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大山倍達マニアック検定

国会の姿三四郎 毛利松平 前編(1963年)

JUGEMテーマ:空手
 
 今回は、極真の会長として長年日に陰に協力して下さった毛利松平会長のインタビュー記事を紹介します。 極真ファンなら毛利会長と大山倍達総裁の関係に付いてもご存じかと思いますが、今回の記事は毛利会長を中心として、大山総裁、そして黒崎健時先生(一言も喋ってませんがw)を交えて作家の森川哲郎先生がインタビューしております。 そして毛利先生のご自宅の庭で、黒崎先生、中村忠先生、岡田博文氏を相手に毛利会長が大暴れという豪華演武付です。 特に黒崎先生を倒す演武なんて出来る人は殆どいないでしょうね…。

毛利松平2.jpg
黒崎健時、中村忠、岡田博文を相手に

 という事で本編に行きますが何か切るに忍びなく、前後編で長いので分けますw


 柔道、合気道、空手道あわせて十七段、しかも国会柔道連盟の事実上の主将各であるという異色の議員がいる。
 三木派の侍大将として有名で、安保騒動の時はアキレス腱を切っても、議長席を守り通したという猛者。
 愛媛県からいつも最高点で当選する毛利松平氏が、それである。
 すでに五十をこした現在でも、毎日自宅に特設した道場や、芝生の上で稽古に余念がない。
 空手の巻藁も用意されている。
 柔道は、慶大時代五段で、キャプテンとして鳴らした。
 合気道は、植芝盛平氏について修め、免許まで得たという技倆である。
 空手道は、いま大山倍達氏について、連日熱心に修得しているが、さすが他の武道できたえあげているだけに、その上達は目ざましいものがある。
 国会柔道連盟は、会長正力松太郎のほかに、堤康二郎六段など、名だたる強者が、勢ぞろいしている。
 その中で、実力随一は、毛利氏だということだ。
 初夏の日曜日、毛利邸を訪れ、美しい芝生の上で、空手、柔道、合気道の秘技をくりひろげてもらった。

    国会柔道界のキャプテン
 森川  国会柔道連盟というと、超党派で組織しているのですか?
 毛利  そうです。 右は自民党から、左は共産党まで、志賀義雄君も二段か三段で、加わっていますよ。
 森川  志賀さんが、三段ですか? 面白いですね。 正力さん、堤さんなどが、先生とおなじ高段者ですね。
 大山  そうです。 しかし事実上の最高段者は、毛利先生ですよ。 他の方は、年功で上った名誉段位の方が多いですからね。
 実力もまたナンバーワンだと思います。
 森川  一度各党派別とか、あるいは国会柔道選手権とかで、大会をして見ると面白いですね。
 誰が第一回の優勝者になるでしょう。
 大山  そいつはいいですね。 どの党が優勝するかということも深い興味がありますね。
 毛利先生は、いま七段に推薦されているそうですが、なかなか受けないらしいですよ。

毛利松平.jpg

 毛利  私はそのような名誉段位というか、肩書段位というか、社会的地位のある人に、年功的に段位をやるという制度は柔道界を汚すと思うのです。
 民主主義は、すべて実力本位の世界ですよ。 価値を価値として正当に評価しないで、社会的地位や名声だけに屈従し、追従する。 これは古い時代、封建的時代環境から引きついだ悪習です。
 森川  その通りですね。 日本ではあらゆる面の価値判断というのが、まだ成熟していない。 肩書きや地位という見せかけの権威に屈従する。
 財界人、議員、教授、検事、判事、弁護士、警察などという肩書の権威が、事実上の権威のようにすり変わり、庶民とは全く別のような冒しがた存在という感覚でしみついている。
(中略)
 毛利  そうです。 外国に行って感ずることは、彼らは実力の前には、フランクに頭を下げる。
 しかし、自分たちの模倣をいかに巧みにやっていても、いやな顔をしますね。
(中略)
 彼らが尊敬するのは、日本人のもっているそのような古来の固有のもの。 個性的な実力ですね。
 その前には、実に礼儀正しく敬意を表する。 お祭り騒ぎをするというのではなくて……
 価値あるものを価値あるものとして認めて正当に学び、正当に吸収しようというのです。 ことに大山先生は、事実上の空手界の最高実力者だということをよく認識している。
 これから民間外交の使徒として実績をあげるのは、大山先生のような実力と精神ですね。
 これは民間外交の上で、大変に貴重ですよ。 ことに向うのインテリ階級が、日本武道を吸収しようという積極的な気持をもっていますね。
(中略)
    人間の条件梶のモデルか
 
 森川  先生は慶応のキャプテンとして鳴らしたのですが……慶応柔道に黄金時代がありましたね。 その頃ですか。
 毛利  いや、少し前です。 私たちが叩きこんだ後輩がすぐ黄金時代を築いたのですね。 田岡、赤塚、羽鳥などが、二、三年あとに全盛時代を現出したのです。
 私は、学生時代はキャプテンでしたが、ほとんど対抗試合には出場しなかった。
 本科一年の時から、満州、蒙古、重慶に向けて、毎年夏から冬ごろまで無銭旅行を決行したのです。
 文字通り、弧衣弧拳の放浪の旅で、学期末試験だけに間にあうように帰ってくるのですよ。
 こうして私は、興安嶺や重慶、漢江について昭和十一年ごろ論文をまとめあげて発表したのですが、これは軍に重視されて、正当に評価されたものですよ。
 森川  小説になりますね。檀一夫さんなどが悦んで書きそうですね。
 その時代に大陸で柔道をふるいましたか?
 毛利  それは数限りなくあります。 求めずして、やむを得ずつかわなければならなかったという場合ですけれど。
 森川  大山道場に入門したのは?
 毛利  いやケイコ見に行って、あまりに凄じい荒稽古にひきつけられたのですよ。
 あれだけ精魂こめて、稽古をするのなら身心ともに充実し、成長するのは当然だと思ったのですね。
 人間は、永遠に不完全な動物です。 金や名声というのは、見せかけのもので、人間の価値とは別このものです。
 永遠に不完全とすると永遠に価値はない。 ただ価値があるとすると、完全になろうとして努力することだけですよ。
 それのみが価値です。 努力のみが人間の真実の価値ですよ。

毛利松平10.jpg

 大山  先生は、庭に巻藁をつくって、一日もかかさず稽古をつづけていられる。
 その熱心さは、若い者もとてもかなわないくらいですよ。
 今度佐藤栄作氏が、私の道場の会長、毛利先生が副会長になっていただきましたが。
 その努力のみが価値という言葉は、そのまま毎日の生活に現れていますね。
 大蔵委員ですが、先生以上に数字にくわしい者はいない。
 数字を並べておしまくると国会でもみなまいってしまう。
 池田総理でもかなわないそうで一目おいているようですが、これもやはり努力の一字が貫いているからだと思います。
(中略)
   
    衆院の三四郎暴る

 森川  先生は、国会の姿三四郎などとよくいわれますが、どのようなことからそのようなニック・ネームをつけられたのですか?
 大山  事実上、国会柔道連盟の中の最高段者ですからね。
 慶応大学中に五段キャプテン、いまの六段というのは、文字通り実力です。
 それ以後も毎日、現在にいたるまで、自宅の芝生や道場で、練習をかかしたことはありませんからね。
 いまでも柔道の技は、大変みごとなものです。
 森川  大山先生も、柔道は高段者でしたね。 たしか……
 大山  ええ六段です。 合気道も、吉田剛太郎先生について、いろいろ研究しています。

毛利松平4.jpg

 森川  吉田剛太郎というと?
 大山  いま日立に住んでいますが、合気道以前の武道の直系を伝える人ですね。
 毛利  大東流ですか?
 大山  そうです。 大東流の中から分化して植芝盛平氏が出、合気道を唱えたのですが、吉田氏は、植芝さんの兄弟子ですよ。 植芝さんも、若い時は、吉田氏について習ったといいます。
 大東流の中の最高の実力者ですが、生粋の武道家です。 昔気質の侍を絵に描いたような人で、政治性も謀略性もない。
 そのために、ついに大して有名にもならず自分の道場も大きくしなかった。 またそのような野心は、まるでないのですね。
 森川  面白いですね。 そのような得難い存在になった武道家にぜひ会いたいですね。 まだ健在ですか?
 大山  いや、それが、もう数年前から病気で、ほとんど動けなくなっています。
 私は三月に一度ぐらい訪ねて、元気をつけていますが……、その吉田さんや、明治以後に、武が分化して、勝手に……道、……道と名のるようになってから、日本に真の武道はなくなったといっています。
 森川  すると、柔道とか、合気道とかいうのは、間違いなのですか。
 大山  そうですね。 昔は、これはすべて合気術とか、柔術とか、剣術、馬術と呼んだ。 それがむしろ正しいのです。
 その一つ一つ分れて修めるのでは、武の真の姿は得られない。 柔術だけなら屈筋ばかり発達して、体の発達もかたよる。
 剣術なら伸筋ばかり発達して、それもかたよる。 弓で姿勢を正し、何で目を養いと、すべてを綜合したところに、身技、精神ともに完成した真の武が完成するのですね。
 それを武道と呼ぶのですよ。 人格の完成もそれがなくては、実現できないからです。
 その武道の中に、柔術があり、剣術があるべきなので、それを一つだけで完成した道のように考えるから偏破し、それだけ納めても実戦に適しないような武の衰退が起った。
 日本の柔道が、外国に敗けたのも、柔道だけですべてだというような偏破考えと訓練のしかたをしたからだというのです。

毛利松平6.jpg

 森川  なるほど、それはうなずける武道観ですね。
 外国で柔道に、めきめきと頭角を現してくる選手は、例外なくほかのスポーツで、体をきたえている。
 ボクシングの選手だとか、フットボールの選手だとか、広くあらゆる種類のスポーツの実力をもっている。
 ボクシングならフットワークはきたえてあるから動きは敏捷でしょう。 眼もいい。 相手の動きを素早くとらえる。
 フットボールなら足のきたえ方は、徹底的にできていますからね。 柔道でも、基本はやはり、足におかなければなりませんからね。 日本の柔道家は、柔道というせまい極限された世界の中だけにとじこもり、他のものの訓練をやらない。
 それで、すべてを綜合し、完成した身技をもつ外人に、おしまくられるのではないですか?
 いまはまだいい。 追いつかれたというところです。 ここで根本的に考えなおさないと、いまに追い抜かれ、引きはなされて、手も届かないということになりかねないと思いますよ。
 毛利  そうですね。 吾々も外国に行って気づくのですが、外国人は他国のよい所を吸収し、消化するが、それをただまねするのではなく、自分のものにするために吸収するのですね。
 その上に、自分の創造、アイデア、工夫を加えて、完全に自分のものにしてしまう。 そこが日本と根本的に違うところです。
 日本人は、ただ新しいものを夢中に、真似し、模倣する。
 だが、これは追随、迎合であって、自分のものにしようというのではない。 個性がない。 完全に権力者にならされ切った奴隷根性ですよ。
 これでは、二流国にはなれても、いつまでも世界トップ国、世界文化を指導し、ひきずる国にはなれません。
 昔の日本には、まだそういう気魄も、個性もあった。 だが、いまの日本にはまるでない、米ソのどちらかにしっぽをふっているだけですね。


 という事で、前編終了。 大山総裁、柔道の段位で少し吹いてますねw 無論、ただの聞き間違いの可能性もありますが…、六段と四段では聞き間違いも無いかなぁ。
 さて、大山総裁の大東流の師、吉田幸太郎先生の話が出ていますね。 この号を読まれた吉田先生の手紙は、睫攘庵「わが師 大山倍達」に載っています。

 (三)先日東京の門人が稽古に来た時買って来て下さった「剣豪列伝集(人づくり家康特集)」八拾八号の「國会の姿三四郎を訪ねて」の記事に、大山倍達先生談「合気道の吉田剛太郎先生について」云々と有りましたが、貴君が御承知の通り、拙者は吉田幸太郎で有ますから「剛太郎」は記者の……御聴違だろうと思います。 ……

 ちなみにこの話はちょうど高度成長期頃の日本です。 よって、違和感を感じるかも知れませんが、時代背景を理解しつつ読んで欲しいものです。 この事ではありませんが、時代背景を無視して現在の視点で批判する人が多いんですよねぇ。
 それでは、後編へどうぞ。

参考文献:
剣豪列伝集 88号 双葉社 1963年
武道日本 森川哲郎著 プレス東京 1964年
巨人大山倍達の肖像 ゴッドハンドの軌跡 国際空手道連盟極真会館監修 コア出版 1984年
わが師 大山倍達 睫攘庵 徳間出版 1990年








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コメント
大山倍達氏の伝記(新潮社)の内容を見て驚いています。あらためて大山さんのことを見直さなければならない時期に入ったようですね。
  • 高山数生
  • 2013/07/01 11:45 PM
>高山数生さん

「大山倍達正伝」の事ですかね。
あれももう6年ぐらい前の成果ですから、だいぶ内容も古くなってしまった感がありますけどね。
  • Leo
  • 2013/07/04 1:03 AM
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