calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

「空手バカ一代」の元ネタ 5(KCコミック第4巻より)

JUGEMテーマ:空手
 


 今回は12月にアニメ「空手バカ一代」のBlu-rayが出るって事で、前祝いとして久々に「空手バカ一代」の元ネタをやろうかなと。
 新極真会の大会を見ながらなんで、ちょっと遅々として進まない気がしますが…w
 でも、アメリカ編は梶原一騎先生の創作が多いので、結構短い筈。 国内の話は元ネタが多いんですけどね。
 って事でKCコミック版の第4巻から元ネタを探る旅に出てみましょう。

KC空手バカ一代4.jpg

 あ、登場人物としての大山倍達総裁を書く時は、「倍達」と表記しますので、現実と混同されない様にw 呼び捨ての人は皆登場人物です。
 前回までのはコチラからどうぞ。



 冒頭は1952年の元旦、雄一と共に年頭の誓いを立てようとする所から始まります。 トッド若松から知らされた世界の広さが頭をちらつく中、倍達は改めて空手を捨てきれるかを自問自答する。 しかし雄一はそんな倍達の葛藤を見抜き、空手の道に戻る様に懇願、仁科親子の好意を受け、世界一の空手家になる事を誓うのだった…。

KC空手バカ一代4_1.jpg

 …そう言えば今まで原作とは比べてなかったなぁと思い、「実録小説 空手バカ一代」の方をチェックしてみたんですが、アレですね、倍達に空手復帰させるまでのプロセスが若干違います。 ページ数の関係でカットした様な感じですが。

***

 トッド若松の元を訪れた倍達は、アメリカ遠征に同行するもう1人の人物と出会う。 男は遠藤幸吉、後に力道山のパートナーとして日本プロレス草創期を支える人物である。 遠藤は柔道六段の強豪で、アマチュアに飽き足らずプロ柔道を旗揚げしたという。 しかしそのプロ柔道も潰れてしまい、日本で食い詰めた為この話に乗ったのだった。

KC空手バカ一代4_2.jpg

 2月、羽田からプロペラ機に乗ってアメリカへ旅立つ一行。 スケジュールはロサンゼルスから全米各地を半年間、エキジビション・マッチをやって巡業する予定だと言う。 他流試合を前提としたこの旅は、命の保証が出来ない。 遠藤と若松が話し合う中、倍達は乗り物酔いをする。 遠藤は一度プロ柔道の遠征でハワイにまで来ているが、倍達にとっては初の体験。 実は倍達はあらゆる乗り物に弱かったのだ。
 長旅を終え、ロスに到着した一行に、若松が当日から試合に出場せよと告げる。 乗り物酔いの半病人の倍達にもその命は下され、契約社会アメリカの現実と、若松の非情さを早々に思い知らされたのであった。

 えぇと…。 取りあえず遠藤からツッコもうかなw 遠藤幸吉氏本人にツッコむ予定は無かったんですけど、ここで「柔道六段」ってあるんですよね。 遠藤氏が講道館柔道から国際柔道協会(所謂プロ柔道)に移った時は実は講道館三段です。 なのでアレ? 梶原先生の創作かなと思ったら当時の記事でも六段となってましたw

遠藤六段jpg.jpg

 プロ柔道でも段位を出したとかって噂も無い訳じゃないですけど、1950年4月旗揚げから8月頃の解散まで実質活動期間4ヵ月ほどな訳で。 4ヵ月で三段も増えたか。 …遠藤さん、ひょっとして盛ってません?
 まぁ、いいや。 ついでに書くと、ハワイ巡業に行ったとありましたが、行ってませんね。 脱退した木村政彦、山口利夫、坂部保幸の3名が全日本プロ柔道家協会という団体を旗揚げしてハワイに行ったんですが、遠藤氏はこのメンバーに入っていないのです。 でもこの辺りは梶原先生の創作でしょう…ですよね?
 後少しツッコむとしたら、この時点で解散した筈のプロ柔道が後々また復活するという時系列入れ替えの梶原トリックが炸裂する所かなw ここは木村政彦登場巻で説明する事になるでしょう。
 そして、1952年2月渡米とありますが、実際には3月29日ですね。 ただ、遠藤氏は天候不良で1日遅れたと語っているので、30日かも知れません。 正直、こっちの方が計算に合います。 前からハワイで1日泊まらない限りは計算合わないなぁってのが個人的な懸案事項だったので。
 倍達の乗り物酔いの件ですが、実はこれ以降も車に乗ったり飛行機に乗ったりという描写は多々ありますが、乗り物酔いをしている倍達の姿はこの時を除いて一度も描かれた事はありませんw

KC空手バカ一代4_3.jpg

 で、モデルとなった大山総裁はどうかと言いますと…別に乗り物に弱くなかったと思いますね。 弱かったと言う話を聞いた事無いですし。 偶に自分で車を運転してると酔わないけど、人の運転だと酔うという人もいるにはいます。 でも、本当に弱かったら晩年の様に内弟子に運転手させる事は無いと思います。 ご自身も免許持ってますし。 あんま運転は上手くなかったみたいですけどw
 では、何でこの話? と言いますと、実際、この初渡米では体調を崩されたそうで、1953年の「週刊サンケイ」にはこうあります。

 (シカゴのホテルに着いて)ようやく人ごこちがついたとたん、胸をつきあげるような吐気をもよおした。 何せここ数日間、バターやチーズやパンといつた、なれない食べもののせいと、乗りなれない飛行機で、身体がすつかり変調になつたものらしい。 そこへロサンゼルスの協会から派遣されたマネージャーが、二世の通訳と共にやつてきた。 今晩の八時からレスリングホールで行われるプロレスリングし合いのエキジビションに出ろという命令だ。 身体の不調を訴えてコンディションを取戻すまでに二三日の猶予を乞うととんでもないとばかりに色をなして、
 「お前の身体には高い金を払つてあるのだ試合に出ぬというならこんな高い部屋代を払つてホテルに置いておくわけにゆかぬ、即刻日本に帰れ」
 と、すごいけんまくだ。

 
LA.jpg
ロス到着当時

 取りあえず、米本土はまずロスに降り立ったのは事実ですが、そのまま国内便に乗り換えて4/3〜4/4頃にシカゴまで行ったと思われます。 前述の「週刊サンケイ」によればシカゴ到着は3日の朝だそうです。 後に本編に登場しますが、トッド若松という架空のキャラでは無く、実際に大山、遠藤コンビをアメリカに呼んだグレート東郷は当時イリノイ州辺りを回っており、3日はイリノイのモリーンでルー・テーズと対戦、翌4日にはシカゴでグレート・バルボーと対戦しています。 いきなり着いた当日に会場に連れて行かれたとありますが…5日も東郷はシカゴでザック・マルコフと対戦してるので、この3日間のどれかに同行した可能性は十分あるでしょう。 そして4/5は土曜日。 当時、毎週土曜日のシカゴ・マリゴールド・アリーナはTVマッチでして、遅くともここまでには初演武を行っているんじゃないかなーと私は推測してます。

***

 会場に着いた倍達と遠藤はレスラーの控室に行った。 ドアを開けると物凄い体格をしたレスラーが何人も控えており、2人は衝撃を受ける。 レスラーという人種を見たのはこれが初めてだったのだ。

KC空手バカ一代4_4.jpg

 前座で遠藤がレスラーとの対決、倍達が試し割りをする事になりリングに上がる2人。 レスラーの体格に圧倒され、場内に鳴り響くブーイングに圧倒されるも、まずは倍達の試し割り。 煉瓦を割って場内に感嘆の声が漏れた頃、レスラーが乱入して倍達の試し割りをインチキだと断言し、試し割りにチャレンジする。 レスラーが失敗した煉瓦を倍達が割ってみせるが納得せず、その言動に怒った遠藤がレスラーと試合を始めてしまう。 遠藤は1人を一本背負いで投げたものの、3対1の多勢に無勢、遠藤は反則も辞さないレスラーたちに袋叩きに遭ってしまう。 体調不良の倍達は1名を残してリングに降りろと告げ、ロス地区で活躍する大悪役レスラー"赤毛の屠殺人"こと、ホイッパー・ペックを相手に対戦する。 ギリギリで攻撃を避け、タイミングを見計らった倍達は三本貫手でペックの目を強襲、続いて金的蹴りで相手を崩し最後に右の中段突きでアバラを7本へし折ってKO。 しかし倒れながらもペックは倍達の首を取りに行き、そしてそのまま失神した。 倍達は勝ったものの、そのタフさに戦慄した。
 仲間のレスラーが倍達をリンチに掛ける前にリングを飛び降り脱出しようとするが、既に会場がヒートアップして暴動寸前となっていた。 逃げる手段を断たれた倍達たちはロス切っての人気レスラー、サンダー・ジュリアンと対戦する事を余儀無くされる。  咄嗟に倍達はリング下から三角飛び蹴りを繰り出しリング上のジュリアンに蹴り込む。 この蹴りは"三年殺し"の急所にヒットし、その事実を知ったジュリアンは恐怖に脅える。 会場から無事に逃がせば、無効化するマッサージをしてやると交渉を持ちかけ、無事に会場から抜け出す事に成功する倍達一行だったが、銃の携帯が許可されたアメリカでは笑い事では無いと若松が告げるや、倍達と遠藤は戦慄したのであった。

 最初の演武ですが、演目はともかく、当時の手記ではこんな感じですね。 晩年も大体同じ様な話をされています。

 さて僕の番が来た。 フラつく足を踏みしめてリングに上つた。 写真班のフラッシュとニュースカメラマンの放射するライトの放射でトタンに眼がくらむ。 まずアナウンサーの紹介で空手の型をみせた。
(中略)
 次の煉瓦割りにかゝると喧騒も止んだ。 かわいたタオルで掌の汗と膏をすつかりぬぐつた。 丹田に力をこめて精神統一をはかつたが、何せ絶食状態の身体では力がはいらぬ。 悪い予感が背筋を走る。 こゝで失敗したら全米行脚もフイになるだろう。
 「ええ、当つて砕けろ」

KC空手バカ一代4_5.jpg

 と、煉瓦に立ち向つた。 日本の赤煉瓦なら割りなれているので、少しくらい調子が悪くともやり損じなどしない自信があるのだが、初見参のメイド・イン・U・S・Aの煉瓦ではその点いささか不安でもある。
 「エイッ、ヤア」
 と、気合と共に手刀で打ちおろした。 が、割れぬ。 更にもう一度、こんども割れぬ。 三度目は手刀とみせかけて拳を使つた。 こんどはようやく割れた。 身体中気味の悪い位油汗でねつとりしている。 これで自信を取りもどし、次の六吋の板割も、石塊も難なく割れた。 観衆は総立ちだつた。 特にうけたのは石塊を割つた時だ。 気合をこめて手刀でなぐると、破片が「シャー」と観客にとぶ。 これが彼等にはうれしいらしい。


 挑戦者を募った試し割りチャレンジも実際に行っていた様で、53年の"Pacific Stars and Stripes"にはこの様な描写があります。

  One doublting policeman in Michigan accepted the challenge.  He hacked away at a 2-inch board for several minutes before giving up.  He left the stage with blood and gore dripping from his smashed hand with which he tried so hard to split the board.

 このミシガン州の警官が挑んだのは約5cmの厚さの板みたいですが、何度も叩いて失敗し、出血までした模様。 で、"赤毛の屠殺人"ホイッパー・ペックですか…名前だけ聞いてピンと来るのは、1947年に"ワイルド"ビル・ロンソンを破ってNWA世界王者になった"ホイッパー"ビリー・ワトソンかなぁ。

ホイッパービリーワトソン.jpg
"ホイッパー"ビリー・ワトソン

 アメリカ編は殆どが創作なので、このレスラーも創作になりますw 大山総裁自身は初日から試合をした様な事は、一度も語っていません。
 ちなみに対戦中の情景は大山総裁が語っていた定石ですね。 眼を狙って隙の出来た金的を蹴込んで完全に崩れた所で中段突き。 上下中と打ち分ける見事なコンビネーションです。

KC空手バカ一代4_6.jpg

 で、失神する直前に首を取りに来るシーン…これはジョージ・ベッカーとの対戦の一幕かな。 こんな描写があります。

 …彼(ジョージ・ベッカー)がこちらへ向つた瞬間の身体の崩れを狙つて右膝で彼の睾丸をけりあげた。 その一瞬彼の右腕が僕の首に捲きついた。

 サンダー・ジュリアンですが、サンダーと付けば、多分サンダー・ザボー辺りから思い付いたんでしょうか。 そして「空手バカ一代」では必殺技の一つとなる三角飛び。 一部では大山総裁が作ったとかでっち上げたとか言う人もいますが、実は昔からありますw

KC空手バカ一代4_7.jpg

 本部朝基先生が「私の唐手術」(1932年)でこう書き記してますね。 

 唐手佐久川は、琉球の過去における、所謂武道の一画線とも称さるべき人で、彼の後に彼なく、後世の世に称せらるゝ人で、力量その他の点に於て、彼の右に出る程の人はなかった。 而も彼は人も知る如く、三角飛びの名人で、人と立ち合う時など、目にモノ見せぬ程の早技で、三角の壁を些のゆるみもなく蹴上げて平然たりとは、実に恐るべきである。

 何と唐手佐久川こと、佐久川寛賀(さくがわかんが)由来の必殺技でした。 古典的な必殺技だったんですねぇ。 三年殺しは…まぁ、証明するのは不可能ですし、現在その技が受け継がれているとしても事実かどうかの検証も出来ないでしょうw なので本編中で倍達が語っている通り、生理学的には不可能では無いだろうが…って事です。
 医療技術が発展していなかった昔なら可能かも知れない、というのが大方の見方なんじゃないですかね。 ちょっと掲載媒体を忘れちゃったんですが、戦前の台湾だったかな、南方の方は肝臓が何かの理由で肥大していて、そこを打突すると暫くして腎臓に機能障害を引き起こして、死に至らしめるらしい…みたいな研究があったかと思います。 これだって現在なら対応可能ですもんね。

***

 サンフランシスコへと移動した倍達の次の相手は"人間起重機"ことキッド・モーガンである。 今回は暴動も考慮して黒人レスラーを起用した。 片手で80kgの倍達を持ち上げるモーガンは、倍達を担ぎ飛行機投げでリング下に投げ飛ばした。 投げられる刹那、倍達の蹴りが急所の蹴り込んでおり、モーガンをKOしていたのだった。
 しかし、倍達の敵はレスラーばかりでは無かった。 リング下で立ち上がった倍達を戦争で息子を失ったという老女が傘で背後から刺したのだ。 刺された倍達が力任せに傘を引き抜くと老女が転倒する。 それを見た観客がエスカレートし暴動が発生。 そこで警官が止めに入り何とか事無きを得たかに見えた。
 しかしホテルに帰って外を見ると武装した群衆が倍達をリンチに掛けんと押し掛けて来るのが見えた。 覚悟を決めた倍達と共に闘おうと声を掛ける遠藤。 遠藤のこの一言に心の友を得た倍達は他の2人には手を出すなと暴徒に身を晒す。
 無抵抗で暴行を受ける倍達を救ったのはFBIだった。

 キッド・モーガンは何でしょうね?w テキトーに付けている可能性もあるので全てに元ネタがあるとは思いませんが、大体は50〜60年代のレスラーの名前が原型になってるっぽいんですよね。 なので、多分元ネタがあるんじゃないかな。 言われたら納得しそうなのがw
 ま、でも戦闘シーン自体は「虹をよぶ拳」の焼き直しです。

KC空手バカ一代4_8.jpg
ほぼ同じ展開

 鬼門兵介が新聞社のインタビュー中に黒人レスラーアーサー・ゴルゴに絡まれKOするんですが、この時も抱え上げられ、投げられる直前に顔面に蹴りを入れてゴルゴを伸ばしてますw この焼き直し系は結構ありまして、またその内紹介するかと思います。
 んでもって…傘で後ろから刺した老女。 これも前述したジョージ・ベッカーとの試合にあります。 以下当時の手記から。

 (ジョージ・ベッカー)は倒れた、と同時に、僕もまた背後から鉄棒ようのもので、背面をイヤというほどぶちのめされた。 思わず右腕でこれを横に払つた瞬間、「ギャア」という女の叫び声が聞え、ふりむいた僕の眼に、鉄のふちのついた折りたゝみ椅子をもつたまゝ吹ッとんだ女の姿があつた。 つまりジョージ・ベッカーが倒れると、興奮した件の女性ファンが椅子で僕を殴りつけ、それと知らず払つた右腕の一撃が、モロに彼女の横ッ面に入つたという次第だ。
 アメリカで女を殴つたらことは無事では済まぬ、観衆は総立ちとなつた。 急いでリングにかけ上つた僕の頭上に、例によつてコカコラの瓶が降りそそぐ。 折りたたみ椅子が飛んで来る。 僕の頭からも、この時の介添役の「グレート・東郷」の頭からも鮮血がほとぼしる。 そして
 「東条を殺せ」 「東条を殺せ!」
 との大合唱となつた。 恐しいのは"群衆の怒り"だ。


 刺したんじゃなく、パイプ椅子でブン殴られたんですね。 で、知らず払ったら観客のねーちゃんの顔面に入ったとw 介添役ってのは多分セコンドの事でしょうね。
 しかしこの時刺突シーン…。 まるで「うしろの百太郎」辺りでポルターガイストに襲われた様な描写ですよね。 無論こっちの方が古いんですが、実はコレ、梶原先生のオーダー通りだったりしますw 原作にはこうあるので…あの演出描写は実は梶原先生が源流だったり…はしないかw

KC空手バカ一代4_9.jpg
怪奇シーン?

 グサッ!! 異様な音!
「グ……ウッ!?」
 今度は倍達が白目をむいた……
 のけぞり、わき腹のうしろあたりをおさえた五指のすきまから、ほとばしり、ふくれあがる、おびただしい鮮血!


 暴動に関してですが、現在私が調べた範囲で新聞に載っている暴動は、52年5/21、フロリダ州はセント・ピーターズバーグのグレート東郷VSレッド・バゴーネ戦ですね。 新聞には暴動寸前まで行って、警察が控室まで連れてったとの記載があります。 個人的な経験ですが、マサチューセッツ州では酒を出すイベントには収容予定人数に応じて警官を配置しないとダメでした。 100人だと4人くらいだったかなぁ、州法で決まってるみたいでしたね。
 ちなみに、遠藤幸吉氏は「力道山・遠藤幸吉―プロレスの王者」で、カナダに行った際に暴動に遭ったとありましたね。 引用しようかと思ったら丁度その資料が入ったファイルを貸し出してました…orz。
 でも今回の暴動に関してはもちろん元ネタは大山総裁で、手記にはこうあります。

KC空手バカ一代4_10.jpg

 …リングサイドはこん棒やピストルまで擬してモッブ化した観客が、憎悪の眼をひからせながら迫つてくる。 その時場内警備の警官が十人ばかりリングにかけあがると共に立往生している僕と介添の遠藤六段を中に人垣を築いて護つてくれた。
(中略)
 …そのうちにホテルの軒さきが騒がしくなつてきた。 窓越しにながめると、さつきの群衆らしいのがホテルの玄関にて喊声をあげている。 その手には猟銃らしいものまで用意して、口々に
 「東条を殺せ」 「東条を殺せ!」
 と叫んでいるのがキレギレに耳に入る


 ここで暴徒では無く警官が入って来て裏口に自動車があるから脱出しろと言われ、九死に一生を得る訳ですね。 これが「世界ケンカ旅行」になるともう少し細かくなっており、「空手バカ一代」では倍達が過去にヤクザの仁科を死に追いやった経験から抵抗する事無く暴行を受けるのですが、こっちでは大山総裁が空手で何人道連れに出来るかを考えており、真逆な展開となってますw
 ここにやって来たFBI捜査官は黒いシボレーを用意しており、役目を買って出たとありますね。 当時の手記ではただの警官なんですが。 まぁ、ロードリ・ジェフリーズ=ジョーンズ著「FBIの歴史」によれば人種差別に関連した暴動もFBIの案件だった様なので、只の暴動では無く、「人種差別」に該当すると地元のFBI捜査官が判断すれば出張った可能性は十分にあります。 場所と日付が分かるまでは詳細は判断出来ませんけど。

***

 FBI捜査官ドナルド・バークに助けられた倍達は、空手を指導してくれないかと依頼される。 その場で受託した倍達はFBIサンフランシスコ支部に案内され、FBIのハードで合理的なトレーニングを見て廻る。 中でも格技場で見たFBI独自の逮捕術には目を奪われた。 そこに格闘術のベテラン、スナイダーが現れ倍達、いや日本人に敵意を見せる。 ここでコイン曲げに初挑戦する倍達。 スナイダーは返礼として瓶を腕に挟み込み割り潰す。 遂に実際に闘わなければ勝敗は決まらない―と判断したスナイダーは倍達に挑戦を挑むが、ここで倍達は小指1本で相手にしようと申し出、見事小指の一撃でスナイダーを仕留めたのだった。 驚愕するFBI捜査官たち、そして「ゴッド・ハンドだ!」と賛辞を贈る。 倍達の代名詞、"ゴッド・ハンド"はFBI捜査官が倍達を讃えた言葉だったのだ。
 そしてFBIが倍達の指導を仰ごうとヘリでモーテルまで乗り付けた時、ヘリの中にはドナルドの他、スナイダーまでいた。 空手の偉力をその身で味わったスナイダーは、倍達の良い弟子になる事を誓い、アメリカ人の実証主義に感心する。 FBIは倍達と共に遠藤も招聘し、指導を仰ぐが素行に問題のある若松は取り残された。 若松はFBIに金蔓を取られたと憤慨し、FBIの前で倍達を敗北させ、手に取り戻そうと一流の悪役レスラー「ザ・エクスキューショナー」との試合を組む。
 一方倍達を救出したドナルドは空手の魅力に取り付かれ、後年、負傷してFBIを引退した際、極真会館バージニア支部長として活躍する事になるのだった。
 
 さて、大山総裁が実際にFBIに招聘されたのは58年の話だと言われてますね。 風間健先生がそんな記録は無かった、日本人で最初に指導したのは多分アメリカでは護身具クボタンの開発者として知られる空手家タク・クボタ(国際空手道剛速流宗家 窪田孝行)だったと言ってますが、これは自分で調べないと何とも言えませんねぇ。 だって、風間先生が何をどうやって調べたのかも分かりませんもんw アメリカ市民なら確かFBIに照会出来るし、向こうの国立図書館にあるかも知れませんが、社会保障番号を持ってるだけで現在日本在住の私が調べる手段が無くて、ちょっと悩みどころです。
昔からこういった施設のあるのはバージニア州クワンティコのFBIアカデミーなんですが、52年当時で捜査官の数が6451名ですから、各支局に多少は施設もあったのかな。
 さておき、アカデミーは映画「羊たちの沈黙」でも出て来てますし、この映画以降は有名ですよね。 年表などにはワシントンD.C.とありますが、D.C.はすぐ隣みたいなもんで、1時間位です。 どっからどこまでD.C.なんて標識ちゃんと見てないと認識しないでしょうし、年表上では1ヵ月間の講師という事なので、特別講師でしょう。 継続的な講師じゃないなら正式なのとはまた違うかも知れません。 後、古い資料だとニューヨークの支局でも指導したとありますので、それぞれ1〜2週間ほどの指導だったのかも知れませんね。
 個人的には余り知られてなかったFBIアカデミーの場所に近い場所を掲げてる大山総裁に軍配を上げたい所ですw 皆捜査官志願者はこのクワンティコで研修を受けて試験に合格してから各地に配属されるので、ベテラン捜査官が指導をする事はあっても、現役捜査官がここで学ぶ事は無いでしょう。
 ちなみに大山道場時代に入門された古参の矢島力先生はFBIに指導して帰国された大山総裁からこう聞いたと言います。

…当時大山先生は、年に2度ほどの海外出張をなさっていたが、アメリカでFBIの稽古をつけられ帰国された"土産話"が今でも忘れられない。 「FBIの隊員達は一度数えたらすべてをマスターしたものだが、君たちは何度教えても、呑み込みが悪いね……」
 海外遠征を終え帰朝された直後の先生の目は、より一層厳しく光っていた。


 硬貨曲げは実際には3本指で行う、ってのは以前説明したので省きますが、瓶を腕に挟んで割り潰すってのは「世界ケンカ旅行」によればミスター・ヴァージニアがラスベガスで披露した演武ですね。

KC空手バカ一代4_12.jpg

 梶原先生もこの試割りを気に入っていたのか、「ジャイアント台風」にも出てますし、「タイガーマスク」ではザ・ライオンマンが、「キック魂」ではソンチャイ・ボーコーソーがこれをやってましたw …そう言えば「ジャイアント台風」でジャイアント馬場の海外遠征スタートもロスのオリンピック・オーデトリアムだったなぁ…。
 で、スナイダーとの対戦ですね。 初出は何だろ…1963年の「週刊実話読物」かな? ほぼ同じ内容が以前紹介した「武道日本(中)」にありますので、書き起こし済みですし、そっちを引用しましょうかw

 大山 (中略) ”例えば、早い話が、この小指一本であなたたちを倒せるのだ”
 そういうと彼らは、今度はむっとした表情で冷笑するのです。
 ”そんなことは、あり得るはずがない”
 頑強に否定するのです。 こうなればそれを実証して見せるよりほかはない立場に私は追いこまれました。(笑声)

 森川 大変なことになりましたね (笑声)

 大山 とにかくその中で一番大きな、強そうな男を選びだして、腰かけさせました。 ”私の指一本で、君を抑えるから、動けたら動いてみなさい”
 すると巨漢は、嘲笑しながら、渾身の力を入れてがんばっているのですね。 その肩に私はひょいと小指をのせました。 すると相手は全身の力を入れてはね返そうそとした。 ところが、どんなにあがいても、もがいても起き上がれない。 それはそうです。 こちらは術にしたがって急所を抑えているのだから、動けるはずがない。
 これにはその場を埋めていた二百名の巨漢が、あっと口をあけたまま棒立ちになってしまいましたね。

 森川 大変なショックだったのでしょうね。 神技に見えたにちがいない。 (笑声)

 大山 ええ、それですっかり私のいうことを信用したのです。
 ”これは大先生に違いない” (笑声)
 しかし、まだ反撥してきました。
 ”たしかに今は動けなかったが指一本であなたは倒さなかったではないか。”
 私は困惑しましたが、決意しました。 実は私は白人相手に、そんな手荒なことをしたくなかったのです。 しかし何でも事実を見ない以上信用しない国柄ですから、やって見るよりほかはありません。
 私はまた六尺二寸、三十貫以上の巨漢を引きだしました。
 『では見せてあげよう。 だが、この技は危険だから、下手するとあなたは死ぬかも知れない。 死なないとしても、五分は完全に正気にもどらないだろう』
 すると相手は、物凄く緊張するのですね。
 『小指では、あなたを侮辱することになる。 人差指で倒すから、倒されぬように要心しなさい』
 というとなお緊張して、蒼白になっているのです。 (笑) あまり相手が緊張していてはこの技は効き目が薄くなります。 そこで私は話題をほかに転じて、相手の注意をそらせました。 刹那、油断を見すまして、裂帛の気合をかけながら、雷撃のように指で、相手の胸を突きました。
 相手はふみこたえる力もありません。 朽木を倒すようにのけぞると、そのままぶくぶくと口から泡をふきだし、完全に意識を失なってしまったのです。


KC空手バカ一代4_13.jpg

 これは実に上手いと思いましたねぇ。 まず最初は座らせておいて指で押さえる。 こうするといくら力があっても立ち上がれない。 子供の頃にやった人もいると思いますけどw ここは新垣清先生の言葉を借りて説明してみましょう。

 …彼(大山倍達)が内弟子を椅子に座らせて、その額を指一本で直角に押さえて「サァー! 立ってみなさい」と言う動作は、自分の指の強さを誇示するのではない。 仮想の重心を身体の外に(この場合は前方に)作ることが不可能ならば、人間は動くことが出来ないということ、身体で知っていたからにほかならない。 これは大山が若い時分に修行した、大東流合気柔術の思想を理解していたからだろう。

 で、その後に「小指じゃ失礼だから人差し指で倒しましょう」とさり気なく指を変える辺り、実に策士です。 そしてまずは言葉を弄して相手を誘導し呼吸を読んで一本貫手でKO。 これが事実だとすれば感心する他ありませんね。

 "ゴッド・ハンド"については以前コチラで説明した通り、表記自体は53年から使われているので、FBIでは無く…。 というか大山総裁自身、プロレスラーが付けてくれたって何度も言ってますね。

神の手1953_2.jpg

 次の対戦相手は次回のこのシリーズの時に書くとして…最後はFBI捜査官ドナルド・バークについて書きましょうか。

KC空手バカ一代4_14.jpg
FBI捜査官ドナルド・バーク

 当ブログに来られる方ならご周知かな? 一時期極真会館サンフランシスコ支部長だったドナルド"ダン"バック先生の事です。 何でバージニアにしたのか知りませんけどw
 91年に久々にアメリカに来られた大山総裁と面会して20年振りくらいに極真に復帰されましたが、1957年に支部発足と言われているので、海外支部でも1,2を争う古さじゃないかな。 手作り年表によれば57年6月に柔道家のデューク・ムーア先生と共にアメリカで指導を受けてますので、その時でしょう。 そしてその頃はサンフランシスコ市警で勤務する警官でした。 FBIに就職された事は無いみたいですね。 怪我で半身不随になってから警察を引退されたそうですが、その後も武の道を全うされ98年に亡くなられました。

ドナルドダンバック.jpg
ドナルド"ダン"バック

 極真脱退時にゴソッと西海岸の極真支部が抜けたのですが、ここから分かる通り、西海岸の極真会は殆どバック先生が作り上げました。 ステファン・セニ先生もお弟子さんですよね。
 62年頃の大山総裁が智弥子夫人に宛てたアメリカからの手紙の宛名だけ見せて戴いた事があるのですが、(中身は失礼かなと思い見ませんでしたw)発送元の住所がバック先生の所のがありましたねぇ。
 バック先生は他にも色々柔道や合気柔術、中国拳法とか学ばれているのですが、63年に山口剛玄先生の次男、山口剛仙先生がサンフランシスコの大学に留学され、支部を発足された際にそちらにも顔を出してたみたいです。 最終的にはAAU(アマチュア体育連合)という公的な組織にある中国拳法委員会という所で長年委員長を務めておられ、かなりの発言力があったんじゃないですかね。
 んで、前にコメント欄に書きましたけど、日本でアントニオ猪木と闘った"レフト・フック"デイトンことマイク・デイトンの中国拳法の師でもありますw 現在のデイトン先生は極真で段を取られた様ですが。


 という事で、「空手バカ一代」の元ネタシリーズでした。
 おかしいな…今回はサクッとやる予定だったのに長くなった…w
 遠藤幸吉氏の資料は収録ファイルごと現在貸し出し中なので引用は出来ませんでしたが、年内にツッコミ記事をやろーかなーと思ってます。
 つか、自分が事前に立ててた予想以上に元ネタが多かったですw
 これで真樹日佐夫先生の「空手旋風児」まで出したら収集付かなくなるなぁと思い、辞めましたw 大山総裁が覆面してFBIに強襲掛けるとか訳分かんないし。
 あ、忘れてた! 最後にここだけ。 FBIの格技場に行くシーンで「サザエさん」(日曜日ED)を彷彿とさせるような、トッド若松がステップ踏んでるシーンがありますよね。 ここのマス・オーヤマの頭の大きさは酷いと思うw

KC空手バカ一代4_11.jpg
問題のシーン

 今回はここまで。 それでは、また。

 …そう言えば主人公が堂々と金的や眼を狙う漫画って滅多に無いな…。


参考文献:
St. Petersburg Time, 5/22, 1952
Pacific Stars and Stripes, 1/10, 1953
Ogden Standard-Examiner, 8/13, 1961
Boxing and Wrestling Magazine May 1952, Boxing & Wrestling, Inc., 1952
BLACK BELT February 1972, BLACK BELT INC., 1972
Sid Feder, WRESTLING FAN'S BOOK(New second edition),  Key Publishing Co., 1953
John Corcran, Emil Farkas, Stuart Sobel, The Original Martial Arts Encyclopedia, Pro-Action Publishing, 1993
東京新聞 3/23 1952年
週刊サンケイ 1/18号 1953年
週刊実話読物 2/4号 日本社 1963年
力道山・遠藤幸吉―プロ・レス王者 郡司信夫著 鶴書房 1954年
世界ケンカ旅行 大山倍達著 河出書房 1968年
武道日本(中) 森川哲郎編 プレス東京 1969年
サンデーコミックス 虹をよぶ拳 第3巻 原作:梶原一騎 作画:つのだじろう 秋田書店 1970年
ヒット・コミックス25 キック魂⇒哉編 原作:梶原一騎 作画:南波健二 少年画報社 1970年
空手バカ一代 無限血闘編 梶原一騎著 日刊スポーツ出版社 1974年
KCコミックス 空手バカ一代 第4巻 原作:梶原一騎 漫画:つのだじろう 講談社 1976年
FBI 独裁者 フーバー長官 ウィリアム・サリバン、ビル・ブラウン共著 土屋政雄訳 中央公論社 1987年
格闘技新時代宣言! 二見書房 1994年
ジャイアント台風(愛蔵版)1 原作:梶原一騎 作画:辻なおき 朝日ソノラマ 1999年
極真外伝 〜極真空手もうひとつの闘い〜 ぴいぷる社 1999年
沖縄武道空手の極意 新垣清著 福昌堂 2000年
本部朝基と琉球カラテ 岩井虎伯著 愛脇 2000年
講談社漫画文庫 タイガーマスク第2巻 原作:梶原一騎 作画:辻なおき 2001年
大山倍達外伝 基佐江里著 イースト・プレス 2008年
FBIの歴史 ロードリ・ジェフリーズ=ジョーンズ著 越智道雄訳 東洋書林 2009年
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか 増田俊也著 新潮社 2011年

参考リンク:
Buck's School of the Tiger Kyokushin Karate & Aiki-Jujitsu (10/28/2012) 

関連リンク:
「カラテ群像」10 矢島力 初段(1983年) 
米軍が見た空手(1948年〜1958年) 
【新春企画】1952年の大山倍達 渡米記録(2012/01/14版) 
森川哲郎編 「武道日本(中)」より「猛牛を倒す空手」 (1969年) 
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 4 (第9話〜第10話)
大山倍達のアメリカ遠征 9 (マス東郷の演武) 





 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





コメント
よく調べられましたねー

いつもながら感心します。こういう事は根気の要る作業ですからね。

ところで、この場面の単行本を読んでいた時は小学校6年生でした。(39年前)当時は拓殖大学系の松濤館流空手を習い始めたばかりで、空手に流派がある事さえまだハッキリ解らない年代でしたね。ただそこの館長が大山先生の悪口ばかり言うので、極真とは違う事だけは理解していました。型は上手いけれども、実戦は弱そうな先生でしたので、言われる度に頭に来ていました。

>名誉五段さん

仰る通り、大変なのでこのシリーズはあんまり更新頻度が高くありませんw

拓大と言えば小倉正一郎先生ですが、入門された1963年当時は拓大で大山道場が「すごく厳しい道場」で、「いままで拓大で続いたヤツはひとりもいない」と言われてたそうです。
大山道場の真向かいが拓大なので、接点は何度かあったんでしょうが、インタビューを読む感じ、最終的には忌避されたのかなw
なので、何か含む所があったのかも知れませんねぇ。
  • Leo
  • 2012/10/30 10:54 PM
 今回も一気に読ませて頂きました。ありがとうございます。
 文中にマサチューセッツ州の名前が出てきましたが、もしかして住んでいらした事があるのでしょうか(私はもう結構長くボストンに住んでおります)。
 毎回これだけの内容を書き上げるのは大変な事だと思いますが、今後も楽しみにしております。
  • 2012/11/01 2:54 AM
>風さん

ありがとうございます。
ボストンには大学時代に5年近く住んでました。
90年代後半の話ですが、Marlborough St.とExeter St.の角辺りですね。
その頃に大学でやってた団体の酒を出すイベントをやる際に、一時的な酒販免許と警官を雇わないといけない、と言われて予定収容人数辺りの警官数を言われたのが、今回の話のネタとなってますw
  • Leo
  • 2012/11/03 9:53 AM
こんばんわ。僕は17歳なんですが、元極真信者です。
それで僕の極真についての分析を話させてもらってもいいですかね?
極真は弱い。雑魚。など今は馬鹿にされるようになってしまいましたが、確かに弱くなってると思います。原因は分裂だけじゃないと思うんですね。
昔は他の格闘技が発展してなくて、そのうえ漫画とブルース・リーのおかげで人がとにかく沢山きた。
キックでも普通に通用するであろうアンディ、フィリォ、黒澤、スミット、八巻、ミッシェルなど、抜群の身体能力をもった化け物クラスが沢山いました。
そして実際にキックなどで結果を残してます。
でも今は世界王者や日本王者が他の格闘技でぼこられるレベル。
つまり昔は、化け物クラスの人間が極真に来てただけだったと思うんですね。
ボクシング、キックは小さいジムで、普通のセンスぐらいのやつをかなり高いとこまで育てれますけど、やはり極真は、体と根性を鍛えるにはいいと思うんですが、いかんせんスピードとテクニックが駄目駄目で。
それともう一つは、組手のやり方、目指すべき組手が変わってしまったことにあると思えます。
昔は1本をとる組手が目標とされていました。アンディやフィリォなどは綺麗な組手をしていましたよね?でも今は、ルールを最大限に使い、とにかく場外に押し出す組手。これが原因だと思うんですがどう思いますか?
  • スミット
  • 2012/11/09 9:25 PM
>スミットさん

まぁ、お好きに分析されれば良いかと思いますよ。 雑魚だとか弱いだとか言う人は大会に出てみればいいだけの話でしょうし、オープントーナメントですから、口先番長じゃなければ出場してきっと優勝出来る事でしょう。

どんな競技でも、競技人口が大きければそれだけ才能のある人間が輩出されるわけで、逆に総数が少なければ、そう言った原石を拾い損ねる可能性の方が高いでしょう。

で、競技レベルが向上すれば他競技から来た選手が最適化される前に出場しても、ケンカじゃあるまいし、当然勝てる訳無いですね。 だからこそ他競技に挑戦して勝った選手が賞讃される訳です。
逆に他競技のチャンピオンが極真の全日本に出てどれだけ勝てるでしょうか?

極真と比較して、ボクシングやキックの小さいジムで普通のセンスぐらいの選手をかなり高いレベルに育てられるとの事ですが、統計値も無いので知りません。 根拠となる統計を出して見て下さい。 極真ルール内でのテクニックと、ボクシングやキックのテクニックを比較して高い低いをどうやって算出されているのでしょうか?

別に今も昔も1本を取る組手が目標なのは変わりませんよ?
いつの時代の何と比較されているのか分かりませんが、ルールを最大限に使うのは競技者として当然の事ですし、場外に押し出すのは結果論であって、ダメージを与え、倒せるなら相手を倒すのは至極当然の話です。 ありがちな展開で言えば、足やボディが効いたと分かった瞬間にシャチの如く集中攻撃するアレですね。
先般、新極真の大会や松井派の大会を見ましたが、綺麗な組手の選手も多く見られました。
互いに動く事で結果的に膠着した試合や、攻めあぐねて押し合いになる組手もありましたが、倒しに行く組手の方が多かったと思います。
近距離からの胴廻しは掛け逃げっぽいのもありましたが、一発があるので一時期よりも緊張感がありますね。

思うに、イメージ優先で、あまり大会とか観戦されていないのでは無いでしょうか?
  • Leo
  • 2012/11/11 2:51 AM
極真はおそるべし ですよ。
  • 研究家
  • 2012/11/11 7:16 PM
だってテイシェイラ。決勝まで進んどいてそれまで全部判定って駄目でしょ(笑
げんに極真をあんまやったことない伝統のひとが上までいっちゃってるし、初戦から押し相撲組手やるのが王者だったり準優勝だったりってそういうことを意味してるんじゃないですか?
明らかに組手は変わってるでしょう。三瓶みたいな組手をする人間が増えてますし。
>>いつの時代の何と比較されているのか分かりませんが

普通に昔と比べてるんですが。柔道でも深刻な問題になってるんですよ。1本を狙いにいく人が減りみんな判定で勝とうとする。まさに一緒です。
>>どんな競技でも、競技人口が大きければそれだけ才能のある人間が輩出されるわけで

人数が減った人数が減ったとよくいわれますが、僕も書かせていただきましたがそれだけが理由じゃないんだと思うんですね。
だって減ったからって十分多いじゃないですか?
>>一発があるので一時期よりも緊張感がありますね。

3位以上の人たちがおでこくっつけあってひたすらボディローより、距離とって突っ込んでパンチパンチロー、でまたちょっと距離とってとか、昔の1撃がある試合のほうが緊張感があると思うのですが。
ようは僕が言いたいのは、人数が減ったということだけじゃなくて、昔は化け物クラスの人間が多かったということです。
これはあくまで僕の推測なんで、極真に詳しいあなたにどう思ってるか聞きたかったんですよ。
  • スミット
  • 2012/11/12 5:12 AM
>>極真と比較して、ボクシングやキックの小さいジムで普通のセンスぐらいの選手をかなり高いレベルに育てられるとの事ですが、統計値も無いので知りません。 根拠となる統計を出して見て下さい。 極真ルール内でのテクニックと、ボクシングやキックのテクニックを比較して高い低いをどうやって算出されているのでしょうか?

昔の化け物クラスがいたときはロー数発でKO。ボディ一閃。化け物クラスが抜けて、極真も人気がなくなってきてそういう人間がほかに流れるようになったらローを何十発蹴ろうとも倒せない。ボディにいいのきめても倒れない。
  • スミット
  • 2012/11/12 5:17 AM
勝手な推測なのですが
「ミスターX」はドナルドダンバック氏の弟子なのではないでしょうか?w。

「空手バカ一代」の中で祭りあげられる人は
やはり梶原先生と仲が良い人wだと思うので
ドナルドダンバック氏も同じかなと推測しています。

ならばドナルド氏がいったん極真を離れている間でも梶原先生と連絡を取っていても不思議はないような気がします。

レフト・フック"デイトンはドナルド氏の弟子だそうですが
もし梶原先生との関係から猪木への挑戦者を用意させたとしたら
「ミスターX」をドナルド氏に用意させたとしてもあまり不思議はないような気がします。

第5回世界大会のゼッケン29番ロバート・ドステ選手ですが体格と前後への股関節開脚の写真を見て
『なんかどこかでみたような?』と感じましたw。

この時23歳だそうですから猪木と闘うのは年齢的に無理がありますが
似たような人がドナルド氏の弟子にいてもいいような気がします。

全くハズレなのかもしれませんがw

Leoさんはこの自分勝手な推理をどう思われるでしょうか?。
  • もん爺
  • 2012/11/13 1:37 AM
>スミットさん

>普通に昔と比べてるんですが。柔道でも深刻な問題になってるんですよ。
いや、あなたが例として出されている三瓶先生も「昔」の選手ですし、一言で昔と言っても、極真の大会史はもう40年を経過してますからね。
ルールも判定基準も40年の内に色々変化しています。
なので一括りに昔と言われても、分かりませんねぇ。

>昔の化け物クラスがいたときはロー数発でKO。ボディ一閃。

数発って言うのは3〜4発ですかね? 英語で言うと"a couple of"でいいのかな。
そんな都合良く倒せた選手っていましたっけ。 第17回の黒澤浩樹先生はそれに一番近かったでしょうが、研究された結果、判定が増えました。
そして、イコール小さいボクシングやキックのジムの方が優れているという事には繋がらないんじゃないでしょうか?


>もん爺さん

それは考えた事が無かったですねぇw
確か当時の「月刊ゴング」に写真が載ってるとか聞いた様な気がしますが、アメリカでのリングネームか本名が「ポゴ・ガブリエル」で正しいのか分かりません。
でも、マイク・デイトンは別に梶原先生のルートで招聘した選手では無さそうなので(関係があったらもっとストーリーを作ってそうです)、誰か別のマッチメーカーが手配したんじゃないかな、と思います。

…実にツマラナイ話ですがw
  • Leo
  • 2012/11/16 1:24 AM
ご回答ありがとうございます。

ちょっとは期待したのですがw。

名前のイメージからして
ミスターXは南米系の人なのでしょうか。
実は陽気な人なのかもしれませんね。

ずいぶんデカい奴だなあと思いました。
猪木を力で投げ飛ばしたのは驚きました。
そのくせ極真の初心者みたいな下突き連打で入っていく姿に違和感を覚えました。

あげくにオチが「ニセモノ説」とは
まんまと梶原先生にのせられてしまいました。

そうですね。デイトン選手を用意したのが梶原先生ならもっと派手な演出したでしょうね。

冷静なご見解を頂きありがとうございました。
  • もん爺
  • 2012/11/20 1:08 AM
>もん爺さん

本名かどうか知りませんけど、ラテン系な名前ですよね。

色々言われてますけど、結局は試合キャンセルになるのを恐れて、新日側かアメリカのブッカーがでっち上げたんじゃないかなぁと思います。

梶原先生としても苦肉の策だったんじゃないかなぁ。
  • Leo
  • 2012/11/24 2:29 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック