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大山倍達マニアック検定

【レビュー】 「レジェンド オランダ格闘家列伝」(1997年)

JUGEMテーマ:空手
 


 全然関係無いのですが、今私が単行本を買ってる漫画って4冊くらいなんですよね。 見掛けたら買う漫画ってのもありますが、動向チェックしてるのは4冊だけ。 でも、私がガキの時分は大人が漫画を読む、と言うのはやはり体裁が悪かった様で、都内の電車で漫画を読む大人を取り上げて特集してるTVもありました。 まぁ、今でも公共の場で漫画を読む、と言うのには抵抗あるので読みませんがw

レジェンド1.jpg

 さておき、今回はオランダ格闘家を綴った「レジェンド オランダ格闘家列伝」を紹介します。 著者はフレッド・ロイヤースと、クン・シャルンベルフ。 ロイヤースはキックに詳しい人ならご存じですかね、オランダ目白ジムのWKA世界ミドル級チャンピオンです。 元々は和道流でオランダや欧州ではタイトルを獲得してます。 シャルンベルフは、第2回と第3回の極真主催の世界大会に出場してます。



 で、本書はジョン・ブルミンから始まるオランダのコンタクト系格闘技史に名を残した偉大な格闘家を10名ピックアップしており、非常に興味深い内容になってます。 このシリーズでアメリカとかイギリスとかやって欲しいですねぇ。 アメリカには良書もあるので、どっか翻訳して欲しい所ですが、需要無さそうですw
 本書の意義については、序文でこう書いてます。

 これはファイターたちとファイティングについての本です。 私たちは著名なダッチ(オランダ)のファイターたちと指導者たちのより人間的な側面を深く掘り探って見ようとしました。 読者の皆様に彼らの心の内面を洞察し、そこから彼らの背景にあるものに光を与えて見てほしいと思います。 それは彼らの思考方法、道、理想、そして動機などです。 もしあなたが今後テレビやリングで彼らを異なった視点から見ることができたら、私たちと出版社の望みがかなえられたことになります。
(中略)
 これらを読者の皆様が読んだとき、著名なダッチファイターと指導者について、またネーデルラント(オランダ)という国とその歴史、また彼らの人生の道といったものを知るでしょう。
 私たちは貴方がそれらを大いに楽しんで頂くことを期待しています。

 では、目次から。

レジェンド2.jpg

 はじめに

0    オランダの武道
        オランダ格闘技の歴史
        なぜオランダは格闘技が強いのか

1    ジョン・ブルミン    誰もが闘いたくないチャンピオン
2    ヤン・プラス    チャンピオン・メーカー
3    ロブ・カーマン    オランダで生まれた現代の伝説
4    ラモン・デッカー    ダッチ・ダイヤモンド
5    トム・ハーリンク    ファイターの長所・短所を知りぬく名トレーナー
6    ペーター・アーツ(ピーター・アーツ)    K-1グランプリ覇者
7    アルネスト・ホースト(アーネスト・ホースト)        オランダの黒い真珠
8    バス・ルットゥン(バス・ルッテン)        レッド・セカンド・キラー
9    ミッシェル・ウェドゥル(ミッシェル・ウェーデル)    極真空手欧州王者
10  ヤン・カレンバッハ(ヤン・カレンバッチ)    勇士の道

    あとがき
    著者プロフィール
    訳者略歴
 

 オランダは格闘技が強い事で知られますが、世界的に一番有名なのは、アントン・ヘーシンクとウイリアム・ルスカ(最近だとウィレム・ルスカと呼ぶケースが多い)の柔道王者ですが、その歴史は古く、1910年にオランダに柔道と柔術が入ってきたそうです。 その後39年にNJJB(ネーデルラント柔術・柔道連盟)が設立。 この設立メンバーの1人であるモーリス・フォン・ニューウェンフィセンはオランダで人気を博した漫画ののモデルとなったそうです。
 急成長したオランダ柔道界は52年から78年までの間に44のヨーロッパ・タイトルを獲得、60年代の活躍は日本でも良く知られていますね。
 そして空手、1961年、最初にオランダに来た空手はジョン・ブルミンがもたらした極真空手で、次に和道流、松濤館と続きます。 74年になると、ヤン・カレンバッハがヨーロッパヘビー級のタイトルを獲得、当時アメリカの"Black belt"誌ではヨーロッパ最強の空手家として紹介されてましたね。

