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大山倍達マニアック検定

米軍が見た空手(1948年〜1958年)

JUGEMテーマ:空手
 

 今回はちょっと毛色を変えて、戦後の新聞報道に見る空手を紹介します。 本記事は米国防総省が発行する"Stars and Stripes"の極東版からピックアップしていますが、極東版は1948年1月から発行された様なので、それ以前の記事はありません。

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 多分空手の記事は1948年7月が初出だと思います。 よくGHQによる武道禁止令の話がありますが、色々な資料を読んでも以前書いた通り、空手は明確に禁止されていないんですよね。  大山倍達総裁が参加された1947年の体育大会では柔道の試合も行われましたが、これは多分主催の円心倶楽部が三国人を隠れ蓑にしたのだと思われます。 また、この年は日本空手協会が設立された年だったりします。

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 この空手は武道禁止令適用外という事でそれまで柔道だった人が空手に鞍替えしたというケースもあった様で、戦後急激に国内で空手愛好家が増えたのは武道禁止令のお陰かも知れません。 この記事では学校…特に大学で空手が爆発的に広がっているという風に書かれています。 尚、空手ブームだったという1955年の時点で約50万人の空手愛好家がいると推定されていました。
 ちなみに1955年当時の極東空軍付体育担当官、B・C・マン少佐によれば1951年の時点でカリフォルニアのアメリカ戦略空軍司令部で既に空手が行われており、1948年頃から駐日米兵が持ち帰ったのでは、と推察されています。 しかし戦後3年は少々短い気もしますので、もう少し後かも知れませんね。 しかし開戦直後にアナポリスの海軍兵学校に陳という中国人他5名の空手家を招いて指導していた事があったという話もあります。

 次の記事は少し間が空きますが1950年4月、琉球版の記事。 体育の祭典なる物が、沖縄の新聞全社後援の元で行われ、体操の他に空手や柔道を那覇の劇場で見せたという報道でした。

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 危険な蹴りやジャブは簡単に犠牲者に致命傷を与えるだろうとあり、脅威を与えていた様に感じます。 他にも試割りや武器術を見せた様で、サイ、棒術、鎌、スルチン(分銅鎖)、トンファーが紹介されています。

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 翌月も沖縄の基地で行われたフレンドシップ・ディで空手の演武が行われており、評判だった様です。
 そして1951年1月、沖縄の体育協会ではインドのニューデリーに空手家若干名を送り込み、同年3月に国際試合の開催を画策しています。

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  許可が降りなかったのか続報はありませんでしたが、認められていたらカラリパヤットと空手の国際試合が開かれていたのかも知れません。
 
 1952年…大山総裁渡米の年ですが、ここで日本武道界の恩人、当時柔道四段のドン・ドレガー氏が登場しています。 当時はまだ軍に所属していました。

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 記事によれば韓国に柔道と空手の上位者10名を連れて行き、海兵隊に見せるとあります。 柔道からは"世界チャンピオン"の醍醐敏郎先生を連れて行くとありますね。 実際に行われたのかは知りませんけど。
 さて、空手関係の報道が増えるのは日本独立後の1953年からです。 これはひょっとしたら大山総裁の渡米が関係しているかも知れません。 この記事では空手の威力等、どれだけ危険な技かを紹介しているのですが、この中に大山総裁と思しき人物が大きく取り上げられているからです。 空手の威力を証明した、というのが信憑性を高めてたり…するかも知れませんね。 以下は大山総裁らしい人物の箇所です。

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 The United States has seen the deadliness of this sport.  On a tour in the U.S. small-sized Japanese men proved they were deadly bombshells when they put karate to work in exhibitions on the stage.
 Among other feats, American audiences were talking about seeing boards and bricks 2-inches thick being broken completely in half by a single stroke of the hand.   Those who doubled the authenticity of the sport were urged to try their own hand at it.  One doublting policeman in Michigan accepted the challenge.  He hacked away at a 2-inch board for several minutes before giving up.  He left the stage with blood and gore dripping from his smashed hand with which he tried so hard to split the board.
  Professional karate performers can defend themselves against 17 attackers and come out of it undamaged, even from minor scratches.  However, all 17 opponents will be in tremendous pain.
(中略)
  While on tour in the U.S. karate performers offered $1,000 each to anyone who could stay in the "ring" and win a match over someone defending himself with karate.  Many takers soon had cause to regret their hastiness.  But the had several days to nurture their wounds and spread the word on the effectiveness of karate.

 どこでソースを得た記事なのかは不明ですが、これらの逸話が「実際に役に立つ」と思わせたかも知れませんね。
 この年は柔道と空手の公式訪問(大山総裁のは民間)が実現した年で、5月の記事にその事が書かれています(渡米は6月)。

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 アメリカ航空爆撃隊テーラー司令官が空手からは小幡功四段、鎌田俊夫四段、西山英峻四段らを呼び、全米22カ所の基地を廻る予定だった様ですね。 当時の米紙を読むと、時折活躍の様が報道されています。

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 1954年になると、テキサスの方で空手使いを称するレスラーが登場しますw ハワイ出身のPhil Sylvaと日本出身と称するKanaeの二人はどちらも空手マンだと言う売りでマットに登場しています。 この頃に空手をアピールしていたレスラーは、グレート東郷がいますが、日系人以外ではこのシルバというレスラーが初めてかも知れませんね。 もう暫くすると初代トーキョー・ジョーとかオーヤマ・カトーとか…まぁ、日系レスラー=柔道と空手のエキスパートって感じにされますw
 国内では米軍基地での演武で時折空手が紹介されており、米軍に取り入れたい意向が見え隠れしている様に思います。 これは翌年も同じ傾向にあり、空手家を招待しては演武を見せてもらう、あるいは指導を受けるという事を繰り返していました。

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 この招待された空手家の中には大山総裁も居た模様ですが、記事では誰が呼ばれたかは分からないんですよね。 極真会の名は座間キャンプでの指導が始まるまでは見付けられませんでした(大山倍達の名は1956年の田園コロシアムでの牛との対決記事がありましたが)。 しかし同年9月の記事にはこんな記述があります。

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 STUDENTS of karate toughen their hands by smashing bricks, roofing tiles, two-inch boards and by snapping tops off Coca Cola bottles with he sides of their bare hands.

 何という名前の空手家がコーラ瓶の頭をすっ飛ばしたのか知りたいものですw
 更には女性兵士まで空手を学んでいるという報道もありました。 アメリカ本土で空手ブームが到来するのは1958年頃から1960年辺りですが、こうやって見るとその芽は育まれている様に感じます。

 さて、この在日米軍の動きを見てか、お隣韓国でも空手がクローズアップされて行きます。 韓国空手の初出は1956年の記事だと思いますが、朝鮮には1000年前に空手がやって来たが、直ぐに禁止されたとありますねぇ。 で、日本政府が朝鮮での空手練習を許可しなかった為、1945年の解放以降に広がったとあります。

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 …ま、そんな話聞いた事ありませんがw 当時の朝鮮では武道を禁止された事は無かった筈です。 朝鮮人柔道家なんて沢山いた訳ですし。 まぁ、この手の記事はまた後ほど。
 この年の1月は全九州空手道選手権大会が開催され、駐日キャンプからも出場者がありました。

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 どういう形態の大会なのかは調べていませんが、第1回と書かれています。 24チームが参加し、最後は宮崎大学のチームと下関駐留チームが対戦し、米軍側が勝った様ですね。 3月にも試合があったみたいで、小倉キャンプのチームと、Kenshu-kan…研修館ですかね、が対戦してKenshu-kanが勝ったとありました。

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 そして4月の記事にタンスドーが登場します。 これが初登場かな? ちなみにタンスドーとは唐手道と書くそうで、ぶっちゃけ空手の事ですね。 元々は松濤館の系統を学んだ人が始めたので、型も同じです。 以前書いたチャック・ノリスはこのタンスドー出身ですね。 で、駐韓米軍で指導された結果、アメリカにはタンスドーの道場が多分韓国よりもありますw
 写真の中央にいる濃い色の服を着た人物がテコンドーの創始者、崔泓熙氏でしょう。 Choi Hon Niという名前で載っていますし。 つまり、空手道→タンスドー→テコンドーと変化する途中の記事な訳です。 初代大統領、李承晩氏に空手…いや、タンスドーを披露した話も載ってますw

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 どうやら1500年前に中国で生まれて直ぐに朝鮮に来たと、時はちょうど新羅があった頃だそうです。 まぁ、新羅の頃にあった拳法とタンスドーもしくはテコンドーとの連続性が証明された事はありませんが。
 8月には陸軍のヘンリー・スロモンスキー軍曹がアメリカ人としては初の五段を剛柔流の山口剛玄先生から允許されたとありますね。 小倉キャンプ在籍で7年空手をやった様です。 この昇段審査の際には千唐流の千歳強直先生も居た模様。 他にも演武会がキャンプ・ドレークや仙台の祭りで行われたりと盛況な様。

 翌57年はカリフォルニアの新聞でケンポー・カラテのエド・パーカー先生が大きく取り上げられたりと、本土でもブームの兆しが見えて来ます。

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 そして日本空手協会主催の全日本大会が報道されてたりしますね。

 1958年は米本土に韓国空手の報道が出ます。 この時はこう書かれていますね。

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 Karate was first introduced into Korea from Japan in the early 1920's  Although not as popular as judo, another Asian means of self-defense, karate is fast becoming a major indoor "sport" in the Republic of Korea.

 おぉ、1920年代に空手が朝鮮に伝えられたとあります。 ちなみにテコンドーの名前が出るのは1960年代になってからです。
 
 えー…1960年までやろうかと思っていましたが、特筆すべき記事も特になさそうなので、最後に"Pacific Stars and Stripes"ならではの記事を2篇ほど。
 1つは1951年10月の力道山プロレスデビュー直前記事。 ボビー・ブランズとの10分1本勝負が行われる事を伝えています。 これは日本より報道早いのかな?

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ひょっとしたらプロレスラー力道山としては初めての記事かも知れませんね。
 で、もう1つは極真では多分有名な座間キャンプの極真空手クラブ設立の記事。 ホノルル出身のミサワ氏とハウゲン氏が組織化したそうです。

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 で、大山倍達総裁やその門下を招聘して月曜と水曜の18時から20時までの2時間を稽古時間とすると。 これまでも何度か指導で米キャンプに行っていたみたいですが、常設はこれが初めてだと思われます。


 という事でいつもとはちょっと毛色の違う記事にしてみました。 掲載した以外にも沢山の記事がありましたが、結構割愛しました。 面白い所では「月光仮面」の特集記事、なんてのもありましたが。 日本で空手を学んだ米兵士は数千人は居た様で、大山倍達総裁や日本空手協会の遠征、エド・パーカー先生と日系人やプロレスラー、そして彼等がアメリカ空手界の礎を築いたと言えるでしょう。 まぁ、彼等の他にも朝鮮戦争勃発後に国連軍として日本に来た兵士達もかなり貢献していますが。
 敗戦により米軍が駐留し、その結果日本の武道が国際化した訳で。 ささやかながら、リベンジを果たせたのかも知れませんね。
 それではまた。


参考文献:
Pacific Stars and Stripes, 7/11/1948, 4/6/1950, 5/17/1950, 1/9/1951, 8/11/1951, 10/27/1951, 6/15/1952, 1/10/1953, 5/10/1953, 1/10/1955, 1/31/1955,  9/2/1955, 10/21/1955, 1/6/1956, 4/26/1956, 8/13/1956, 10/17/1957, 2/24/1962
Redlands Daily Facts, 6/25/1953
Corpus Christi Times, 1/11/1954
Independent Press-Telegram, 7/7/1957
Tipton Tribune, 2/19/1958
丸 1955年4月号 光人社 1955年
週刊サンケイ 1955年7/31号 産業経済新聞社 1955年
 






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コメント
崔泓熙氏は、大変有名な方ですね。高麗古武道「テッキョン」の足技+琉球唐手で、「テコンドー」を創始された方では?韓国では、確か「崔将軍」としても有名なはずでしたっけ? 米国でも有名ですね。今の日本の空手の自分の頭を超す床からの、上段回蹴り・後ろ回し・故アンディ―フグが多様して有名になった、「踵落し」なんかも、そのルーツをたどれば、同氏の功績が大ではないでしょうか? それに、ビル・ワレス氏の構えと、同じ片足で、ジャブの様に繰り出す上段蹴り(SuperFootと云われた)のスタイルにもかなり影響を与えたと思います。 神奈川キャンプ座間において極真会空手倶楽部として初めて組織化したハワイ出身の御お二方は、軍人と云うよりも、軍所属の(今の日本の自衛隊で云う所の)技官・職員(軍属)であったような、英文ですね。大変貴重な史料を拝見出来てうれしいです。有難う御座いました。
  • 珍老人
  • 2012/02/19 1:23 AM
朝鮮は朱子学の影響で身体を動かすことを低く見る考えがあって、武道が発達する素地がなく、皆さん植民地支配されていた時に資料が焼かれたと嘘をつくようですね。日本から合気道や剣道、柔道を学んでおきながら韓国の古武道として世界に普及させる愚を犯すのは止めていただきたい。空手もね。
  • やいや
  • 2012/02/19 3:02 AM
Leoさんは本当に貴重な資料の数々をお持ちになっているのが凄い!批判めいた思いがないのも好きですよ!
  • サンローエン
  • 2012/02/19 7:49 AM
朝鮮は朱子学の影響で身体を動かすことを低く見る考えがあって...wやいやwrote 3:02 AM Feb.19.>=私の「古武道」という表現がいけなかったかもしれませんね。おっしゃる通り、合気道、剣道、空手もハングル名でコピーされているのは確かですね。しかし、空手にしては、琉球王国(元々は独立国)の唐手からの本邦の輸入ですよね。元をたどれば、西から東に流れてきたり、諸国の影響も経て、今日の「空手」があるし、逆に、キックボクシングもムエタイからの日本への伝搬から、さらにオランダ諸国に流布して、今では向こうの技術と選手の方が、日本人より個人差はあるにせよ、圧倒的に強い。極真も、もう日本人選手では世界チャンプになれない可能性大。ロシア・ブラジルに現に押されてるし。どちらにしても、武道・マーシャルアーツも、スポーツの枠組みを超えれば、生死を掛けた戦争(戦闘)術。故に、空手も柔道もその他武道にも、戦前・戦後と米国を始め欧州諸国が注目したのではないでしょうか。あの、中村誠氏が、倉本氏にさんざんの目にあったのも、有名な話ですよね。格闘技にそもそも、ボーダーラインは既に無いと思います。かえって、日本人がそういう狭い視野でいつまでもこだわっているから、今の日本人の勝てるはずの「日本古来の『武道』」が勝てないのでは?
  • 珍老人
  • 2012/02/19 10:47 AM
誤字訂正:伝搬⇒伝播
  • 珍老人
  • 2012/02/19 10:51 AM
>珍老人さん

>
テッキョンとの融合に関しては結構疑問があり、体よく駆り出された感があります。 20年以上前に海外でITFテコンドーをやりましたが、空手以外の何物でもありませんでした。 最初に習う型は太極Iでしたしw
踵落としはテコンドーオリジナルっぽいですが、後ろ廻し蹴りに関しては九州の少林寺流錬心館が祖では? と言う説があります。 「徒手空拳 人間・保 勇」という本がありますが、その本によれば1959年に九州の大会で使われた様です。 また、戦前から朝鮮人の喧嘩は蹴りと頭突きが有名で、蹴りを好む傾向にあったのかも知れません。
ソウルオリンピック前にテッキョン最後の伝承者と言われた宋徳基先生が亡くなり、その伝承は絶えたと言われていましたが、いつの間にか復活していますしね。 ハングルが読めればもっと面白い情報も手に入るかも知れませんが。
ビル・ワラス先生のあの片足蹴りは、膝を壊して片方でしか蹴れなかったからじゃありませんでしたっけ? まぁ、当時からアメリカでは技術交流が盛んでしたので、他流派から着想を得ても不思議じゃありませんが。

>
座間キャンプでクラブを立ち上げたのは民間人ですね。 階級も書かれていませんし、"Department of the Army civilian employes"とありますから。

>やいやさん
夢で天狗が教えてくれたとかなら可愛げがあるんですけど、「日本の○○は韓国が起源!」みたいな事を勝手に捏造されても困るので、今回ちょろりと書いてみました。

>サンローエンさん
ありがとうございます。
まぁ、批判めいた思いも無い訳じゃないですが、なるべく皮肉程度で抑えて書こうと思っていますw
  • Leo
  • 2012/02/19 1:27 PM
なるほど。私は今日から視野を広く持って、太極拳の起源は中国ではなく、日本だと主張して世界に普及することにします。奈良の柳生一族が発祥ということでいいですね。そう言えば韓国合気道の創始者は、武田惣角から蹴り技も含めた三千ヶ条もの技を受け継いだと言ってるので、テコンドーの蹴り技の起源は武田惣角の大東流合気柔術かも知れませんね。
  • やいや
  • 2012/02/19 3:46 PM
良いもの、評価されるもの、国益になるものと思えばこれらすべて格闘技にかぎらず、「これはうちの国の物、オリジナル云々」と、どの国の権力者も、名をはせた方が云われるのは、世の常でしょう。昔、まったく偏見無しの話ですが、ある高麗出身の方が、「漢字の起源は中国ではなく、我が高麗国なのです」といってたりしてましたし、中国少林寺のあの少林拳を当該寺院僧侶が日々訓練したとされる石敷きの足跡の凹みも、達磨大師の洞窟も、後世に創られたものと、ほぼ学者関係者では断定出来ています。偉大なる故大山倍達先生も、書籍やメディアによって、言っている事がころころと違っていたり、自伝・ゴーストライターのストーリー展開もハチャメチャなところがあった事は、誰しも認めざるを得ないでしょう。しかし、そういう、「いい加減な『嘘』」もつかないと、歴史的な人物や、後世がマネしても、その「実像の大山倍達」以上の第二の大山倍達には、なれないと思います。私も、てっきり、大山先生は東京生まれで、日本人であると思っていました。米国に行っていた頃、初めて生まれは高麗であると書いているではないですか。あの時は、もうびっくりしましたね。米国に居た頃、空手好きのアメリカ人に、英文のWhat is Karate?とThis is Karate (初版ではないもの)を、帰国前にプレゼントしたの、あれ、惜しい事しました。交差法とかも、確か、添野先生がモデルで写真が掲載されてました。添野先生と云えば、逆真会の山崎先生もやはり、元々はあちら出身の方なのでしょうか?お話方に、少々ナマリがあるような?山梨なまりでしょうか?力道山は、以前からそういう話はありましたね。ちょっと、話が飛びすぎましたが、ビル・ワレスの詳細情報有難う御座いました。あの、SuperFootジーンズはまだ販売されているようですね。私はもう老人ですが、あの頃、痩せ形だったので、良くアメリカ人にひ弱な、イエローモンキーぐらいに観えたのでしょう。齧りたての空手の構えをすると、連中も少したじろきました。夜間の防衛策には、大変役立ちました。これもひとえに大山先生のおかげですが、あの頃はテコンドーもかなり盛んでした。「極真」もそう有名ではなく、むしろ、テコンドーとカンフーが加州では有名でしたよ。おそらく、東海岸の方では、「極真」の名はもう、轟いていたかもしれません。あの頃の韓国・朝鮮系の方々は、とにかく日本語が非常にお上手でした。あれ?話の趣旨が良く解らなくなってきましたね。いつも、楽しみに読ませていただいてます。古き良き時代を回想する、精神年齢未だ「おこちゃま」の珍老人でした。
  • 珍老人
  • 2012/02/19 6:40 PM
>珍老人さん

山崎先生が在日であるかどうかは知りません。 人の出自とか気にした事も無いし、特に興味ありませんしねぇ。
珍老人さんがアメリカにいらした頃がいつなのかは知りませんが、米極真会が衰退したのは1970年代初頭から半ばに掛けてです。 72年頃に西海岸一帯が脱退した為、一気に勢力が減りました。 当時の武道誌を読むと、極真の取り扱い頻度が激減するのが分かります。
  • Leo
  • 2012/02/19 10:47 PM
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