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大山倍達マニアック検定

大山倍達×夢枕獏 対談 前編(1986年)

JUGEMテーマ:空手
 
 さて、今回は「スコラ」で作家の夢枕獏先生が連載していた「格闘漂流」で大山倍達総裁と対談した際の記事を紹介します。 まずは前編からですね。 後編は今週中に出せるかと思います。

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遂にぼくは、ゴッドハンドに触れた
誰が強いのかー自らの肉体を使ってそれを知ろうとした大山倍達の超人伝説

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 ぼくもまた、あの『空手バカ一代』に胸ときめかせた人間のひとりであった。 その漫画から、現在の格闘技界の構図のあれやこれやのかなりの部分が始まったのだ。
 寸止めで無い、実際にあてる空手。
 東洋の一空手家が、文字通りの"空手"で、プロレスと闘い、ムエタイと闘い、カポエラ、サファーデ、世界中のあらゆる格闘技と闘いながら、しかも無敗。
 超人追求という果てしない道をゆく大山倍達という空手家に、胸を焦がすようなロマンを感じた人間は、ぼくひとりではないはずだ。
 もし、大山倍達という空手家がいなかったら、空手界のみならず現在のプロレスや、キックボクシング、格闘技界のかなりの部分が、ごっそりと抜け落ちているはずだ。
 少なくとも、あの猪木VSウィリー戦というものは、まずあり得なかったはずである。 キックの大沢昇も、新格闘術の黒崎健時も、みな、この極真会から出たのである。
 本当に当てるーーこの言葉の響きが、どれほど新鮮な響きを持って、ぼくらの耳に届いてきたことか。
 ぼくらがーーいや、地球上の全ての男が心に抱いている願望、それは地上最強の男になることである。 この地上で、自分より強いやつは誰もいないーーこれは、男にとって、世界征服と同じ意味と重さを持つものだ。 作家であろうと政治家であろうと芸術家であろうと、それはみな地上最強ということでは、夢破れた者たちである。 その夢破れた者たちが、その夢を別の場所に求めた結果が、作家であり、政治家であり、芸術家であるのである。 この最強の道を歩めなかった男たちは、皆、大なり小なり、己れの胸のうちに、その傷みを抱えている。 ぼくもそうだ。 男と男が初めて出会う時、こいつとおれとが素手で闘った時、どちらが強いか。 そんなことを考えるものである。
 この、強くなることにおいて夢破れた男たちが興味を持つのはただひとつである。
 なるほど、おれは、強い男にはなれなかったーーだが、しかし、それならばいったい誰が一番強いのか。
 その誰が強いのかということを、見たいために、我々はプロレス会場に足を運び、ボクシングに拳を振りあげて興奮し、空手に胸を熱くするのである。

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 誰が強いのか。
 大山倍達は、自らの肉体を使ってそれを証明しようとし、知ろうとした人間である。
 ぼくにとって、大山倍達は、伝説の人間だった。
 人差し指と親指の間にコインをはさみ、日本の指の力だけで、それをふたつに折り曲げる男。
 その人間に、ぼくは会ったのだった。
 大山倍達は、分厚い人間であった。
 握った時の手の厚みも、胸の厚みも、今なお、常人の比ではない。
 そして、驚くほど、優しさと、柔和さと、情念とを感じさせる人間だった。

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 対談中にもあるが、ぼくの父親であってもおかしくない年齢であるのに、そういう年齢を感じさせない人であった。
 その子供ようなぼくが、大山倍達についてこのような文章を書くというのは気がひけてたまらないのだが、伝説のゴッドハンドと握手をしてしまった人間として、ひとつの興奮状態にあり、それをお許しいただいて、以下は次号ということになる。


マス大山が語る真説『空手バカ一代』
巡礼対論 「私は、この世に私以上に強い人間が存在するのを許せなかった」

昭和の宮本武蔵になろうと本気で思った

夢枕  僕は強さへのあこがれが、人一倍強い人間でして、『空手バカ一代』以来、大山先生のファンなんです。 今日は『空手バカ一代』に描かれた先生の修業時代の話から、極真空手の現在まで、色々お話をきかせて下さい。
大山  『空手バカ一代』はマンガだからね、あそこには誇張もあります。 事実をもとにしているんですけどね。 あれは、梶原一騎がアメリカに取材に行って、私の戦歴を調べ、当時のことを知っている人に会って話をきいて構想をまとめたんです。 ですから、事実にもとづいて書かれてたんですが、マンガとして面白くするために、脚色されてもいる。 私はね、梶原というのは、マンガに関しては、お世辞抜きにして天才だと思います。 今また、マンガ雑誌に何か連載しているらしいですが……。

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夢枕  マンガには誇張があるということですが、実際の修業時代は、いかがだったんでしょうか?
大山  夢枕さんは、おいくつですか。
夢枕  35歳になります。
大山  お若い。 私はあなたのお父さんと同じくらいの年だ(笑い)。 夢枕さん、あなた35年生きてきて、随分たくさんの人に会ったでしょう。 その中に、親指と人差し指の2本指で逆立ちして歩く人間はいたかね?
夢枕  いいえ。 見たことないです。
大山  私はそれができたよ。 そしてそれをやるがために、命をかけてケイコしてきたよ。 私は、この世の中に、私以上に強い人間が存在するのを許せなかった。 昭和の宮本武蔵になってやろうと本気で思っていたよ。
夢枕  具体的には、どうやって戦う相手を見つけたんですか?
大山  相手なんか、道を歩けばいくらでもいたよ。 ケンカしようと思えば、いくらでもケンカできるんだもの、終戦当時は、あちこちに闇市があって、年中ケンカだよ。 私は、いつも進駐軍を相手にしてました。
夢枕  進駐軍相手に、いきなりケンカするんですか。
大山  そう、いきなり出てって、いきなりひっぱたいた。 相手は拳銃をもっているからね。  あのころ進駐軍というのは、大変な権力をもっていて、横暴な振るまいをしても、日本人は誰も手を出せなかった。 真っ昼間に、日比谷公園で若い女性が強姦されたりするんだから。
夢枕  えっ、真っ昼間に?
大山  そう。 私がたまたま通りかかったら、大勢の見ている前で白人と黒人の米兵が、日本のオフィスガールを強姦してるのよ。 「助けて!」と悲鳴をあげてるのに、皆、見て見ぬふりしてるだけ。 誰も助けない! 日本人ほど卑怯な民族はないよ! 私は本当にそう思ったね。 カッとなって私は米兵をのばし、女を助けたんです。 それからヤミつきになって、進駐軍専門にケンカを売り歩くようになり、しまいには、進駐軍2人ペアで行動するようになったんです。
夢枕  つまり、大山先生を恐れて。
大山  そう。 私は『権力にこびるな、金の奴隷になるな、暴力に屈すな』という儒教の教育を受けた人間だからね。 ガマンならなかった。 しかし殴るだけならよかったけど、あるときやはり昼間の日々やの交差点でね。 日本の警官が米兵にズボンおろされて、肛門に棍棒を突っこまれていじめられているのを見て逆上し、米兵を殴り倒したあげく、金を巻き上げてしまったんです。 これがいけなかった。 窃盗ですからね。 指名手配され、逃げるために山にこもったんです。 これが山ごもりの真相です。

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だって牛が倒れるもの、この突き一発で

夢枕  山ごもりというと、片眉を落として修業したという……。
大山  マンガではカッコよかったけど、真実はそうだったんです。 ある政治家の先生が、世話をしてくれましてね。 「キミはここにいちゃいかん。 進駐軍が血まなこになって君をさがしている。 君は将来大物になるかもわからんから、逃げろ」といって、七面山の奥の院に紹介状を書いて下さったんです。 2回目が清澄山でね。
夢枕  山ごもりのあと、空手の大会に出られたんですよね。
大山  ええ。 昭和21年ですね。 京都で初めての空手選手権試合があったので出場して、優勝しました。
大山  メシが食えなくてねえ。 しょうがないから、池袋のヤクザの用心棒をやったりしてたわけです。 頼まれて人を殴りにいったりもしました。 でも、話をきくとたいがい、殴ってくれと頼む方が悪いね。 だから、殴りにいった相手の話をきくと殴れなくなるから、きく前に殴った。 こんなことしてたら、人間がクズになってしまうと思っても、飢えていたもんだからね。 もう本当に世の中で一番コワイのは、メシが食えないことよ。 今は飽食の時代で、あなたたちは豊かな過程に育っているからわからないだろうけど、3日間何も食べなかったら、目が逆さまになる。 飢えはコワイよ……。 そうこうするうち、力も強い、ケンカも強いと評判になり、アメリカのシカゴのプロレス協会から、日本のプロ柔道ーーこれは、私の拓大の先輩である木村政彦の先生で、牛島先生という方が始めたんですがーーの協会に「空手と柔道の選手を送ってくれ」と連絡が入ったときに、空手の代表にならないかと声がかかったんです。 お前、どうせ日本にいてもアメリカ人を殴って歩いているんだろう。 それなら米国行って殴れ。 そうすれば殴って金もらえるぞって。 実際、ギャラもいい。 よし、それじゃ、行きましょうってことになったんです。

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夢枕  そのころ、プロレスについて御存じだったんですか。
大山  いや、わかりませんでした。 行ってからはじめてわかりましたよ。 なあんだ、ショーだったのかと思いましたね。 アメリカのプロレスは、プロモーターが全部、勝ち負けを決めてしまうんです。 そしてケガをさせないようにやる。 お互いに相手がいてこそメシが食えるんですから。
大山  私は試し割りをしてみせることが多かったんだけれど、観客がなかなか信用しないんだ。 インチキだろうって。 終戦直後で反日感情の強いころだからね。 だから先に客にやらせるんだ。 レンガや石を、叩かせる。 割れない。 じゃ本物だとなったところで、私が割るんだ。 25、26ぐらいのあの頃は、細長い石なら、叩かなくても割れたもの。 両手で持ってグッと力を入れたら、それだけで二つに折れちゃったもの。 そりゃあもう、あなた、あの頃に会ってたら私に惚れちゃってたよ、絶対。
夢枕  試合はされたんですか?
大山 プロレスの試合じゃなくてね、リングに入って、1分後に何事もなくリングを下りることができたら、1000ドルやるっていう懸賞をかけた。 するとたまに気違いみたいな奴が飛び入りで上がってくるんだ。
夢枕  やはり、強そうな男ですか。
大山  まあ、大男ばっかりだけど、空手を知らないからね。 私に目を突かれてビックリして顔をカバーしたときに、ガラ空きになったアバラへ、左の逆突きをきめるんですよ。 もう、1発で倒れなかった奴はいなかった。 3発くらいやったら、ろっ骨が6本くらい折れちゃうからね。 だって、牛が倒れるもの、この突き一発で。 まあ、今はアメリカは空手ブームだから、ムリだけれども。

強いか弱いか歩き方を見ればすぐわかる

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夢枕 僕はプロレスも空手も好きなので、どうしても気になってしまうんですが、猪木VSウィリー戦の真相はいったいどうだったんですか?
大山  真剣勝負をしたら、ウィリーは猪木君を殺しちゃうよ。 猪木君も負けるわけにはいかないからね。 引き分けになるようにしたんです。 ウィリーは、あれで2000万もらいましたよ。
夢枕  ああ、そうだったんですか。 ウーン、つらい話だな……。 大山先生が渡米した当時、プロレスはたしか、ルー・テーズの全盛時代ですよね。 テーズはどうだったんですか?
大山  テーズは強いよ。 これはものすごく強かった。 身体も大きいし、速かったし。 大木金太郎が生意気なこと言って、テーズにひどい目にあわされたことがあったでしょ。 あれから少し、大木はおかしくなっちゃったんじゃないの。 テーズは強いです。 あれは世界の帝王でしたよ。
夢枕  カール・ゴッチはどうでしたか?
大山  ゴッチも強い。 それほど親しくないけど、1,2回会ったことがあります。 ただ、彼は金がなかったから、チャンピオンになれなかっただけです。
夢枕  そうですか。 それをきいてプロレスファンの僕としては安心しました。 強いプロレスラーはいたんですね。
大山  彼らとは、戦ったことはありませんけどね。
夢枕  大山先生は、どこで相手の強さを見抜くんですか。
大山  発っている姿勢を見ればわかりますよ。 それと歩き方ね。 外股で肩をゆすって歩くようなのは、たいしたことない。 姿勢がよくて、足をスッスッとまっすぐに出して歩くような男は、強いんです。
夢枕  ははあ。 イキがっているようなのは、実は弱いんですね。
大山  そうです。 だからアメリカでは、ダンサーとはケンカするなっていうんです。 いかつくなくても、ダンサーというのはリズム感がいいからね、ケンカするともすごく強いんですよ。 空手もリズム、ケンカもリズムなんです。
(つづく)


 という事で、夢枕獏先生でした。 小説は結構好きなんですが、遅筆で中々終わらないんですよねw 「餓狼伝」とか、私が中学生の頃から読んでいるのに未だ終わらず…w
 竹宮流の泉宗一郎と主人公の丹波文七の戦闘描写とか感動しましたけどね。 後、松尾象山を説明する描写も好きです。
 今調べたら「獅子の門」、3巻で続き出ないなーと思ってたらいつの間にか7巻まで出てたんですね。 買います。
 個人的には「空手道ビジネスマンクラス練馬支部」が一番好きですかね。

 次回はこの続きとなります。 それでは、また。


参考文献:
スコラ 1986年12/11号 講談社 1986年



 






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コメント
スコラも懐かしいですが
表紙に出ているアイドルに名も懐かしいです。

やはり
夢枕先生は大山倍達が好きなんですね。
  • もん爺
  • 2011/11/16 5:24 PM
今読むと、総裁の発言のところどころ、深読みできますね。
  • ひざげり
  • 2011/11/16 10:41 PM
1986年と言えばバブル初期、空手の記事でマル勇高利回りという言葉に時代を感じます。財テクがブームになりかけたころですね。
>もん爺さん

この頃だとピンのアイドルも最後の方ですかね。 もう1〜2年経つと、アイドルユニットばっかりだった様な気がします。

大山総裁への思いは、「餓狼伝」の松尾象山の描写を見てると伝わって来ますねぇ。 「平成元年の空手チョップ」だったと思いますが、大山総裁が少し出てましたしw

>ひざげりさん

そこが昔のインタビューの面白いところでしてw
今にして気付くというのは多々有ります。

>古流修行者さん

この記事の1年前に電電公社が民営化されて、ウチの実家にも証券会社が(何株か知りませんが)200万ですとか言ってNTT株を売りに来てました。 思えばそういう時代だったんですねぇ。
格闘技界だとUWFとか、当時ニューウェーブ空手と呼ばれていた小さい組織は結構恩恵を受けてたんでしょうかね。
  • Leo
  • 2011/11/18 1:26 AM
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