calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

神の手の原点、瓶切り

JUGEMテーマ:空手
 
 今回はブログを始めて1年になりますので、ちょっと原点回帰というか、大山倍達総裁の瓶切りについて色々書いてみようかと思います。
 それでは、本編どうぞ。

…そしてそこで、まぁ、あたしなりのねぇ禅を組んでそして精神を統一して、うあぁぁっと気合を掛けながらバッ、バッ、バッ、バッと行ったらねぇ9本の…。12本の中で9本が折れちゃって、3本が吹っ飛んでしまったんだよ。
そうなったら、そのプロレスラー、"Oh my god... God hand!"
そこでゴッドハンドが出て来たんだよ。"Oh my god... God hand!" 初めて見たと!

いつみても波瀾万丈.jpg


 大山倍達が講演会や講話などで何度も語った"ゴッドハンド"の由来である。 プロレスラーの控室で見せたという、コーラ瓶12本切りの話だ。 テーブルにおいた12本のコーラ瓶の首を手刀で連続して叩き、12本中9本の首をすっ飛ばした。 そしてそれを見ていたレスラーから"ゴッドハンド”ー神の手と呼ばれたという。
 大山がガラスで出来た瓶の首を初めて切ったのは、26〜27歳頃、1950年前後の事だ。 新宿の酒場に友人と入ったところ、10名近いヤクザと揉める事になった。

限界への挑戦瓶切り.jpg

 勝負に勝つには、機先を制することが必須条件。 敵と味方の"動き"を瞬時に察知した私は、目の前のテーブルに乗っているビール瓶を一発バーンと叩いてから、ヤクザ者にこう一喝した。
 「貴様ら、死にたい奴はかかってこい。 たとえ刃物だろうがピストルだろうが、最初にかかって来た奴は道連れにして必ず殺してやる!」
 私の気魄に押されたのか、ヤクザ者の誰も向かってくる者はいなかった。 事無きを得て、私を含め誰一人ケガをせずにすんだのである。 テーブルの上のビール瓶を見ると、ふっ飛んでなくなっていた。 これが私の、瓶を切った最初の演武である。

 この偶然の産物を面白いと思った大山は、近所の酒屋で瓶を貰うと瓶切りに熱中した。
 当初はこの現象を再現する事が出来なかったが、繰り返す内に瓶の中身の分量や、恐らくは瓶の特性を身に付けて行ったと思われる。 そして最終的には14本のウイスキー瓶を置いて、左右の手刀と背刀打ちで繰り返して瓶切りが出来る様になった。
 大山は瓶切りのコツについて、こう語る。

ソ連大使館瓶切り.jpg

 ビールビンを机などに立て、自分の胸からあごの高さに置く。 これを真横から手刀で、スナップを効かし、ビールビンの胴から口につながる部分を打ち割る。
(中略)
 これも、スピードと角度とタイミングが一致しないとなかなか割れるものではない。

 このスナップというのは、大山によれば「上げ切り」という手刀の振り方で、非常に微妙なタイミングだと言う。
 当時の大山の瓶切りは非常に卓越したものだった様で、大山の友人である草壁焔太はこの様に語っている。

…かつての大山氏は、さしたる思い入れも必要なく、日常茶飯事の如く、手刀の往復が二つのビンを切りとばした。 しかも、ビンには水が少し入れてあるだけで、人がおさえてもいなかった。

 そしてかつて瓶切りを達成した大山の弟子の渡邊一久は、瓶切りの話題を振られてこう答えた。

渡邊  中身が入っていたからできたんです。 空き瓶は割れないよ。 当時、空き瓶が割れるのは大山館長(後の大山倍達極真会館総裁)だけだった。

秘伝極真空手瓶切り.jpg
「秘伝極真空手」の瓶切り

 また、1972年に内弟子となった山田政彦はこの様な光景を見たと言う。

 神業のビール瓶切り。 一度、ビール瓶を男性俳優の頭の上に置いて切るという設定があった。 俳優をは震える声で「早くして下さい」とせがんでいる。 すると、大山総裁は「もういいよ」ーー。
 中止したわけではなかった。 ゴッドハンドはその俳優が気がつかないうちに瓶口を吹き飛ばしていたのだ。

テレビ収録瓶切り.jpg

 人の手がガラスで出来た瓶を切るー。 不可能な現象だと誰もが思うだろう。 しかし大山以降、この瓶切りに挑み達成した空手家は他にもいる。 例えば国際空手道尚武館を主宰する藤本貞治の瓶切りだ。 左右の手刀で瓶切りを行うなど、卓越した技術を持っている。

玉城厚志瓶切り.jpg
玉城厚志の瓶切り

 また、正道会館も以前、雑誌の企画で瓶切りに挑んでいる。 この時は柳澤聡行、佐竹雅昭、玉城厚志といった当時の最強メンバーが挑戦し玉城だけが成功した。
 極真では「秘伝極真空手」にある様に、何人かが達成しており、芦原英幸も支部長時代に演武会で何度か披露したという。 他にも頻繁に演武会を行っていた山口支部では、93年頃から瓶切りの演武を導入する様になり、御手洗俊行が手刀ラムネ瓶切りを披露している。

御手洗俊行ラムネ瓶切り.jpg
御手洗俊行の瓶切り

 大山倍達以前に瓶切りを行った、という話もある。 摩文仁賢榮は昭和4年頃に父の摩文仁賢和が大阪でよく披露したと語っている。

 ビールビン切りも、この頃よく行われた試割りの一つです。 あれは助手にもたせてはならないのです。 固定しすぎるとよくありません。 半分くらいビールビンに水を入れておいて、瞬間に手刀で打てば、スパッと飲み口が飛ぶ。 技術はいりますが、比較的容易な試割りだといえます。

 裏付けとなるか分からないが、大山も自著の中でこの様に書いている。

 …私はかつて、古い空手家で壜切りをする人がいるというのを聞いたことがあるが、あとは、私と私の弟子の数人を知るのみである。

 1953年に、氏名不詳の空手家が自分で持ったコーラ瓶の首を手刀で割っている写真が手元にあるが、瓶切りというのは、意外と知られた演武だったのかも知れない。
1953年瓶切り.jpg
手に持ったコーラ瓶を割る空手家

 さて、大山倍達による瓶切りの説明は既に行ったが、他の空手家による説明を見てみよう。 正道会館を設立した当初に中山猛夫ら幹部を集めて瓶切りの練習を行ったと言う。 その際には当時館長だった石井和義だけが5度挑戦してようやく成功したと語っている。 石井の経験によれば、なで肩の形状の瓶の方が切りやすいとしている。 石井による瓶切りの解説は以下の通りだ。

石井和義瓶切り解説.jpg

 実際にビールびん切りを練習する前に、気をつけてほしいことは、必ず小指の部分にテーピングをして行うということです。 びんが切れたあと、そこに小指側があたって、大ケガをすることがありますし、スナップのタイミングがずれると小指の骨を痛めることがあるからです(1)。
 このテーピングをすませたら、カラのビールびんで練習します。
 びんの首のつけ根を狙って、掌の厚い部分をあて(2)、手首をひねって、ななめ上へハネ上げるようにスナップを入れます(3)。
 何回か試して見て、ビールびんが上へ飛んでいくようだったらタイミングがあっています。
 しかし、ひねりが早すぎるとまっすぐに飛んだり、下へ飛んだりします(5)。
 失敗しても成功してもビールびんは飛んでいきますので、その方向に、毛布などでクッションを作って受けとめる役の人が何人か必要です。

 ついで、藤本貞治による瓶切りの解説を見てみよう。

藤本貞治瓶切り.jpg

藤本  では、"ビール瓶を切る"ことを例にとって説明してみましょう。
 まずはビール瓶に向かって手刀が振り下ろされる。 次にビール瓶に直角にあたるよう角度を修正します。 そしてインパクトの瞬間に捻りを加え、手首を返すのです。
 まさに燕(つばめ)が空で急に反転するがごとく打ち下ろした後、V字型を描くように跳ね上げるのです。 すると割られたビール瓶の上部が弧を描いて飛んでいくのです。 しかし、この瞬間は2000分の1秒のシャッタースピードでも捉えることができません。

 大山の「上げ切り」も、石井の「ななめ上へハネ上げるようにスナップ」も、藤本の「V字型を描くように跳ね上げる」も皆同じ技術を指していると思っても差し支え無いだろう。 しかし大山がかつて見せた「切れた」様な割れ方はしていない。

石井和義トリック解説1.jpg
紐を巻いて、火を着ける

 有名なトリックとしては、アルコールや油を浸した紐を瓶の口に巻き、火を着けてから水に付けると切れ目が発生するとか、首の部分を火で炙ってから水を掛けるとひびが入る、と言った物がある。

石井和義トリック解説2.jpg
水を掛け、ひび割れを発生させる

 個人的に試した事があるが、やり過ぎると水を掛けた瞬間に割れてしまうし、思った以上に面白く無かった。 だが、前者のトリックでは確かに切れた様に割れる。 また後者のトリックで試すと、広範囲に亘ってひび割れが発生する為非常に大きく割れてしまい、後片付けが大変であった。

