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大山倍達マニアック検定

【古記事】山崎照朝「大男をやっつけるにはキン玉潰しが一番だ」(1984年)

JUGEMテーマ:空手
 


 えー今回は、KKベストセラーズのエロ雑誌「ザ・ベスト」1984年創刊号から「俺のけんか殺法」シリーズの第1弾、山崎照朝先生の記事を紹介します。 題して「大男をやっつけるにはキン玉潰しが一番だ」です。

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 本シリーズの芦原英幸先生登場回を紹介した事はありましたよね。
 それでは、どうぞ。



大男をぶっとばす―― こんな痛快なことはない

 強くなりたかった。 とにかく、ケンカやっても絶対に負けないようになりたかった。 空手やったのだって、高校時代に番長連合の奴とケンカで決着つけなきゃいけなくなって、それではじめたんだ。
 だから、空手の修行してるときでも、もうケンカだった。 かならず自分より強くてデカイ奴と、毎日一度は組み手をやったよ。 それで、ガツンとやって、やられて、だんだん強くなるんだ。 それが大事だ。

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 だからしまいには、道場には日本人で俺とやる奴がいなくなって、大男で強いのを探して、アメリカ軍のキャンプに武者修行にいったものだ。 神奈川の座間米軍基地には、よくいった。 あそこには、とにかくデカイ奴がいたからね。 2メートルくらいの大男を相手に、組み手の稽古をした。 ともかく力は日本人の数倍はあるような兵隊相手だからね。 そいつらを稽古台にして、修行した。
 相手にバンバン蹴らせておいて、自分は防御だけを確実にできるようにしたなあ。 完全に防御できるってことは、これは攻撃にもまさるもんだ。 蹴ってくる相手の"急所"に確実に防御を当てる。 そうるると、蹴るほうが確実にダメージを受けるんだ。 一発や二発はムキになって蹴ってくるけど、その後はもう痛くって蹴りたがらなかったよ。
 それだけ完璧に防御をしてたってことだけど、それじゃあ俺のほうの稽古にならないからな。 相手には当時開発中だった竹製のプロテクターを足の回りに着させて、その下にはショックをやわらげるために雑巾を何枚もはさんで、蹴ってもらったよ。 それじゃなけりゃ、誰も稽古してくれないんだから……。
 こうして俺は、ケンカ空手と異名をとった極真空手のなかにとびこんでいった。
 俺は、昭和22年に山梨県勝沼に生まれ、今年36歳。 高校時代から大山倍達ひきいる極真空手を学び、メキメキ上達し、一時キックボクシングにも進出する。 20歳のときだ。
 当時、日本のキックボクシングの人気は絶大だった。 勝負はいつだってKOでカタがついた。 倒し、倒される、格闘技の原型が、そのキックボクシングにはあった。
 そして、常勝の王者、不滅の英雄、沢村忠がいた。 真空飛びヒザ蹴りの得意技で、引退まで1000勝したとびきりすごい男だった。
 この沢村が全盛時に破れたたった二人のタイのキックボクサーがいた。
 そのうちの一人をカンナム・パイソンといった。 俺はデビュー戦でこれと闘った。 ケンカ空手、実戦空手を名乗る、極真会館を代表してリングに上がったのだ。
 そして勝った。

1984山崎照朝7.jpg

 あるテレビ局がキックにも進出したかったんだ。 それで、もう他の局でスターになっている沢村を倒したタイ人キックボクサーを連れてきて、日本人と闘わせようとした。 極真にも、
 「おたくは実戦空手とか、ケンカ空手とかいってるけど、本場のタイ式ボクシングのチャンピオンに勝てるか?」
 って挑戦してきたんだ。 みんな若いし、血気盛んな奴ばっかりだったけど、結局、俺ともう一人が、
 「冗談じゃ無い。 そんなもん受けてやる。 勝負はやってみなけりゃわからん」
 っていって、リングに上がったんだ。
 結果? 前蹴り一発で沈めたよ。
 闘う前はあえていきりたったりはしない。 相手に優位にみせといて、実戦となったら一気にパワーを爆発させる。 これだよ。

相手がのんでかかれば 必勝のパターンだ

 ケンカっていうのは、闘う前に勝負が決まってるもんですよ。 俺なんて、体はとくべつ大きくない。 強そうな感じがしないかもしれない。 だから、極真空手の第一回の大会のときだって、他流派の連中が試合前に、控室で俺の顔をみて、体を見回して、
 「なんだ山崎照朝って、こいつか? たいしたことないじゃねえか」
 っていってたよ。 でも、試合になったら、そういう奴を一発で立てないようにしてあげましたけどね。

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 ケンカはね、相手がのんでかかってくれば簡単なんだよ。 ふつうでいうのと逆かもしれないけどね。 ふつうは、相手を"のめ"っていうけどね、でも、ケンカは相手がのんでかかってきたら、その相手の力をこっち側が利用すればいいんだ。
 それには黙っていることだな。 何もいわずに沈黙していることだ。 相手に自分の力とか、強さとかを知らせないことだ。 そうすれば、相手はのんでかかる。 こっちの本当の強さなんかわからないまんま突っ込んでくるよ。 そこを狙うんだ。
 空手っていうのは、基本的には、相手の力を利用することさ。 相手が力まかせにやってくれば、その力を利用するんだ。
 俺が外人相手に稽古したっていうのも、それだったな。
 思い切りやらせて、力まかせに蹴らせて、それで相手をやっつける。 それが、ケンカの極意だよ。
 相手のスキをつくのが空手だよ。 反撃が空手の極意だな。

大男とやるときの必殺技― キン的と顔面攻撃

 キン玉を狙うんだな。 キン玉だけを狙うってことをいつも頭においておくのが大事だよ。 だって、そこは誰も鍛えようのない弱点で、そこを狙うのが最善だな。 キン玉を前から蹴ったり、うしろにまわってキン玉を引んむしるようにつかむんだ。 うしろからまたぐらに手をまわしてつかんで上に引っぱり上げる。 そうすれば、相手は必ず前にブッ倒れるよ。

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 以前、稽古の最中にキン蹴りを受けた男が、袋が切れて中から玉が飛び出たのを目撃したよ。 玉って飛び出ても丈夫なもんなんだ。
 他には相手がかかってきたら、その勢いを利用してのどもとに刀峰で一撃をくらわす。 ジャイアント馬場の平手打ちみたいっていえばいいかな、手の親指と人差指の間で、のどもとを狙ってバシンとやる。 これで、普通の奴はブッ倒れるさ。

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 他には、そうだなあ、顔面攻撃が有効じゃないかな。 俺だったら指を折り手のひらで打つ熊手打ちとか、耳への平手打ち。 それに、目を狙う。 でも、両方の目を二本の指で狙いを定めてもダメだよ。 目を狙っているけど、顔面全体を打つのがいいな。 五本の指をダランとさせながら、突く瞬間に力を入れて、とにかく顔面で指を突く。 五本で突けば、かならず目玉にあたるんだ。 みんなは、目を狙ったら、目だけに集中するけど、それはダメだ。 絞りこんで当たるなんていうのは、達人だけしかできないさ。 絶対に急所をはずさないなんていうのは、素人にはできない。 だから、アタリをつけて狙うのがいいね。 目をつぶらしといてヒザでキン的、これで一発だよ。

1984山崎照朝4.jpg

 俺は、それを道場の組み手で稽古してきた。 ケンカのための空手だった。 そして、そのケンカ術を修得する間にこんなこともあった。
 顔面攻撃、つまり目玉を狙っての攻撃を道場でイギリス人の空手家相手にやったんだよ。 見事に入って、そのイギリス人は目玉が飛び出して、ブラ下がっちゃったんだ。 あわてて、おさえこんで治ったけどね。 目玉は効くよ。 訓練のしようがないんだから……。 そういう弱いところを狙うしかない。

自分でも驚いた 恐怖のパワー

 また、こんなこともあった。
 東京の下町でのことだ。 道幅が狭く、自動車がスレ違えない場所だった。 商店の真ん前に車を止めて、ヤクザが他人の車に因縁をつけている。 つけられている側には一点の非もない。 買物途中の町の人たちも、ヤクザの横暴にあきれているだけだった。 俺がみかねて話の中に入ったら、ヤクザがいきなり殴りかかってきた。 俺はフーッとかわして、右拳で顔面を思わず突こうとした
 「ムムッ、これは死ぬ」
 とっさに、俺の脳裏に武道家としての意識が働いた。 このまま殴ったら、この男は死んでしまう。
 ハッとして、右を出すのをやめたんだ。 右の正拳で思いきりあてたら死んでしまうと思ったからね。 でも、訓練した体って怖いもんだよ。 右で力一杯突くのを思いとどまったと同時に、その手を引きながら、左でとっさに掌底攻撃をしかけていた。 手のひらで顔面を軽く突いてたんだ。
 相手のヤクザは、道の反対側までブッ飛んでった。 軽く突いたつもりだったんだけど、スピードがあってタイミングが決まるっていうのは、そのくらいパワーがあるってことだね。
 ヤクザは3〜4メートルは飛んだ。 左の手のひらで、「軽く」突くだけの掌底攻撃だった。 これが、極真空手のパワーだ。

"速さ"と"破壊力"をつける鉄ゲタトレーニング

 極真空手の良いところは、他の武道と決定的に違うところだけど、破壊すべき相手に対して、真正面からまっすぐに破壊することだ。 他の武道だったら、右から攻めたり、左からやったり、まわり道をしていろいろ攻撃をする。
 でも、大山空手は、目の前の敵、邪魔なものは、とにかく一発で駆逐しようって考えなんだ。 小細工をろうするなんてことは考えないんだ。 一直線に敵を駆逐する。
 こういうケンカ空手を俺はいろいろなトレーニングを通じてマスターしていった。
 鉄ゲタをはいて蹴りの練習をやったな。 俺は人前でカッコよく稽古したくなかったから夜自分のアパートで一人で練習した。 電灯のスイッチのヒモが垂れているのを、鉄ゲタをはいたまま蹴る。 最初は重くて2〜3回蹴るのがやっとだったのが、だんだん多く、そして高く蹴れるようになったね。 それから、蹴りのスピードを速くしていった。 蹴るのと、引くのを速くやるんだ。 ヒモを蹴ると、スピードが遅ければヒモが足にからみついてくる。 でも、だんだん速く蹴れば、ヒモも巻きついてこない。 巻きつく前に、蹴った足を引いちゃうからだ。
 毎晩、毎晩、その鉄ゲタキックをやったな。 だから、俺のキックは高さや速さやパワーは凄かった。 蹴りが頭に決まると、相手はスッ飛ぶんじゃなくて、その場で体が浮き上がってからバタンって倒れたもんだよ。 引くスピードが速いと、衝撃力も増すからね。
 ケンカっていうのも、練習できるよ。 いつもいつもケンカのことを考えていれば、とっさのときにも役に立つ。 何をどう仕掛ければいいか、迷わないようになる。 空手の稽古だって、結局のところケンカの仕方を学んでいるんだ。 練習で絶対に相手を負かすケンカをやって、そして試合ではフェアに闘うっていうのがいい。

すべてが武器だ 頭を狙うか、足を払うか

 空手っていうのは、頭のてっぺんから足の先まで、全部を武器にするための訓練だっていってもいいと思う。 得意技が4〜5つあれば絶対に負けないけど、接近したら頭突きをくらわせて、離れていたら足を飛ばす。 ふつう、この一発で相手はぶっ倒れる。 両手、両足、ヒジ、ヒザ、拳……と、なんでも武器なんだから、それを自由に使えるようにするのが空手だね。

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 そして、身のまわりのものを自分の武器にすることも大事だよ。 ベルトをはずしてチェーンのように使ったり、コートや上着を脱いで、それを相手の頭にかぶせて殴る。 ナイフを持っている奴には、コートを刺させておいて、引き抜く前にやっつけるなんてこともできる。 喫茶店やバーの椅子だって、それを持ち上げて殴りかかるだけなくて、向かってくる相手の進路を防ぐように、椅子を倒せばいい。 それで、相手は近寄れなくなる。
 大事なことは、自分自身の射程距離を保つことなんだ。 相手がどんなに武器を持っていても、射程距離さえはずせば、なにも怖いことはない。 いつも自分の距離を保っていればいいんだよ。
 自分がなにか武器を持つんだったら、ひとつの道具で大きくも小さくも使うことが大事。 上着でも、相手にかぶせる。 振りまわす、近寄ったら首に巻きつけて引き倒す……って、いろいろに使える。 棒術でもそうだけど、大きくまわしたり、小さく突いたりして、大小のコンビネーションで使うようにすると、一つの武器、道具が変幻自在に使えることになるから、強力だね。

いつか"そのとき"がある こんな奴には注意しろ

 ともかく、ケンカになったら、相手をまず見抜くことからはじめるべきだ。 強いか弱いかは、その目をめればわかる。 気魄が感じられたら、強い奴だ。
 自分より強い奴を相手にするときは、もう開き直るしかない。
 「歯の2〜3本、追って帰ろうか」
 なんて考えれば、気持ちも落ち着いてくる。 気持ちを落ち着かせると、相手の動きもよくみえるし、自分の動きにも余裕がでてくるもんだ。
 あと、首筋の通っている奴も、なにかスポーツをやっている証拠だし、均整のとれた体をしている奴は運動神経が鋭い。 それに、ももの太い奴はパワーがあるから、そういうのとは組み技にはいかないってことも、ケンカに勝つためのノウハウだ。
 それに、よく酔っぱらいとムキになってケンカしているのをみるけど、あれは気をつけたほうがいい。 酒のせいで、殴っても効かないようで後になって死ぬなんてこともある。
 新聞なんかによくでてるけど、駅のホームでちょっと押したら線路に落ちて、電車が入ってひかれたなんてことがある。
 相手が悪いことも多いけど、あまり酔っぱらいには近づかないほうがいい。 やられる心配はないんだから、かかわり合わないほうが無難だと思う。
 つまり、ケンカっていうのは、自分自身の大義名分のためにやるんだ。 自分の信念を曲げないために闘うんだ。 法律とか、常識とかからはずれてしまうこともあるかもしれないけど、男ってやらなけりゃならないときはある。 そのときに、はじめてケンカをする。
 だから、必ず勝つ必要があるんだ。 勝つためにやるんだよ。 自分の信じるもののために体を張るわけだ。 常識や法律や他人が、自分の信じるものをいつも守ってくれるわけじゃあない。 そういうときに、はじめて闘うんだ。 ケンカって、そういうもんだろ?
 もう、俺はケンカをしないかもしれない。 でも、どんなヤツとやっても絶対に勝てる自信があるから、俺はいつでも正々堂々としていられる。 仕事でも、私生活でも、うしろめたいことは何もしていないから、いざケンカになっても負けることなんかないんだ。



 という事で、1984年の山崎照朝先生の記事でした。 キックボクシングの所は、色々事実誤認がありますが… 何か編集側の問題な気もしますね。 本記事を遡る事4年前に出版された山崎先生の自伝ではちゃんと書いてますしねぇ。 この手の記事は時折、本人の発言では無いものが載ったりするんでw
 ちなみに山崎先生がキックデビュー戦で闘った相手はピサタン・ラートカモルで、2ラウンド45秒、KO勝ちです。

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デビュー戦のレコード

 カンナンパイ・ソントーンと闘ったのは2戦目ですね。 この時は1ラウンド1分33秒KO勝ちで、再戦では判定負けとなっています。
 もう1人、というのは添野義二先生の事でしょう。
 それから、沢村忠先生の1000勝、これも編集側が入れた可能性がありますw 一応公式には241戦232勝5敗4分です。
で、金玉が破れた〜と言うのは、ひょっとしたら芦原英幸先生の事かな、イギリス人空手家はちょっと分かりませんが、山崎先生の時期なら、ブライアン・フィトキン先生かも知れません。
 最後に、ヤクザをぶっ飛ばした話ですが、自伝には続きがあり、その後加害者として警察に訴えられて、慰謝料を取られたそうで、高くついた喧嘩だったとの事。

 それでは、また。


参考文献:
日刊スポーツ 4/16、4/26、6/25 1969年
月刊ゴング 1970年7月号増刊 キックボクシング特集号 日本スポーツ出版 1970年
月刊ザ・ベストマガジン 1984年6月号 KKベストセラーズ 1984年
空手に賭けた青春 無心の心 山崎照朝著 スポーツライフ社 1980年
山崎照朝の実戦空手 山崎照朝著 池田書店 1984年
"キックの鬼"沢村忠伝説 真空飛び膝蹴りの真実 加部究著 文春ネスコ 2001年










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コメント
山崎照朝先生

「金的攻撃」で思い出しましたが、山崎先生の後輩で鈴木浩平先輩(両師共に元マス・大山空手スクール指導員)がおられて、組手の時鈴木先輩が苦しまぎれに「金的」を掴んで応戦したとどこかで書かれていました。本当に総本部の昔の組手はなんでもありだったんですね。ご本人の山崎先生のお話では、「その後の俺の反撃が凄まじかったんで、途中までしか書いてないんだよ」と昨年仰っていました。

もっとも、私の入門の頃は組手時間に1人は金的を誤撃されて蹲る人もいましたね。今の様に金的カップなど皆無の時代で、水泳に使用するサポーターを何枚も重ねてはいている人もいたりしました。大石代悟先輩に至っては切れて縫った経験もあるそうで。まあ、男性にとっては大事な部位でもありますから。
>名誉五段さん

山崎先生がどの程度の反撃をしたのか、少々気になりますw
添野先生も昇段審査で渡米前の茂先生に金的を2度蹴られたそうですからねぇ。
個人的な経験からすると、金的は基本通りの蹴り方よりも、足刀部分で廻し蹴り風に跳ね上げる方が命中率が高い様に思います。 威力はありませんが。
  • Leo
  • 2012/07/31 8:52 PM
某Y原氏と山崎先生との都市伝説(山崎先生が金蹴りでやられた)真相はどうなんでしょう?私個人的には金蹴りの有効性を常々発言している山崎先生が、逆にやられるというのは、どうにも信じられません。二人は一時期同じ職場だったという事ですが…
  • 縦蹴り
  • 2012/08/02 1:26 PM
>縦蹴りさん
まぁ、ただの都市伝説でしょうw
そうじゃない、と断言される方は実証してみて下さいとしか言えませんねぇ。
山崎先生もこう仰っていますしね。

でも、どんなヤツとやっても絶対に勝てる自信があるから、俺はいつでも正々堂々としていられる。 仕事でも、私生活でも、うしろめたいことは何もしていないから、いざケンカになっても負けることなんかないんだ。
  • Leo
  • 2012/08/04 9:07 AM
そうですか。私も山崎先生の性格からして、そんな事が有ったら表(メディア等)には出てこないだろうなとは思ってました。元々「空手を飯の種にはしない」と公言されてる方ですからね。そういえばY原氏は伝統派の人間でありながら、カラテマガジンで取り上げられた事が有るそうですが、梶原兄弟と何か接点でも有ったのでしょうか?
  • 縦蹴り
  • 2012/08/04 12:10 PM
>縦蹴りさん
別に後ろめたい話でも無いので、イニシャルにする必要は無いかと思いますw

真樹先生によれば、東映で矢原先生主演の空手映画を作るので、その原作依頼が真樹先生に来たという事らしいですよ。
丁度その頃にニューカレドニアに梶原兄弟が旅行で行く、と矢原先生に話したのかどうかは知りませんが、ニューカレドニア支部を任され、年に数度、指導で行かれてる矢原先生を案内役として同行して貰ったそうです。
で、その時の様子が「現代カラテマガジン」の80年9月号に載ったと。
意外にウマが合ったのかも知れませんね。

まぁ、時期的に考えると、真樹先生にも意趣返しとか、牽制とか、何かしら思惑が極真に対してあったのかも知れませんけどね。
  • Leo
  • 2012/08/04 2:22 PM
なるほど、そういうビジネスでの絡みが有った訳ですね。詳しく有難うございました。そして時期が80年…極真が大揺れに揺れて、梶原兄弟と距離を置き始めた年ですね。
  • 縦蹴り
  • 2012/08/04 11:19 PM
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