カレンバッチ.jpg
ヨーロッパ最強と呼ばれた頃のカレンバッハ

 本書では、これらの歴史以外にも他の格闘技が導入された時期も書いてありますし、オランダキック史についても色々書いてあり、勉強になりますね。

オランダの近代格闘史はこの様な感じだそうで。 何か年表分かり辛いですが、本書の丸写しです。

西暦       登場                   組織化
1820    フェンシング
1875    レスリング
1890                           フェンシング
1897    ボクシング
1903                           レスリング
1910    柔道、柔術
1912                           ボクシング
1920    サバット   
1939                           柔道(NJJB)
1959    極真空手
           合気道               極真空手(NKA)
1963                           合気道
1965    テコンドー
            剣道   
1972    チャクリキ
1973    フルコンタクト空手   
           セミコンタクト
1975    キックボクシング
                                    柔術(試合)
1977                            フルコンタクト空手
1978    ムエタイ
                                    キックボクシング(NKBB)
1981    パンクラシオン
1983                             ムエタイ(MTBN)、サバット
1984    ダッチスタイル・
             ミックスファイト
1987    ミックスファイト
            フリーファイト
1993    リングス
1995    ケージファイト
1996                               WPKL


 では軽く説明。
  ジョン・ブルミン先生と言えば極真オランダ支部の創設者として知られてますね。 しかしそれ以前は柔道家として高名でした。 ヘー・シュートゥーという有名なオランダの柔道家がいますが、こう称してます。

 「アントン・ヘーシンクは常に試合に勝つためにそこにいった。 ヴィム・ルーシュカは勝つことを期待されてそこにいかねばならなかった。 ジョン・ブルミンは常にビッグ・トーナメントに出場する機会を奪われた。 それは政治的なもので与えられなかったのだ」

 つまり2人のメダリストに伍する柔道家だったと言う事ですね。 不幸にして、組織が異なった為、世界に挑戦する機会を失いましたが。

レジェンド3.jpg

 日本で柔道を学びたく、1959年に来日、アメリカ人のビル・バッカスと出会い意気投合、そのバッカスの紹介でドン・ドレガーと出会います。 そしてドレガーの紹介で大山道場の門を叩きます。 当時の対談記事は以前紹介しましたね。 以下引用。

 ある日、彼の友人のドン・ドレガーが空手について話してくれて、松濤館空手の中山先生を紹介してくれた。 しかしそれはジョン・ブルミンの競技感からすると、あまりにもソフトだった。 「あまりにも技術的な話が多くてアクションが少なかった」と彼は考えた。 ブルミンはファイトを求めており、これが武道だというものを見たかったし、感じたかったのである。 14日間、基本稽古をしたが組手は行われなかった(彼らは「とても危険だから……」と言っていた)。 ジョンは友人のドン・ドレガーにもう充分だと話した。 「オーケイ」とドレガーはほほ笑み、「他の道場を紹介しましょう。 ただし警告しておくが、これはちょっと違ったものですよ! それが彼らの稽古方法です」と言った。

 その後は日本で研鑽を重ね、オランダに戻って極真の支部を開き、66年には黒崎健時先生を呼びます。 そしてこの道場から多くの格闘家を生み出します。

 で、ヤン・プラス。 ヤン・プラスと言えばオランダ目白ジムですね。 日本で有名なキックボクサーだと、ロブ・カーマンやアンドレ・マナートを生み出したジムの会長です。  …そう言えばヤン・プラス、トム・ハーリックと来て、ヨハン・ボスは出てませんね、この本。 所属するアーネスト・ホーストはいるのに。

レジェンド4.jpg
ヤン・プラス

 カーマンやラモン・デッカーは好きですし、トム・ハーリック会長の記事も面白いのですが、極真系のブログですしね、キック系の選手に興味のある方は本書をお読み下さいw
 
レジェンド6.jpg
サマート兄弟とカーマン、プラス

 そして、ミッシェル・ウェーデル。 強烈な伸びのある下突き、凄かったですねぇ。 本職は大学教授で専門は市場経済分析という事ですが、その傍らで今でも極真空手の指導を続けてらっしゃいます。

 で、オールド極真ファンには興味深い、ヤン・カレンバッハ先生の記事。 武道との出会い、極真との出会い、そして澤井健一先生との出会いについても書かれてますね。 最後はカレンバッハ先生のこの言葉で締め括りますか。

レジェンド5.jpg
左から小倉、山崎、藤平、カレンバッハ

 「私たちは決してマス大山を忘れてはなりません。 彼は極真空手を創造し、偉大なことを成し得た人です。 彼の空手スタイルは選手や人々を魅了しました。 彼は多くの新しい方向性を示し、世界のマーシャルアーツの世界を改革しました。 私は日本での極真のトラブルが解決することを望んでいます。
 今、私自身は非常に充実して幸せです。 私は澤井先生に教わった武道を生涯追求していくだけですから」


 という事で、フレッド・ロイヤース、クン・シャルンベルフ共著「レジェンド オランダ格闘家列伝」でした。 他国の格闘史、特に総合的な歴史はあまり語られる事は無いので、興味深いですよね。 日本の武道がどう海外へ広がったのか、というのは面白いと思うのですが、日本から世界を眺めても中々知る事は出来ない訳で。
 しかし、こういう形態の本は中を説明するのが難しいですね。 何をどう書こうかでえらく戸惑いました。
 ま、でも興味のある方は是非。

 それにしても…藤平昭雄先生とヤン・カレンバッハ先生、写真で見ると凄い身長差ですねぇ。
 それでは、また。


参考文献:
レジェンド オランダ格闘家列伝 フレッド・ロイヤース、クン・シャルンベルフ共著、 東山美好、大沢義生訳 気天舎 1997年


関連リンク:
碧い目の修業者たち(1961年、大山道場にて)



 






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コメント
ジョン・ブルミン会長は確か泰彦先輩のお話ですと、組手の時に脛に「薙刀」で使用する防具の様なものをつけていたとの事ですね。

ヤン・カレンバッハに至っては、基本稽古で手を抜いていたのを見つけて、藤平先輩が1階の小道場で立会人をつけて組手で圧倒させたそうですね。
最後の写真の山崎先生もお若いですね。先日お食事をご一緒させて頂きました。
私も防具の記事を読んだことがありますが、このインタビューでは、牛殺し他、かなり批判的な発言ですね。最期には物騒な発言もしています。

http://www.youtube.com/watch?v=eKS7HVIe29w
  • kimura
  • 2012/07/22 11:49 PM
リンク先間違っていました。
削除お願いします。
失礼しました。
  • 木村
  • 2012/07/22 11:50 PM
>名誉五段さん
そうですね、加藤重夫先生だったかな、脛当てを付けてて、ロボットみたいとか言ってた様な。
カレンバッハ先生については、本部黒帯を総ナメにして、舐めてたとか藤平先生が語ってましたね。 まだ当時の1階の道場は畳が敷いてたのかな。
そう言えば、山崎先生が昔「月刊ゴング」にブルース・リーの映画のレビューを寄稿されてましたねぇ。 割と昔から書くのが好きなんですかね。

>木村さん
実は、その辺りの話を一回書いて、記事にする際に削除しましたw
ブルミン先生は多分…とある先生の影響なんでしょうけど、結構大山総裁の悪口を言ってます。 非常に馬鹿げた所では、「マス大山はスペインの闘牛とは闘っていない」みたいな批判?で、ピーター・アーバン先生だったか、ビル・バッカス先生だったか、どっちかは忘れましたけど、元大山道場のアメリカ人が反論してました。
後、今更「極真武道会」を名乗るのは如何なモノか、と思ってますw
  • Leo
  • 2012/07/22 11:54 PM
>kimuraさん
大山総裁が亡くなってからは割と言いたい放題です。
日本では言いませんけどね。

>木村さん
削除しました。
  • Leo
  • 2012/07/22 11:58 PM
お手数お掛けしました。
今日の記事を見てyoutubeで検索して、初めてこんなに批判的な発言をしていることを知りました。
聞き取れる範囲だけでも「300人組手をしたといっているが出来るわけない」とか「牛など1回も殺していない」とか「3年半いたが大山が組手をしているところなど1度も見ていない」「嘘ばかり」など。
もちろん本当のことも含まれているのかもしれませんが、道着に「極真」の文字が入っていますよ???
人間性を疑ってしまいますね。
  • 木村
  • 2012/07/23 12:07 AM
Leo様

山崎先生は今でもフリーのライターです。そして、道場では「ヌンチャク」「サイ」「トンファー」などを披露して下さいます。65歳になっても稽古熱心な方です。昔の話を聞くのがとても楽しみです。
>木村さん

大体は某先生の影響なんじゃないかなーと思われます。 ちなみに日本人女性と再婚した際の御子息の名は、ジョン・マスと言い、大山総裁の名から取っています。

>名誉五段さん

山崎先生の「撃戦記」はいつも楽しみに読んでます。
割と極真各派の大会に足を運ばれて、大会でも談笑されている姿を拝見しますよね。
週末に山崎先生のインタビュー記事書こうかな…。
  • Leo
  • 2012/07/24 9:15 PM
>Leoさま
そうですか。日本人女性と再婚されていたのですね。
子どもの名前に頂いておいてあの言いようですか。
いっそのことジョン・ケンとかにすれば良いのでは?
  • 木村
  • 2012/07/24 11:39 PM
ちなみにジョン・ブルミンと芦原英幸は闘ってないそうですね。
  • やいや
  • 2012/07/25 12:51 AM
>Leo様
外国つながりなのですが、アメリカの金村師範について何か特集される予定はありますか?
かなりの古参師範なのにほとんど情報がないのです。
アメリカで長年教えていらっしゃることから考えるとかなりの実力なのでは?と思っています。
最近ではどこかの会派の会長に就任したと聞きましたが。
  • kimura
  • 2012/07/26 12:45 AM
>木村さん
まぁ、御子息も40過ぎな筈ですからねぇ。

>やいやさん
芦原先生は1961年入門なので、同年帰国したブルミン先生とは対戦していない可能性が高いです。
なので、「空手バカ一代」での対戦は別の話と混ぜたエピソードだと推測しています。

>kimuraさん
私も金村清次先生の事はさほど詳しくありませんが、海外の雑誌に載ってたら取り上げようかな、と思います。
入門は添野先生と同じ位、第1回全日本にも出場、というのは知ってるんですけどねぇ。 後はあだ名とか、泰彦先生曰く某大会の解説席で居眠りしてた、とかw
本部ビルが出来てから初期の大会までしか国内にいなかったので、あまりエピソードがありません。
  • Leo
  • 2012/07/26 10:12 PM
>Leo様
やはりあまり情報がないのですね。
他の古い師範などの自伝でも名前を見かけたことがないので気になっていました。
有難うございました。
  • kimura
  • 2012/07/27 9:44 PM
>kimuraさん
出てたのは泰彦先生の本ぐらいかも知れませんね。
これは可能性の話なんですが…金村先生の本名は金清次と言いますので、ひょっとしたら66年に設立された民団の傘下団体、韓国青年同盟空手部に大山茂先生と共に指導に行っていた為、本部に出ていなかったのかも。
まぁでも、増田賢一先生みたいに初期の大会で入賞してたり、技術書にもモデルとして出てるのに、殆ど名前の挙がった事の無い人もいらっしゃるので、知られざる門下生は沢山いたんでしょうけどねぇ。
  • Leo
  • 2012/07/29 11:07 AM
黒先生がモデルの先生ブルとの共著!?kyokushinKaiKarate1967・1968の存在を黒先生は10年位前まで知らなかったようですね。

また、確かフランスに行った先輩が向こうで先生ブルと黒先生のあまり良くない噂を沢山聞いたそうです。
先生ブルは講習会で関節技一つ教えるのにとても高い料金取るとか・・・。

黒先生はその極真武道会の昇段状に名前が有るから・・・(とばっちり!?)。

らしいですが、本と同様黒先生は何にも知らないのでは・・・。

極真名乗って総裁の悪口って・・・。

もし上記全て本当なら先生ブル、相当・・・・・・。
  • うす!
  • 2012/07/30 1:41 AM
>Leoさま
さすが情報量が凄いですね。
いつも有難うございます。

>うす!さま
さすがに試割りと先生としての資質は認めているみたいですが、後は全否定と言っても過言ではない感じですから。
酷いですね。
総裁の名前が無ければ彼は今のように有力者になっていたでしょうか?
わかりませんが。
  • kimura
  • 2012/07/30 2:27 PM
>うす!さん
…あの本は普通に共著だと思っていたのですが、これはびっくりw

あれ、極真武道会の十段の免状って、ご本人も一緒に写ってませんでしたっけ? 推薦者が皆居た様な…。
あの免状に推薦出すってどうなのかなぁ、って思いましたよw

>kimuraさん
柔道で強いのは知られていましたけど、所属組織の問題で、それを証明するチャンスはありませんでした。 ですから、別の分野で名を挙げなければ、埋もれていた可能性が高いです。

ただ、ビジネスの才覚はあったのか、ヨーロッパ連盟を辞めてから…もしくは辞める前からカジノやギャンブル系の商売で稼いでいたみたいですね。
大山総裁はこれについて「21世紀への道」でこう語っています。

…自らの才覚に走り過ぎたあまり、やがて極真と袂を分かつことになった。 伝え聞くところによると、また「極真のメンバーに戻りたい」と行っているようだが……。


  • Leo
  • 2012/07/31 9:04 PM
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