は色々ありますが、どんな背景があるのでしょうか?
  • やいや
  • 2011/07/21 12:24 AM
>Little Tigerさん
佐郷屋留雄氏と大山総裁の関係って松濤館繋がりなのか、それとも右翼繋がりなのか、この辺りはどっちか良く分かりません。
両方、というのもありそうですけど、一番疑問なのが、何で弟子を探していたのかなぁという点です。 実際には佐郷屋氏が大山総裁に頼んだという逆パターンもあり得るのかな、とか思っていたりします。

>やいやさん
笹川氏側の評伝とか所謂黒幕として描かれてる本では知っていますけど、それ以上の事は良く知りませんねぇ。
前に大下英治先生の書いた戦後黒幕史の本は面白かったですね。
大山総裁とはその経歴において、割と共通点があるのに、不倶戴天の敵という面白い間柄でしたw
  • Leo
  • 2011/07/21 9:26 PM
記事違いで申し訳ありません。真樹先生が某他流派空手と衝突する羽目になったっていうのは…少林寺ではなく…http://danger1383.blog50.fc2.com/?mode=m&no=1&cr=d267223395806b12c9611990e485f00d
寛水流の前身である松林水谷空手ってことはないですかね…?
  • ロッキー7
  • 2011/07/23 12:49 PM
>ロッキー7さん
真樹先生がどの事について書かれた話なのかよく分かりませんので、何とも言えませんねぇ。
出典と何ページ位に書いてあるのか分かる様でしたら検証出来ますけど。
ただ、当ブログで引用している「黒帯交友録」の記事は全部少林寺拳法との諍いの話です。
水谷先生の所とは全く関係ありません。
  • Leo
  • 2011/07/23 3:06 PM
自分もデンジャラー松永さんも真樹さんの著者の記事は勘違いのようかもしれないですね。

ただ
なにかの雑誌に「極真の一番弟子(誰かは?)でも寛水流では4番か5番弟子程度の実力しかない!」なる文面観たことあるんですよね…
それでその後に極真と揉めて抗争になったのかな〜
想ってました。
  • ロッキー7
  • 2011/07/25 7:03 PM
>ロッキー7さん
あぁ、それはまた別の話ですね。
確か…78〜79年頃だと思いますが、確か水谷先生が極真を挑発してましたよ。 手元に何も資料が無いので伝聞ですが、極真に殴り込みを掛けるとか何とか、そんな噂があったと聞いた事が有ります。
それで、少林寺拳法の前例があったので、割と警戒してたとか。
実際には誰も来なかったんじゃ無いですかね。
「四角いジャングル」の作画を担当された中城健先生が梶原一騎先生と総本部に行った時に外でタバコを吸っていたら、大山総裁に喧嘩売られたっていうのは、この時期の話じゃないかなぁと、個人的には思っています。
  • Leo
  • 2011/07/25 9:42 PM
現在黒崎氏は、健在なのでしょうか?
「マスコミには、登場していません。」癌で入院して克服したことは、聞いたことあるのですが。…
けんさくすると、死去 のキーワードがでてきます。
  • プットローレックス
  • 2015/08/18 11:22 PM
>プットローレックスさん

詳しくは知らないですが、埼玉の某市にいらっしゃるみたいです。
  • Leo
  • 2015/08/31 6:49 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック