calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

極真会館主催 第11回全日本大会プログラム (1979年)

JUGEMテーマ:空手
 

第11回全日本1.jpg

 さて、今回は1979年に開催された第11回全日本空手道選手権大会について書こうかと思います。
 この頃になると後の支部長クラス…幹部クラスはほぼ入門を果たしてますね。



 この辺りの大会になると、各々が「試合で勝利する為に何が必要か」を模索し始め、ただただケンカに強ければ良かった時代もそろそろ終わりに向かう頃でしょう。 まぁ、ちょうどツッパリや暴走族全盛期ぐらいになりますので、ケンカをする門下生も多かった様ですがw
 極真会館本部としてもこの年の4月14日より「補修課」という特別コースを設置し、 大型選手の育成を始める事になります。  尤も、現在の強化選手の様な仕組みはありませんでしたし、強豪支部でやっている様な選手育成コースも無かったので、どれほど当を得ていたのかは分かりませんが。

 さておき、今大会では当初歴代の全日本王者が最低でも4人は参戦する、と宣伝されていたのですが、山崎照朝、長谷川一幸、三浦美幸は完全に引退。 佐藤勝昭は佐藤塾を開き組織の一員では無くなり、廬山初雄は家庭の事情で稽古の時間が取れず、佐藤俊和は秋田県本荘市(現・由利本荘市)の市議選挙に勤しみ稽古出来ず、二宮城光は負傷(本人も引退したつもりだった)により欠場と言う事で、東孝だけが出場する事になりました。

 今大会は少々変則的で、「第2回世界空手オリンピック日本代表選抜前哨戦」と銘打って1979年5月18日に行われました。 1日開催となっているのは、参加人数を64名に絞ったのが理由です。 進行表を見ると、2回戦終了後に勝者が試し割りを行っているので、ちょうど1回戦が無くなった様な形だと考えて差し支え無いでしょうね。 試合開始時刻も午後3時からというのは現在では異例でしょうね。 結局閉会式が午後8時半ぐらいからだったみたいですし。
 また、来たる世界大会に向けてか、審判団を率いるであろう海外支部長も来日し、大会でも主審を務めています。 で、掴みの注意が重くなったのは今大会からかな。 前大会くらいから大山倍達総裁の不満が出てましたもんね。

 有力選手は、ん〜…この時期になると知ってる名前の方が多いくらいなので、ピックアップするのは止めようかなw
 別な方向から注目したいのは今大会、別名で出る事になってしまった「赤星潮」こと、高桑満弥。

第11回全日本4.jpg

 前年12月に新格闘術の大会でプロデビューし、1月前のプロ空手と新格闘術の対抗戦では、炎一心にKO勝ちと調子を上げて来ている選手。 それから広島支部の河岡博実が38歳にして初出場。 後に大山総裁に「風格ある他流派」と賞讃された田中正文や、後にキック王者となる向山鉄也らしき人物も個人的には興味深いですけどねぇ。

 では1回戦から。

 出場人数が絞られてもオープントーナメントには変わらず、1回戦から他流派との対決も見られたが、ここは極真勢がほぼ問題無く勝ち上がる。

第11回全日本6.jpg

 昨年、大いに気を吐いた柳渡聖人は今大会も小さい体を大きく使い田山敏勝から技あり2本の合わせ一本勝ち。 アメリカで修業中の日沖清彦は西村藤雄と対戦し、判定勝ち。 他流派からは立崎辰雄が宮本信之にフルマークの判定勝ちを修め、便宜上他流派となっている赤星潮は本部の竹和也に3-2の僅差で勝利を得た。
 しかしここで圧倒的な強さを見せ付けたのは昨年二宮城光に惜敗した中村誠だ。 1回戦、久保田金三を相手に左の突きから始まる得意のコンビネーションで左上段廻し蹴りを叩き込み、僅か10秒で一本勝ち。

 2回戦。 山田雅俊と浜井識安の対戦は浜井の顔面殴打が響き4-1で山田の勝利。 優勝候補の東孝や三好一男、三瓶啓二も危なげない勝利を修めるが、ここで2つの大番狂わせが起こる。 優勝候補の一角である中山猛夫が掴みによる注意1を取られ、佐藤勝昭門下の原田裕次に判定勝ち。 そしてアメリカ帰りの日沖も顔面殴打とつかみで判定負けとなった。 ここでも一人一本勝ちを取ったのは中村だ。 1回戦に続き左の突きから入って、対戦相手の加藤友昭の体を横に向かせると強烈な左の膝蹴りを叩き込みあっという間に技あり。 立ち上がった加藤を再び同じコンビネーションで倒して合わせ一本。

第11回全日本7.jpg

 3回戦にコマを進めたのは以下の選手。

Aブロック:
東孝、山田雅俊、三好一男、吉木永雄
Bブロック:
川畑幸一、福田正和、中村誠、瀬戸秀二
Cブロック:
野口敏郎、原田裕次、立崎辰雄、田原敬三
Dブロック:
廣重毅、為永隆、三瓶啓二、伊藤藤行


 3回戦は東と山田の試合から始まった。 昨年末に膝を痛めた東は回復が遅れていたが粘る山田を突き放し5-0の判定勝ち。 三好はここまで勝ち上がった大阪の吉木を相手に前年度入賞者の貫禄を見せ付け圧勝した。
 川畑は福井と対戦し本戦は川畑に旗2本が上がったが引き分け、延長で川畑が勝利した。 埼玉の大型選手瀬戸は今大会絶好調の中村と対戦。 一回り以上違う中村に果敢に挑むも、本戦で中村が危なげない勝利を得る。
 野口と原田の対戦は共に180cmと長身同士の激突となった。 僅差ではあるが野口が3-0で辛勝。

第11回全日本9.jpg

 Cブロック第2試合は身長で勝る立崎と体重で勝る田原の対戦。 田原は昨年も出場したがまだ2級の逸材。 本戦は体重に反して動きのある田原も譲らず引き分けだったが、延長戦で立崎の前蹴りがヒットし判定で敗れた。

第11回全日本10.jpg

 Dブロックはまだ1級の為永が才能の片鱗を見せ、安定した実力を誇る廣重に挑み本戦は引き分け、延長戦で失速し判定に涙した。 強豪三瓶と対戦するのは伊藤だが、先の2回戦まで全て不戦勝で本試合が初の闘いとなる。 しかし危なげない試合運びで勝ち上がった三瓶には通用せず本戦で屈した。

 ベスト8には以下の8名が名乗りを挙げた。
Aブロック:
東孝、三好一男
Bブロック:
中村誠、川畑幸一
Cブロック:
野口敏郎、立崎辰雄
Dブロック:
三瓶啓二、廣重毅


 Aブロック決勝は東と三好の対戦。 三好は大先輩の先手を取って廻し蹴りを連打するが、東が下段蹴りと膝蹴りで圧力を掛ける。 思い切りの良い三好だが、結果は本戦で東の判定勝ち。 貫禄に屈したという所か。
 Bブロックは予想外の展開となった。 試合開始直後から暴風の様なラッシュで何度も川畑を場外に押し出しす中村に対し右の正拳や膝蹴りなどの決定打を辛うじて躱す川畑。 決着は時間の問題かと思われたが、中村の再三のラッシュに合わせてステップバックしながらの川畑の左上段が顔面にヒット。 前傾していた事もあって中村がダウン。 まさかの技ありに場内が沸いた。

第11回全日本17.jpg

 気を取り直して再び中村が川畑を追うもここで本戦終了。 今大会圧倒的な強さを見せていた中村の敗退かと思われたが、それまでの中村の攻勢が認められ、2-0の引き分け。 命拾いした中村が再び川畑を攻め立て、プレッシャーを受け続けた川畑が遂に中村の左上段廻し蹴りを食らい技あり、勝ちを逃した。
 Cブロック、野口と立崎の試合は好試合となったが、立崎の顔面殴打が減点となり、本戦で決着。 惜しい結果となった。
 Dブロックは昨年も対戦した三瓶と廣重。 今大会冴えを見せる三瓶のコンビネーションが廣重のスタミナを奪い、本戦で昨年に引き続き、三瓶が勝利した。

 準決勝の前に大会には出場しなかった廬山初雄、佐藤俊和の両チャンピオンが演武を披露。 佐藤は手刀で氷柱を割り、廬山は昨年公開さればかりのバット折りにアレンジを加え、圧縮バットを立てて下を鉄アレイで押さえただけの状態で左右下段回し蹴りで折る技を見せ、場内を沸かせた。

第11回全日本11.jpg

 準決勝第1試合は2年前と同じく東孝と中村誠の対戦。 当時は東に圧倒された中村だったが、今大会では雪辱を果たしたい所。 互いに譲らない大激戦となり試合は延長4回へ。 ここで昨年末に膝を痛めた東が僅かながら劣勢となり、4-1で中村の勝利。 決勝戦へコマを進めた。

第11回全日本15.jpg

 続いて第2試合、格上の相手にも常に善戦する三瓶と上り調子の野口の対戦は順当な結果に終わった。 スタミナに定評ある三瓶は開始直後から果敢に攻め立て、野口は良いところ無く本戦で判定に敗れた。

第11回全日本14.jpg

 決勝戦前に3位決定戦が行われ、東が低い下段で野口を圧倒、本戦で東が勝利した。

 そして決勝戦。 時刻は8時を回り、三瓶と中村の2年振り2度目の対決は好対照の立ち上がりを見せた。 積極的に前に出る中村に対し、三瓶は前蹴りから下段で中村の突進を止める作戦に出る。

第11回全日本16.jpg

 しかし中村の勢いは止められず本戦は2-0で中村が優勢。 延長戦では中村得意の突きと膝蹴りが三瓶を押し、5-0で中村が勝利。 ここに三誠時代が幕を開けた。

 入賞者は以下の通り。

第11回全日本5.jpg

優勝:中村誠
二位:三瓶啓二
三位:東 孝
四位:野口敏郎
五位:廣重 毅
六位:三好一男
七位:川畑幸一
八位:立崎辰雄


 尚、日本代表は当初発表されていた上位4名から、誤審も取り沙汰された野口敏郎と原田裕次の試合を鑑みてか、上位3名と原田が選抜され、残りは今大会の入賞者と推薦選手の間から選ばれる事になった。


 という事で、第11回全日本大会でした。
 今大会は前大会頃からクローズアップされた押し合い問題が大山倍達総裁によって酷評されてます。 前年度の半分の参加人数となった事もあってか、一本勝ちが少なかったのも不満が出てましたね。 競技レベルが高くなった事で簡単に技が入らなくなっているのもあるんですが、多彩だったスタイルから一旦勝てるスタイルに集約し、再び多様化するという過程の過渡期になるんじゃないかなぁ。
 試合スタイルが浸透するとまず勝つ選手のスタイルを真似しますよね。 それが浸透するとそのスタイルを様々なスタイルで打破しようとして新しいスタイルが台頭します。 例えば現在の松井派と新極真の違いは、ある意味数見肇スタイルと塚本臣スタイルの違いまで行くかと思います。 まぁ、先にマットを去った為、現在では数見スタイルはあんまり残っていないと思いますが。
 この傾向は昔からあり、第5回で廬山初雄先生が優勝した後は暫く廬山スタイルのコピーが横行したそうです。 こうやってその時代の最強者の色に染まってく訳で、時代の導き手の役割って結構重大だなぁと思います。 でも破壊力や身体能力が必須であろうスタイルはあんま流行んないんですよね…。
 次の時代の導き手はどんなスタイルでしょうね?

 後、準々決勝の中村誠VS川畑幸一。 中村先生はずっと自分の負けだと思っているそうです。 でもまぁ、大会規約には判定基準に技ありが優先されるとか、そう言った記述は無いんですよね。 つまり技ありを取ったからといって、受けに回ると負ける可能性があるという事です。 作為的な判定では無かったとは言いませんが、試合に勝利した本人が負けと思っていても、ルール上で見ればこういう結果もあり得る話だったんですねぇ。
 そう言えば、今大会詳報が載ってる「月刊パワー空手」にさり気なく大山総裁と梶原一騎先生の確執めいた事が書いてました。

 そういえば、昨年「格闘技世界一」という映画が封切られたが、内容は以前撮られたフィルムのつぎはぎであり、世界一というタイトルはインチキだという声も聞かれた。
 
 誰の映画か知ってて言ってるんでしょうw ちなみに「現代カラテマガジン」の方では真樹日佐夫先生の観戦記で今大会が酷評されており、ちょっとギクシャク感がありますね。
 今回はこれまで。 それでは、また。


参考文献:
月刊パワー空手 1979年6月号 パワー空手出版社 1979年
月刊パワー空手 1979年7月号 パワー空手出版社 1979年
現代カラテマガジン 1979年6月号 真樹プロダクション 1979年
第11回オープントーナメント全日本空手道選手権大会プログラム 財団法人極真奨学会・極真会館 1979年


参考映像:
第11回全日本空手道選手権大会 フジテレビ 1979年


 
 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





コメント
この大会では「マス大山空手スクール」の面々も黒帯となり出場されていますね。(高桑・前田両先輩)柳渡聖人さんは川畑さんと同じく私とほとんど同期です。中村誠VS川畑幸一戦は川畑さんの意地もあったと思います。何しろほぼ同じ時期の入門で、最初の審査では黄色帯と水色帯でしたから……。
会場でパンフレットを見て過去のチャンピオンが出てないのでがっかりした記憶があります。「四角いジャングル」に騙されたとw。

しかし今見ると錚々たるすごいメンバーですね。
37番から48番だけでもとんでもないメンバーですw。

すごい時代です。
もっとまじめに稽古すべきだったと感じました。
定年前のサラリーマンが
もっと勉強しておけば良かった
と思うのと同じですがw。
  • もん爺
  • 2012/12/11 2:56 AM
先週は風邪でちょっと返信が遅れてしまいました。

>名誉五段さん

あぁ、なるほど。 割と早い段階で期待を掛けられていた中村先生にはライバル意識があったんですかね。
支部長としても関西エリアで、互いに名伯楽として強い選手を輩出してますし、ずっと意識してる所もあるのかな。

>もん爺さん

あはは…やっぱり結構騙された人がいるんですね。 「月刊パワー空手」にもクレームの手紙が載ってましたしw
この時代になると有望な選手を列挙するだけで大変な数になるので、流石に書きませんが、大変な面子です。
この面子の中に入れるまで稽古しておけば…と思う人もいるかもですね。
  • Leo
  • 2012/12/16 8:15 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック