calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

極真会館主催 第9回全日本大会プログラム (1977年)

JUGEMテーマ:空手
 

 さっきふと気付いたのですが、最近「現代カラテマガジン」やってなかったですね。 近々更新したいですね。 後「空手バカ一代」ネタも。

 という事で、今回は1977年11月5、6日に開催された極真会館主催の第9回オープントーナメント全日本空手道選手権大会を当時のパンフを交えて紹介します。

第9回全日本1.jpg

 そろそろリアルタイムで本大会を見た人も増えて来た事でしょうから、私が書くほどでも無いかなーと思わないでも無いですね。 でもテンションを上げる為に第9回のビデオを見ながら本記事を書いてますw





 ちなみにこの大会開催前後に「月刊パワー空手」が創刊される為、「現代カラテマガジン」と2誌で紹介される事になります。

  では、まずはパンフレットの方から見て行きましょうか。 目次を捲ると、当時内閣総理大臣だった福田赳夫元総理が特別メッセージを寄せています。

第9回全日本2.jpg

 元々自民党の佐藤派と懇意であり、その後はどっちかというと田中派(毛利松平会長)と親しかったのですが…まぁ、メッセージだけかな? 80年代後半は民社党とも親しかったですが、どちらも反共/保守的だと言う所が大山総裁らしいかと。
 さておき、広告を見ると極真関係の本が着々と増えています。 予約するとサインが貰えた「続・秘伝極真空手」「限界への挑戦」もこの頃刊行ですねぇ。 そして前述した「月刊パワー空手」の創刊。 大山総裁の本を確実に一定以上売れる為、出版社としては有難い存在だったんですよね。 支部数も20となりました(渋谷道場を含む)。 今回は特に触れませんが、ある程度基盤の出来た支部は地方大会を開く様になり、本部以外の強豪の噂も増えて来ます。
 そして年鑑の簡易版みたいな感じで、「極真会館の一日」なる記事が載ってます。 朝礼から稽古風景、合宿風景など載っていますが、本部受付の所に並ぶ新入門生?の列が興味深いですね。

第9回全日本3.jpg

 道場使用料の納入の風景じゃないかと勘ぐってますけどw

 そうそう、本部内弟子の記事もありました。 若獅子寮生とも言いますね。 1975〜76年くらいまではあまりきっちりかっちりした規則は無く、寮で酒盛りなどのエピソードに事欠きませんが、この頃には既に寮則が出来てました(76年秋より)。

第9回全日本4.jpg

 当時の本部指導員も大半が「空手バカ一代」以降の入門ですね。
 有段者名簿は…登録有段者が344名、前年から90人前後増えました。

 では、本大会の優勝候補に参りましょうか。
 本部指導員で若獅子寮寮長の廣重毅、古豪で静岡支部長となった"妖刀村正"こと大石代悟と実弟の大石省吾。 城東支部で郷田勇三を支える最古参の鈴木浩平、一橋大学出身で石川支部長となったばかりの浜井識安、本部出身でイギリス支部の指導員を勤めている中村辰夫、前年二宮城光と激戦を繰り広げ、会場を大いに湧かせた三瓶啓二、昨年頭角を現した埼玉の野口敏郎とその野口に埼玉大会で勝った黒田弘幸、身長180cm体重90kg、で本部期待の超大型選手でハワイオールスターでもその実力を見せた中村誠、そして世界大会で活躍し、第6回では準優勝、昨年は3位と安定した実力を誇る、"人間機関車"東孝宮城支部長。 この辺りが優勝が期待された所でしょうか。 昨年準優勝で優勝を期待された二宮城光は、真剣で指を負傷し欠場しました。
 他の注目選手は…うーん、期待したい選手は沢山いるんですけどね、後に支部長となる選手とか。 ただ、この時点だと…埼玉県大会で準優勝の石川光行、本部の藤原賢治、前田正利、竹和也、松田徹、山田雅俊、城西大学の花澤明、白帯ながらも186cmの長身で浜井識安の実弟である浜井良明、宮城の矢島史郎、タイのシンサックノイ・ソーシリパン(多分、前田憲作選手を輩出したシンサック・ビクトリー・ジム会長のシンサック・ソーシリパン)辺りは興味持たれてたのかな。 後は芦原道場という事で中山猛夫。 その後の活躍を考慮せず、当時の時点で、という感じで考えてみました。
 
 大会初日をまず湧かせたのは本部内弟子で茶帯の川畑幸一。 三段の菅井保夫を圧倒し極真強し、の印象を観客に見せ付ける。

第9回全日本11.jpg

 古豪鈴木浩平、大石代悟は順当に優勢勝ち、白帯の浜井弟も兄に負けじと勝ち上がる。 優勝候補最右翼の東は余裕の3回戦進出。 中村辰夫はキレのある動きから繰り出す左上段で1回戦一本勝ち。 竹和也はグアムからの空手留学生、今大会最年長のポール・アルフレッドを中段突きで合わせ一本。

第9回全日本5.jpg

 大激戦となった本部指導員前田正利と渋谷道場の2級、高桑満弥は体重判定でも決着が付かず途中別の試合を挟んでの再試合で、前田の左上段に沈んだ。

第9回全日本7.jpg

 鈴木浩平と並ぶ身長158cmの岩崎弥太郎と174cm北海道大会準優勝の納谷憲昭には会場が燃えた。 体重でも15kg差がある岩崎が真正面から納谷に打ち勝ち、後退させ堂々の優勢勝ちとなった。 そして芦原道場から初出場の中山猛夫は強豪を輩出している芦原門下とは言え空手歴1年という無名の存在。 しかし2回戦、アメリカから参戦した濃緑色の道着を纏うリチャード・コンスタントとの一戦は圧巻で、試合開始直後から一気にコンスタントを追い込んでの上段廻し蹴りが顔面に炸裂、コンスタントは鼻骨を骨折し、タンカで退場した。 この日は千葉真一とJACの演武もあり、観客を沸かせていた。
 3回戦まで勝ち残ったのは以下の通り。
Aブロック:川畑幸一、金田和美、斉藤良二、大石代悟、矢島史郎、三好一男、白石隆、浜井識安
Bブロック:石川光行、中山猛夫、鈴木浩平、石川良一、藤原賢治、浜井良明、岩崎弥太郎、廣重毅
Cブロック:五十嵐裕己、向井一志、呉世勲、東孝、前田正利、中村辰夫、山内文孝、山田雅俊
Dブロック:中村誠、黒田弘幸、竹和也、前田修作、松田徹、三瓶啓二、福岡初彦、小林誠

 2日目、3回戦Aブロック、川畑は先輩の金田と対戦、茶帯ながらここまで善戦して来た川畑は接戦を繰り広げるがここで判定負け。 大石代悟はまたも怪我に泣かされ棄権、斉藤がコマを進める。
 Bブロックは埼玉大会で準優勝の、石川光と中山。 両者蹴り合いとなり石川光も善戦するが左上段と後ろ廻しでそれぞれ技ありを貰い、中山の合わせ一本勝ち。 鈴木は石川良と対戦。 壮絶な打ち合いになったが、鈴木が貫禄の判定勝ち。 本部指導員の廣重と岩崎の対戦は廣重が圧勝、初日に会場を沸かせた立役者はここでマットを去った。
 Cブロック。 東は他流派最後の砦、韓武館の呉を追い回し完勝、今大会で3回戦まで進んだ他流派は呉1人だった。
 Dブロックは中村誠が黒田を圧倒。 昨年は二宮を相手に一歩も引かない大激戦を繰り広げ、 会場を三瓶コールで埋め尽くした三瓶はハワイオールスターに選ばれた実力を持つ同門の松田と激突、一進一退の攻防から三瓶が繰り出した左の中段廻しで技ありを取ると、一気に形勢逆転となり続けて前蹴りを中段に叩き込み合わせ一本勝ち。

 4回戦出場は以下の16名。
Aブロック:金田和美、斉藤良二、矢島史郎、浜井識安
Bブロック:中山猛夫、鈴木浩平、藤原賢治、廣重毅
Cブロック:向井一志、東孝、中村辰夫、山田雅俊
Dブロック:中村誠、竹和也、三瓶啓二、福岡初彦

 Aブロックは大石の棄権により一息付けた斉藤が金田を判定で圧勝。 浜井と矢島の対戦は経験豊富な浜井が矢島を判定に下す。
 Bブロック、注目を集め始めた中山は、先の3回戦で指を脱臼した鈴木の棄権により不戦勝。

第9回全日本8.jpg

 廣重と藤原の本部同門対決は延長の末に廣重の判定勝ち。
 Cブロック、向井は東に再三、飛び前蹴りをヒットさせるも、"人間機関車"の東は前へ前へと出て下段で技ありを取り優勢勝ち。 中村辰は山田に危なげなく判定勝ち。
 Dブロックは竹が棄権した為、中村誠の不戦勝、福岡は顔面殴打の反則により三瓶の反則勝ち。

 ベスト8は以下の選手。
浜井識安、斉藤良二、中山猛夫、廣重毅、東孝、中村辰夫、中村誠、三瓶啓二

 準々決勝、浜井は斉藤に判定勝ち。

第9回全日本12.jpg

 ダークホースとなった中山と廣重の対戦は、手を大きく動かし軽快なステップを踏む中山にペースを崩されたのか、中山に惜敗。 4回戦で技あり優勢勝ちを決めた東はエンジンが掛かったのか、業師中山辰を追い、下段廻しで技ありを奪い優勢勝ち。

第9回全日本13.jpg

 そして後に三誠時代を築く中村誠と三瓶の初対決は大激戦となり互いに一歩も譲らない。 しかし延長で体力に勝る中村誠が三瓶を押し、辛勝した。

 ベスト4は以下の4名。
浜井識安、中山猛夫、東孝、中村誠


第9回全日本9.jpg

 準決勝、中山は浜井と対戦。 ややトリッキーな中山に浜井は追い付けず、延長戦で判定に屈した。 そして圧巻は東と中村誠の対戦、がっしりした体躯の東すら小さく見える中村とのパワー対決は、キャリアと技術で上廻る東が中村を相手に真正面から打ち合う。

第9回全日本10.jpg

 本戦は東に旗が2本上がるも、明確な差は付かず、延長へ、延長では的確な下段と時折繰り出す後ろ蹴りで中村を押し込み、フルマークの判定勝ち。 決勝へは初出場の中山と、初優勝が期待される東の対決となった。

 3位決定戦は期待の新鋭中村誠と古豪浜井の対決。 しかし既に体力を消耗していた浜井は中村の一方的な試合となり、見事3位となる。
 演武では添野義二五段が水瓶を猿臂で叩き割り、場内から溜息が漏れた。

第9回全日本6.jpg

 そして決勝戦。 東の悲願、初優勝への期待と今大会台風の目、中山の番狂わせへの期待が交差する中、開始を告げる太鼓が鳴る。 が、蓋を開けてみれば東の圧勝となった。

第9回全日本14.jpg

 東は中山の同門であるライバル二宮の姿を重ねたのか、得意の下段で中山の足を徹底的に狙い、5-0の判定勝ち。 現役支部長としては初の全日本優勝という成果を成し遂げた。

以下入賞者。

第9回全日本15.jpg

優勝 東孝
2位 中山猛夫
3位 中村誠
4位 浜井識安
5位 中村辰夫
6位 三瓶啓二
7位 廣重毅
8位 斉藤良二


 という事で第9回全日本大会でした。 …疲れたw
 この頃になると徐々に選手層が厚くなって来ますね。 そして「空手バカ一代」第1世代が優勝する様になって来ます。 個人的にはこんな感じで分けてます。 71〜74年入門組が第1世代(知らずに入門した人もいますが)、75〜78年が第2世代かな。 第2世代は劇画やアニメ以外にも映画に感化された世代を含みます。 第3世代は78年までに入門が適わなかった世代で、多分80年代前半まで含んでも良いかと。 以降は個々で影響を受けた人はいても、現象として捉えられるほどでは無いでしょう。 大会史的にはほぼ世界大会単位で世代が更新するので、特に言うまでも無いですね。
 そう言えば添野先生はこの時の水瓶割りで肘を壊したんですよね。 これが2回目か、3回目の演武だったんですが、映像で見ると割った後に肘を押さえて具合を確かめてます。 確か…目白時代からの弟子である森井嘉孝先生が勧めたんでしたっけね。 当時東京都下埼玉支部の後見人か何かをやってたと思います。
 後は…今大会は反則負けがちょこちょこあるんですが、大半が顔面殴打らしくて、大山倍達総裁も大会後の戦評として、 故意で無い顔面殴打は減点の対象にならないので、防いでダメージを少なくする事も考えて研究、稽古しろって仰ってます。 今にして思えば、この大会頃から顔面のガードが甘くなり、ルールに則した闘い方が増えたのでしょう。 大会史的には第2世代(「空手バカ一代」的には第1〜2世代)ですから、大会ルールに合わせた戦法の模索、というのがこの世代のテーマになります。
 それでは、また。


参考文献:
現代カラテマガジン 1977年11月号 真樹プロダクション 1977年
現代カラテマガジン 1977年12月号 真樹プロダクション 1977年
月刊パワー空手 1978年2月号 パワー空手出版社 1978年
第9回オープントーナメント全日本空手道選手権大会プログラム 財団法人極真奨学会・極真会館 1977年



 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





コメント
この大会の模様を芦原先生が当時の8mm映写機?だったと思うんですが審査会の後に皆に見せてました。芦原先生も嬉しかったんじゃないでしょうか。
大会の前の夏合宿で中山猛夫さんに芦原先生が大会に出てみろと勧めていました。
確か、まだ茶帯で格好つかないから黒帯で出場したと聞いた覚えがあります。
芦原先生の眼力は凄いと感じましたね。
>自然さん
元々他流派経験者だったので、基礎が出来ていたとは聞きますが、1年で準優勝は凄いですよね。
出場者名簿には初段と記載されていますが、実は茶帯だった事は良く知られていると思います。
で、今ふと気になってチェックしてみたのですが、中山先生の昇段記録は本部に報告されてないっぽいです。
78年から81年まで見てましたけど、見付かりませんでした。 見落としの可能性もありますが。
翌年の第10回も初段で選手登録されてるんですけどねぇ…w

  • Leo
  • 2012/07/16 6:31 PM
そうなんですかあ。
しかし、当時は芦原道場と本部の間も険悪な感じでしたよね。
その中でのゴタゴタもあり、報告されなかったんでしょうかね?
中山さんも後に正道会館に移ったわけですが、実力は皆が知るところでしょうね。

ちなみに、中山さんが合宿で頭が緑色だったんです。当時の帯の色に合わせたんかいな?
とも思ったんですが、ヘアーモデルとかいうので学費を稼いでいたらしいです。
>自然さん
本部に入門者とか有段者の登録は義務付けられていて、これを怠ったのが、芦原先生除名の一因になってます。
理由はどうであれ、ゴタゴタしているから報告しない、というのは無いんじゃないですかね。
石井和義先生の自伝を読むと計画的な感じがしないでも無いですがw

髪が緑って、今でも珍しいですねw 偶に通勤時間にパンクっぽいにーちゃんがそういうのしてますけど、ヘアモデルとは言え、その頭で歩き回る度胸は無いなぁ…。
カラーで見てみたかったですw
  • Leo
  • 2012/07/16 10:42 PM
皆さんとは少し違った内容のコメントをお許し下さい。

 「極真会館の一日」なる記事で入門に並ぶ感じの風景は我々の頃(昭和50年ごろ)にはごく日常的にあった風景です。しかし、書類内容の不備や稽古着の購入などもあり、1人終わるのに結構時間がかかった記憶があります。
 出場選手でよく話した身近な先輩は、竹和也、松田徹両先輩です。竹先輩は私の入門当時(昭和50年春)はグリーン帯で、松田先輩は茶帯でした。松田先輩が生意気な態度で来た道場破りを回し蹴り一撃で倒した爽快な場面をこの目で見ました。その時、わざと茶帯を締め直して「エイー気合入れて!」と言ってから攻撃していました。きっと総本部の茶帯のプライドから来る一種のゼスチャーだったと思います。極真は茶帯でも強いな、と中学生ながら実感しました。もっとも、松田先輩は確か剛柔流でも初段まで修業したと記憶しています。今はアメリカにいるらしいですね。
>名誉五段さん

ウチは懐古主義的なブログですので、お気になさらずw

あ、そんなに並ぶほど時間掛かってたんですか。 私がいた所は常設道場じゃないので、受付が存在しませんでしたw

松田先生は今大会でも足技が冴えていましたね。 今はアメリカにいらっしゃるという事ですが、空手を教えてらっしゃるんでしょうか?
  • Leo
  • 2012/07/18 8:52 PM
総本部受付は当時大山留壹琴さんも手伝われていました。大山先生の奥様が事務長でしたから我々には結構身近な存在でしたね。大山先生ご自身も受付に来た人と会話したり「よく来たね、どこから来たの?」等とあの独特の口調で話されたり、ほのぼのしていました。

松田先輩は真樹先生のお言葉によりますと「アメリカに行って金持ちの女性と結婚した」こと以外、残念ながら現在の消息はつかめません。

余談ですが松田先輩はプロ空手にも参加されていましたね。広重先輩(私の当時茶帯)、沢柳さん(私の当時黄色帯)、林さん(私の当時黄色帯)達と行動していましたが、早く終わってしまい残念でした。(その結果田端支部が出来たわけですが)
>名誉五段さん

私が初めて本部に行った時は、事務長がまだ健在でお茶を飲みながら雑談なさってましたねぇ。

真樹先生で思い出して、「極真外伝」をチェックしましたw ちょっと時間ある時に調べてみましょうかね…。

プロ空手のメンバーは写真は持っているんですが、本部のメンバーと渋谷道場の中村俊安先生以外がイマイチ掴めてないんですよね。 その辺りと極真ジムの掘り起こしも少しずつ行ってますので、いずれ紹介出来るかも知れません。
  • Leo
  • 2012/07/19 12:29 AM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック