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大山倍達マニアック検定

ある日の極真会 16 (近代カラテ 1969年5月号)

JUGEMテーマ:空手
 
 最近は某テレビ局の異様な韓国押しがネットユーザー間で話題となっており、8/8はこの局の番組を見ないとかデモを企画してるみたいです。 今では変態新聞として名を知られる、某新聞なんかは変態報道に対するネットからの猛攻撃の結果、紙面で大々的に謝罪してますが、このテレビ局はどうなる事やら。 押し付けと過剰な依怙贔屓は、子供の頃を思い出してみれば分かりますが、大きな反発を呼びます。 そして矛先はその対象に向く、という訳ですねぇ。

 さて、今回は「近代カラテ」ですが、前回から結構飛んで、69年5月号です。

近代カラテ1969_5.jpg


「空手ニュース」
・ニュージーランド勢 一部帰国
 今年1月始めから来日していたニュージーランド極真会館支部のメンバーが4月15日に帰国した。
 支部長であるダグラス・ハロウェイ氏は大学に入る前から極真空手を学び、方々にクラブを設立し空手を指導して来た。 数年前にも日本を訪れ、大山倍達館長の指導を受けていたが、今回の日本修業でも大きな成果を見せている。 帰国前には本部の名物荒事、百人組手をして帰る事になっているが、これまで来た多くの空手留学生でもやり終えた者は5指に満たない。 しかしこれをやり遂げたならば、ニュージーランドの極真会に大きく寄与する事だろう。

藤巻潤.jpg
大山館長の義弟 藤巻潤氏、久々に本部で汗を流す

・全日本空手道オープン選手権大会 9月に決定
 極真会館は全日本空手道オープン選手権大会を開催する事となった。
 これまで毎年の様に検討/企画されて来た事ではあったが、この程、正式に開催が決定した。
 この秋の9月20日に東京都体育館におして行われるもので、他の大会と異なり、夜にかけて行われる。
 形式はオープントーナメントの個人チャンピオン決定であるが、試合は「組手」と「試し割り」の2種目で、双方に優勝した者が真の全日本選手権を得た事になる。
 注目すべき点は、他流派の参加も自由である事で有り、事実上の全日本空手選手権を賭けている事である。 現在は、参加規定、審判ルール等この大会の為の準備委員会が出来て準備を進めている。

・"アドバンスド空手"完成間近
 大山館長の著書が現在いくつか進行中であるが、「アドバンス空手」(英文・日貿出版社)が近く撮影を終えて、完成される予定だ。
 また、昨年「河出ベストセラーズ」から出版された「世界ケンカ旅行」は好評で、大衆向けにしたその形体が受けているのだが、その傾向に沿って空手初心者向けに「護身術」という本が再びベストセラーズ社より発売される。 5月中には読者の目にも触れる事が出来るだろう。
 そして日本語版空手本格書「百万人のカラテ」で、一昨年から制作しているが諸問題点があり、今回不備な点を補って完成される事となった。 発売は3月25日となっているから、この記事が掲載される頃には発売中と思われる。

・グループサウンズのイギリスの人気者、来る。
 イギリスではビートルズ以降も素晴らしいグループサウンズが生まれているが、中でも特異な奏法で人気の高い、ディープディーグループ(※多分Dave Dee Groupの事)の1人、ティッチという若者が会館本部を訪れた。
 彼はイギリス極真会館で大山館長の話を聞き、忙しいスケジュールの合間を縫って大山館長と逢って話を聞く頃が出来た。 願いを果たしたティッチ氏は、満足気に空手を一生懸命稽古する旨を見せていた。

・大山館長、各TV、雑誌に登場
 各方面から注目を浴びている大山倍達館長は、最近も雑誌、テレビ等へ引っ張り出されている。

アサヒ芸能1969.jpg
「アサヒ芸能」

 「アサヒ芸能」誌では3月20日号で吉行淳之介氏と対談、3月27日には日本テレビの「歌のプレイタウン」にゲスト出演、他には少年誌「少年キング」の別冊誌に大山館長の業跡が絵入りで載っている。

・ギリシャ大使館、大山館長夫妻を招く
 3月25日に毎年催されているギリシャ独立記念日レセプションに大山館長夫妻が招待された。

・オーストラリアの支部長来日
 極真会館本部から派遣されてオーストラリアの支部を指導して帰国した加藤重夫氏の跡を継いで実績を上げつつあるザベチャーノス支部長が3月24、25日に来日する。

・オランダのシュルツ氏、日本人女性と結婚
 オランダ極真会館の重鎮の1人シュルツ氏は、大山館長に自分の結婚する相手を依頼していたのだが、大山館長がとある女性を紹介した所、互いに心証も良く文通を繰り返していたが、今秋に結婚式を挙げる事となった。

・カナダでデモンストレーション
 カナダで極真空手を修業する、ベン・バートラム氏は、昨年に引き続き、今年もデモンストレーションを催す事となった。 4月13日、ビクトリア市の芸術画廊協会の主催で日本を紹介しているが、その中で日本武道の真髄として披露するとの事。
 また、西ドイツにおいても、3月23日にマーシャル・マクドナウ氏、アーサー久竹氏、アッチラ・メスザロス氏等が壮大なデモンストレーションを行った。

第三のプロスポーツ・世界的格闘術誕生!
極真ジム撃って出る

大山倍達師範はその非を正すべき方法として組手試合の重視、プロテクター採用打ち込み法の試合等々を提起し、その延長として、プロ空手の方法として見る空手への移行を企画してきた。

日刊スポーツ1969極真ジム.jpg
日刊スポーツ(1969年6/4)

プロ空手家は、その実力本位の試合法によりアマチュアから脱皮するために、世界各国に民族や部族の伝統の中で現代まで生きつづけて来た格闘技も合わせて、研究訓練して、格闘競技としての完全性をもたなければならない。 見られるスポーツはあくまで、見る側へ格闘術の最高を示すのである。
つまり、空手から発して、世界格闘技の粋を集めてエッセンスをとり出し、最高の格闘術としてそれを修め、競いあうのである。
もはや空手という言葉では言い表せない、強さと技術で新ジャンルが生まれることは必至である。 空手、中国拳法、タイ式ボクシング、ボクシング、フランスのサバテ、ソ連のサンボ、東南アジアの拳法、ブラジルあたりの格闘術とその範囲は広く、とり入れられた格闘術の普遍性は日本だけでなく、世界に通用する、体系と実力をもっている。
この世界格闘技とでもいうべき、大山師範の体系と理論によって武装された精鋭がくり広げるこの第三の格闘プロスポーツは、世界へも呼びかけられ、極真会館の世界の支部を通じて大きな反響を呼んでいる。
そして遂に大山師範はこの組織作りに着手した。 極真ジムの誕生である。
こうして第三スポーツは日本にその発祥を見て世界へ広まって行く。
世界チャンピオン制の実施、ルールの世界メッセージと確認、世界各国との選手交歓等これからの課題は大きい。
当座の形式は、既に似たような形で発足している「キックボクシング」とやや似るところもあるだろうが、先行きの中で、今の形式からは大きく違ったものに発展して行くことであろう。
3月15日10チャンネルにおいて、極真ジム発足初の放映が成されてその人気があがりつつある。 従来「キックボクシング」と呼ばれて来たものを発展的な意味で、極真ジムは、このスポーツに新名をつけることとなろう。
世界連盟組織の結成、養成機関の世界的な規模での広がりを期して、日夜たゆまぬ努力がくり返されている。 このスポーツへの参加選手も、ダイナミックな迫力を有して、規則とルールを守れるものなら、どのジャンルからも登用されるであろう。
これからの時代に大いなる娯楽性を備えた高度のプロスポーツとして注目したい。

この人に聞く
日刊スポーツ新聞 運動部部長、元日本プロレス協会評議委員、極真会館理事:鈴木庄一氏

だから今度、極真ジムが発足して、私がまず思うのは、まず、重量級の人間で素質のあるものに、完全に技術を覚えこまし、そういうものを多く育てることが大切だと思うのです。
極真ジムが目ざす、第三の格技スポーツというものは、プロフェッショナルなものです。 安易に空手をやって来たものが、簡単に転向出来る、そういうものであってはならないと思うのです。 先ほども言ったようにプロファイターは、アマチュアにとって、手の届かない位置にあらねばその意味は失われるし、大衆の支持もないのです。 幸い極真会館には、世界的な組織がある。 その中から抜すいして、極真ジムに協力するなら、優秀な選手の育つ可能性が充分あるでしょう。
そして、スターを作る。 それは、安易に生まれるものではないが、スターとは、星の如く暗い場所にあっても自ずから光をはなつように、自然と、その存在が光るものです。 観衆との相対的な関係にあるものだけに一たび生まれ出るとその力はそのジャンルに大きな影響を与えるものです。

極真会館海外支部の動き 第9回
アメリカ・ジョージア州 アトランタ支部長 ジェシー・キング

ジェシー・キング.jpg

 1936年生まれ。 極真空手初段、テコンドー二段。 現在工場技師、YMCA空手指導員、ジョージア大学で聴講生でもある。 65年ノースカロライナ空手大会2位、67年南部空手大会4位。 この度デシック・キム前支部長の後を継ぎ、新支部長となった。

クニの目「かたよったもの」
文:大山国良

漫画「空手記行」 第5回
絵: 大倉元則
原作: 大山倍達著「世界ケンカ旅行」

空手紀行5.jpg

シンガポール便り
文: 松島良一

松島良一.jpg

「近代カラテ 誌上教室」
「型」1

「武道と空」 第24回
文:作家 森川哲郎

「私の道程」第30話
文:極真会館館長 大山倍達

近代カラテ1969_5大山倍達.jpg

極真会館 発展への昇段昇級の新規約成る
 このたび、極真会館は、正式に文部省から極真奨学会として認可され、新しい体質へ、会館自体、発展してゆくものと思われる。

空手論文
空手に於ける指関節骨折傷害の機構
文: ジェームス・H・ラローズ デシック・キム共著 (1968年 第206号アメリカ医学協会ジャーナルより転載)
 薬指、小指の構造は人差し指、中指に比べて弱い為、空手で指導されている拳の使い方は正しい、という論文。

WEST COAST KARATE WAR(英文記事)
文: Birney Jarvis
 サンフランシスコの大山道場での他流試合。

1969年3月8日付 春季審査発表
三段
 堀権七郎 松島良一
二段
 添野義二 及川宏
初段
 福田哲郎 鶴見明 斎藤兼雄 山下勇 黒崎照司 水谷寿雄 藤沢宏 長谷川一幸 大崎裕蔵 亀田冏一郎 小野俊信 斎藤伸夫 鳥居功 高木薫 荒木信 佐藤忠 Rigiane Andre, B.W.Fitkin, Russel Tulloch
(昇級は略す)
支部認可証(3月10日付)
Antonio Pinero(スペイン)


 さて、今回は外に向けて動き出した極真、という記事ですね。 まずは全日本大会開催、こちらが確定した極真史上非常に重要な時期です。 記事には書きませんでしたが、本部事務局にも新しく3名が加わり、組織の体制が出来て来てます。 それから昇給昇段審査、極真の発展に係わる名前がチラホラ見えますね。 他にも昇級された方の名前を見ると、後に支部長になられたり大会で活躍された方もいたりします。
 次に「極真会館・資格および昇段規定」を見てみましょうか。 大山倍達総裁の最後の全日本大会時に公表されたものと比較してみますと、さほど変わりません。 私が興味を惹かれたのは69年当時は「平安裏」の型が審査規定に含まれていないという事ですね。 当時はまだ無かったのか、あったとしてもそれほど重きを置かれていなかったという事でしょうか。 あ、それと93年時点で入っているボール蹴りの後ろ回転蹴り(飛び後ろ廻し蹴り)が入っていません。 まぁ、当時は後ろ廻し蹴り自体無かったのでw
 二段以降の昇段規定が93年の物より厳しいですねぇ。 二段から三段への昇段に、三本指逆立ちが含まれています。 そして三段から四段への昇段…現在は40人組手達成が条件になっていますが、当時は100人組手完勝が昇段規定です。 ちなみに73年の極真会館年鑑では三段から四段までの昇段規定から組手が外れています。 代わりに支部長として300人以上生徒を登録、というのが含まれていますねw まぁ、昇段規定とか大半の人には割とどうでも良いかと思いますので、各々調べて公表、という事はしませんけど、変化の理由を考えると色々面白いものですねぇ。
 最後に「極真ジム」の話。 今ではそういう事をやっていた、位の話は知られているとは思いますが、立ち上げの理念というのはまるで知られていません。 昨今のプロ格闘競技の事もありますので、スペースを割いて書いてみましたが、物凄く先を見た発想ですね。 世界中から格闘技を集めて王者を目指して競い合う…更には現在で言う総合格闘技の様に発展する可能性まで書いています。

当座の形式は、既に似たような形で発足している「キックボクシング」とやや似るところもあるだろうが、先行きの中で、今の形式からは大きく違ったものに発展して行くことであろう。

 とありますが「大きく違ったもの」とは、投げ技や寝技も含んでいたのでしょうか? 非常に興味深い話ですね。 最早空手家の発想ではありません。 まぁ、結果的にはただのキックボクシング参戦だけで終わってしまった訳ですが、理想通りに進んでいたとしたら、現在の格闘技界も大きく変化していた事でしょう。
 ちなみにこれらの発想の根底には、当時困難だった「空手で飯を食う」という所にあると思われます。 この話より10年後に「プロ空手」を立ち上げてみたのも同じ発想からですしね。 結論から言えば支部長として食う道が成った為、プロに拘らなくなったみたいですが、空手専業で飯を食える様な下地を作った、というのは近代空手史の中でも特筆すべき出来事なのかも知れません。
 忘れてました。 連載漫画「空手紀行」ですが、この号の5号前から始まっていますので、真樹日佐夫先生の「空手旋風児」よりも速いですね。

と、前回言ってた壁紙、一部公開してみます。
大山倍達壁紙3(サンプル).jpg
PC用壁紙(1920×1080)

 こういうのを4種類位作ってましたw
 それでは、また。


参考文献:
日刊スポーツ 1969年
アサヒ芸能 1969年3/20号 徳間書店 1969年
近代カラテ 1969年5月号 近代カラテ研究所 1969年
73 極真会館年鑑 財団法人極真奨学会 極真会館 1972年
第25回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 プログラム 国際空手道連盟極真会館 1993年

 






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コメント
この時代、松島良一先生の方が添野師範より段位が上だったとは…ビックリしました! 松島師範は梶原漫画では取り上げられませんでしたが隠れた実力者だったのでしょうね…
  • ロッキー7
  • 2011/07/31 11:55 PM
松島師範は芦原師範にかわいがられた後輩の一人とか。
  • やいや
  • 2011/08/01 9:00 PM
lLeo様
いつも貴重な資料ありがとうございます。
それにしても、この時代の極真会は
物凄いエネルギーを感じます。
それと”ハイカラ”な雰囲気。
大山先生の持つ求心力が
成せる業ですね。
追伸:壁紙もNiceです!
  • tama
  • 2011/08/01 9:02 PM
>ロッキー7さん
添野先生は1964年入門で67年に初段(この時の審査会は凄いメンツです)、同年に城西大学で同好会を立ち上げていますので、本部に来られる回数が減ったというのもあるかと思います。
松島先生の場合は1966年入門で、68年4月に初段、同年10月に二段です。 当時は昇級と昇段審査が同じタイミングで行われていた事もあった様で、昇段のペースが速いです。その年により違いますが、年に2〜3回あったみたいですね。69年に規定が出来たので、以降は半年で実力昇段、というのは出来なくなりましたけど。

>やいやさん
丁度芦原先生の本部指導員時代ですからね。 松島先生は身体も大きいので目を掛けられたと思います。

>tamaさん
いえいえ。
1969年は日本国内で勝負を賭けた年ですので、勢いがありますね。
8月中に第1回全日本の記事を書こうと思いますので、そこに1つの成果が見られるかと思います。
  • Leo
  • 2011/08/02 9:04 PM
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