角田信朗トリック版瓶切り.jpg
角田信朗によるトリックを用いた瓶切り

 それでは何故、大山の瓶切りはまさしく切れた様になるのか? これは当時中部大学の助教授であった吉福康郎がその自著の中で解き明かしている。

 実はこの技にもこつがある。 今「びん切り」と書いたが、本当は「びん折り」なのである。 図5のようなびんの先端に近い部分Aを手刀で打つ。 びんは普通固定されていないので、力学的には宙釣りにした標的と同じである。 びんは慣性の法則によって元の位置に留まろうとする。 手刀の衝撃力fによって、びんの細い部分ABをBのまわりに左回りに回転させるモーメントNが作用する。 このモーメントは
モーメント=力×回転半径
N=fℓ
である。

吉福康郎瓶切り解説.jpg

 さて、点Bのように太さが急に変化する部分は、一般に応力が集中しやすい。 モーメントNによって点Bに大きな応力(引っ張り応力)が発生し、びんは点Bで折れるのである。 もっと詳しく言うと、ガラスは圧縮に対しては非常に強いが、引っ張りに対しては木と同程度の強さしかない。 点Bの部分がわずかに引きちぎられると、ますます応力が集中して、瞬時に折れてしまうのである。

 現存する大山の瓶切りの映像を見れば分かるが、瓶の形状によって打つ場所を変えている。 そしてくびれある瓶では先端を叩いているし、割れ方が違う。

空手バカ一代瓶切り.jpg
なで肩瓶への瓶切り

瓶切り.jpg
くびれのある瓶への瓶切り

 また、藤本貞治が映画「永遠なる武道」の中で見せたくびれのある瓶への瓶切りも先端を叩いており、切った様な切り口を実現している。

永遠なる武道瓶切り1.jpg
藤本の瓶切り、当たった瞬間

永遠なる武道瓶切り2.jpg
切れた様な切り口となっている

 最後に以前裏映像として紹介した、1963年にアメリカコネチカット州ハートフォードで行われた第2回北米大会特別演武の映像がYouTubeにあったので、ここに転載して終えるとしよう。

1963年瓶切り.jpg

 現存する映像としては最も古い瓶切りである。


1963年の瓶切り

 という事で如何でしたでしょうか?
 1周年記念特別企画っぽい感じでやってみたのですが、瓶切りに興味がある人も今ではあまり居ないかなー?という気もしてますw …しかしたったこれだけの事を書くのに何冊参考にしたんだか…。
 もし瓶切りに挑戦しようという方がいらっしゃったら、動脈、腱の切断、小指骨折の可能性がありますので、あまりオススメしません。
 今の極真ではあまり伝承者が居ない…というか、以前は無かった「試し割り用具」を用いる演武が増えた為、高難易度の試し割りに挑戦する人自体が減りましたね。 元々極真では人の得意演武はやらない、という傾向にあったので、致し方無いかな、という気がしないでも無いですけどね…。
 それでは、また。

参考文献:
Chester A. Thomas, William F. Brown II, "Karate PICTURES TELL THE STORY", ARGOSY, October, 1953
現代カラテ 1969年12月号 現代カラテ研究所 1969年
フルコンタクトKARATE 1991年3月号 福昌堂 1991年
月刊パワー空手 1992年12月号 パワー空手出版社 1992年
月刊パワー空手 1993年8月号 パワー空手出版社 1993年
月刊パワー空手 1994年8月号 パワー空手出版社 1994年
月刊空手道 2002年8月号 福昌堂 2002年
月刊大山倍達 第弐号 Mas.Oyama Enterprise Co, Ltd. 2004年
フルコンタクトKARATE 2009年5月号 福昌堂 2009年
秘伝極真空手 大山倍達著 日貿出版社 1976年
限界への挑戦 ーこれが地上最強の空手だー 大山倍達著 宝友出版社 1977年
これが試し割りだー入門編 大山倍達著 日貿出版社 1984年
極真カラテ 21世紀への道 大山倍達著 徳間書店 1992年
最強格闘技の科学 吉福康郎著 福昌堂 1998年
武道空手への招待 摩文仁賢榮著 三交社 2001年
最強格闘技伝 猛者たちの系譜 松宮康生著 ぶんか社 2005年

参考映像:
第2回北米大会特別演武(プライベート映像) 1963年
空手バカ一代 第16話「凶器となった空手」 東京ムービー 1974年
地上最強のカラテ 三協映画 1976年
永遠なる武道 ジョイパックフィルム 1979年
いつみても波瀾万丈 日本テレビ 1993年

参考リンク:
Mas Oyama In New England, last trip to U.S. (2011/09/19)

※原文でウイスキーとなっていたところがビール瓶になっていたので、修正しました。









東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





コメント
真樹先生と添野館長が藤本先生の道場に乗り込んだっていうのは…映画での瓶切りが発端でしたよね!
まあ真樹先生の著者ですから…どこまでが本当だったかは? ですが…

ところで一度プロ空手の大塚剛先生を取り上げて下さると有り難いのですが…
ツッコミどころ満載なもので…
  • ロッキー7
  • 2011/09/19 8:59 PM
>ロッキー7さん
真樹先生の件については誰にとっても特になる話では無いので、取り上げませんでした。
主旨とも関係無いし、事実確認も出来ませんからねw
真樹先生について微妙なのは、○○があった、という事実については正しくても、その因果関係が違っていたりするケースが有るんですよねぇ。
大塚剛先生については、私の専門では無いのであまり知らないんですよ。 プロ空手の資料もまとまった物は割と最近の物ばかりですしね。 そっち読んだ方が早いかも知れませんよ?
まぁ、当時の雑誌記事なんかがあったらその内やるかも知れませんが、今の所、極真のプロ空手以外は記事持って無いです。
  • Leo
  • 2011/09/19 11:04 PM
貴重な演武映像をありがとうございます。
見事な瓶切りにちょっと興奮しちゃいました(笑)
  • Little Tiger
  • 2011/09/20 7:46 PM
>Little Tigerさん
その後の瓶切りより見事な瓶切りですよね。
あれを海外の方から戴いた時は、まだこんな映像があるのかと感心しましたw
  • Leo
  • 2011/09/21 9:23 PM
Leoさま。
ニューイングランドの大山先生演武は素晴らしい映像ですね。
未だ世に出てこない素晴らしい映像が多々ありそうで
何となくワクワクします。
今後ともよろしくお願いいたします。
  • tama
  • 2011/09/24 1:39 PM
>tamaさん
海外の古い師範のところにならまだまだ未見の映像があるかと思います。
マジソン・スクエア・ガーデンでの特別演武とか、元ニューヨーク支部関係者が持ってそうな気がしてますしねぇ。
現在大山家に残っている8ミリ映像は海外から送られてきた審査用の物だけみたいですし、今後も海外流出物に期待したところですね。
  • Leo
  • 2011/09/24 7:48 PM
私は、創始者大山倍達の内弟子卒業生で分裂前の支部長でした。
この拳の眼というブログを知り、とても懐かしい気持ちになりました。私は内弟子卒業後、パワー空手編集部におり、拳の眼の原稿を口述筆記しておりました。
また、牛殺しの星模様の茶色短パンは35年前に総裁から直々戴きました。現在は喜久子さんとの話し合いで遺族に預けています。
また、総裁最後の試し割り演武となったソビエト大使館にも同行し、ビール瓶切りの瓶を押さえております。本当に衝撃はなく、あっという間に演武は成功でした。
それに気を良くしたのか、いきなり裏拳によるビール瓶打ちとなりました。
ビール瓶には拳の形で穴が開きました。
  • 長谷場 讓
  • 2012/02/03 11:42 PM
>長谷場先生

お世話になっております。
三重支部のサイトは資料館が充実しており、時折拝見させて頂いていました。
…確かにソ連大使館で瓶を押さえていらっしゃるのは長谷場先生ですね。 今まで気付きませんでした。
貴重なお話、ありがとうございます。

今後もご意見等ございましたら、お声掛け頂ければ幸いかと存じます。
  • Leo
  • 2012/02/04 12:09 PM
コメント返信ありがとうございました。この拳の眼は、資料も、調査も充実していて、私たち30年以上極真に携わる者でも感心する出来映えですね。
早速、拙道場ホームページにもリンクさせて戴きました。うちの生徒たちにも読ませたいと思いました。
私は、内弟子時代に空手百科事典の編集もお手伝いしており、撮影や国立国会図書館にも日参しました。他の雑用より楽しみながらやれました。
他の内弟子と、ちょっと毛色が違っていたのを総裁は見抜いていたのかも知れません。
我々の世代は、後世に創始者大山倍達の偉業を残す事だと思っています。
まだ、稚拙ですが父兄にご協力いただき、型の撮影などしております。これからは、型の分解なども残して行きたいと思っています。
ビジネスで型のDVDを売ったり、うちの組織はこんなに素晴らしいぞとアピールしたりの派閥争いには疲れました。
>長谷場先生

本部内弟子出身の長谷場先生に感心頂けて、幸甚に思います。 私の方も後ほどリンクさせて頂きます。

>「空手百科事典」
国内では講談社、海外では米大手出版社と契約を結んでいたのに、結局は大山総裁が亡くなられてから中途半端な形で出てしまったのが残念ですね。 1972年から刊行予定に入っていましたが、結局完成しませんでしたし。

>我々の世代は、後世に創始者大山倍達の偉業を残す事だと思っています。
これは是非ともお願い致します。
微力ながら、当ブログもその一助を担えればと思います。
  • Leo
  • 2012/02/05 12:51 AM
ソビエト大使館でのビン切りの映像はないのでしょうか?写真は何枚か見たことがありますが。
  • 木村
  • 2012/05/31 9:50 PM
>木村さん

ソ連大使館の映像と言うのは、存在も特に聞いた事ありませんねぇ。
大使館関係者が8ミリで撮っていた可能性はありますが、ソ連では空手が出来なかったので、どことも知れずに眠っているかも知れません。
  • Leo
  • 2012/05/31 10:30 PM
そうですか。残念です。
裏拳でビール瓶に穴をあけるの見たかったです。
有難うございます。
  • 木村
  • 2012/06/01 10:32 AM
>木村さん
今ちょっと書いてた記事用で当時の「月刊パワー空手」を見てたんですけど、皆8ミリは持っていなかったっぽいですねぇ。
  • Leo
  • 2012/06/03 5:57 PM
そうですか・・・
残念ですね。
それほど昔のことではないので期待していたのですが。
今なら携帯で撮れますけど当時は事情が違いますからね。
有難うございました。
  • 木村
  • 2012/06/04 11:05 AM
なつかしい、画像ありがとうございます。この記事を見て、18年ぶりに地元の祭りでラムネ瓶切りしました。コツがまだ、取り戻せなく、10回くらい叩いてやっと割れました。でも、反響は凄かったです。やって、よかったです。
  • 御手洗俊行
  • 2012/11/06 3:50 PM
>御手洗先生

こちらこそありがとうございます。
ご本人が来られるとは恐縮です。
地元の祭りというのは4日の宇部まつりですかね、雨は大丈夫だったでしょうか。

今はこういう特殊な演武に挑戦される方も少ないですし、皆さん、相当驚かれたんじゃないでしょうか?

私も見てみたかったですw
  • Leo
  • 2012/11/06 9:03 PM
え~!宇部祭りの事もご存じとは、情報量の多さに感服しました。雨は大丈夫でしたよ。今、自分は新極真会に、いますが、河岡道場時代の事はなつかしい、大事な思い出です。この掲示板を見てむかしの仲間や後輩、河岡師範の事を思い出し、感慨にふけっております。こてからもたまに投稿させてください。よき古き時代を想いだしたいので
  • 御手洗俊行
  • 2012/11/06 10:43 PM
>御手洗先生

あ、いや、宇部まつりの件はたまたまでして…。
山口で人気のあるSORGENTIという兄弟ユニットが同祭りに参加しており、そっちの方に関係がありまして。

「月刊パワー空手」では、山口支部のイベント参加情報が頻繁に載っており、御手洗先生や有永浩太郎先生、阿部清文先生、河岡晶俊先生のお名前は良く拝見しておりました。

今後とも宜しくお願い致します。
  • Leo
  • 2012/11/06 10:55 PM
奇遇ですね!SORGENTIとも知り合いとは、自分も彼らとは2年前、ある会の忘年会で一緒になりましたよ、彼らはミニライブ、自分らは演武をしました。それと昔、よくいってたラウンジで彼らもバイトしてたと聞きました、こういうブログで昔の極真空手、大山総裁を取り上げてもらうのは、今現在、極真空手を伝えてる者にとって大変、うれしく、ありがたい事です。自分も知ってる事あれば、投稿返信させていただきます。これからいいお付き合いさせてください
  • 御手洗俊行
  • 2012/11/07 10:33 AM
>御手洗先生

おぉ、では東京に帰って来たら聞いてみます。

投稿は大歓迎ですので、是非是非お願い致します。
  • Leo
  • 2012/11/07 11:18 PM
これからの試し割りはペットボトルで(割れるように工作したもの)行えばいいと思います。
  • 鳥井 寿人
  • 2014/09/05 6:21 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック