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大山倍達マニアック検定

極真ルールの変遷 1(第1回大会〜第2回大会)

JUGEMテーマ:空手


大会パンフ1969_small.jpg


 えー遅くなりましたがあけましておめでとうございます。 昨年は色々とお世話になりました。
 年始早々ちょっと私のパソコンが壊れ気味でして、現在OSが入ってるディスクのバックアップを別のハードディスクにしてます。
 とりあえずバックアップだけ取って来月辺りに大幅にいじろうかとも考えていますので、その際には更新出来ませんので悪しからず。
 まぁ、原因はCドライブが寿命ってだけですので、バックアップさえ取れば手間はともかく安心ですね。 ついでにグラボとかPCケースも変えようかと思案してますが…だったら1から自作した方がいい気もしますw

 さておき、今回は大山倍達総裁存命時の国際空手道連盟ルール、通称「極真ルール」の変遷をパンフレットを見ながら分析して行こうという需要があるのか無いのか、とてもマニアックな企画ですw
 一応変更点は全部書き起こして行こうと考えているので場合によっては大変ですが、個人的には面白いと思います。
 




 格闘技におけるルールと言うのは発展すればするほど、そのルールを中心にスタイルが形成されて行きます。 この一定のルールを用いた競技というのは、彼我の実力が分かり易くなり、故に実力を向上させる上で役立ちます。 勝敗を通じて己の長所短所が分かりますしね。 また、競い合う事で向上心と自信を養います。 そして道場内試合から地方大会、全日本、全世界と、競技人口が増えるに連れ、全体レベルの向上と底上げがなされます。
 その一方で、競技偏重になると本来のスタイルが形骸化する恐れもあり、伝統を重んじる古流はそれを嫌う傾向にあります。 競技下におけるセオリーが全ての状況下で役に立つとは限りませんし、競技で使われる事の無い技術は結果的に不必要となり、淘汰される可能性があります。
 しかし、試合をしない流派にも問題があり、実際に競い合うという部分に欠け、ランダムな状況に対応出来なくなった結果、実戦性が机上の空論となる可能性もありますね。 個人的には競技偏重と競技否定は、結果的に同じ事だと思ってます。
 格闘競技は近代化する上で安全性を考慮し、ルール制作者(創始者)が望む闘技の方向性を定めた上で危険な、もしくは不要な技術を省いたと言えると思います。 が、近代発生した格闘技においてはその限りでは無く、まずルールありき、という格闘技も存在します。
 例えば近代ボクシングやアマチュアレスリング、これらには基本的に現在のルールに沿った技術しか存在しません(反則を上手く使う技術もありますが、それはルールに沿った技術の一種です)。
 キックボクシングや総合格闘技も、厳密に言えばルール外の技術が存在しない筈ですが、元々別の格闘技からジムとして参戦しているケースもあるので、そう言い切ってしまうと反論も来るでしょうね。 尚、個人のバックグラウンドから得た技術はここに該当しません。
 で、今回はノールールの道場組手から誕生した極真空手が、如何にして今のルールに落ち着いたか、これを第1回大会から振り返って見ていこうかと思います。

 では、まずは1969年第1回全日本空手道選手権大会から見ましょうか。

第1回全日本表紙.jpg

 69年のこの大会が他と違っていたのは、まずオープン参加である事、試し割りを試合化した事、そして素手で当て合う事、でしょうか。 ちなみに全日本空手道連盟の第1回大会は今大会の翌月です。 ルール作成に大きく寄与したのは秋田支部の真壁忠先生だと言われていますが、当ブログコメント欄に寄せられた、たかさんの情報によれば空手道翰武会(今大会に出場した韓武館の正式名称)は大会以前から極真ルールに似たルールで組手稽古を行っていたそうですので、館長の武田昇翰先生(武田昇)がウチはこういうルールでやっている、と提案した可能性があります。 ちなみに武田先生はルールについて協議したと思われる69年5月の第1回支部長会議にも参加してます。 大会自体も武田先生と関係のあった賢友会との共催になっており、単独開催はまだ難しかったのでしょう。
 試し割りの競技化に関しては、パンフレットを読むと載っているのですが、鍛練の成果が数字で出る試し割りは科学的であり、力量の正確な比較が出来る物として書かれています。 均一の材質で行われる試し割り試合に客観性持たせた、という事ですかね。 大山総裁は「科学的」というのに割と拘っており、武道の持つ神秘性の可視化を推進する事が、空手を大衆の物にすると考えていた節があります。
 一方で型試合を排除したのは…ここはパンフから引用しますか。

 型に全く意味がないわけではないが、型の演武を比較することは、本来武術である空手を舞踊化してしまうきらいがある。 そして、各流派によって型の種類、または型の解釈の仕方が異っているため、型の試合を行うことは、選手権大会全体に共通の規準をつらぬくことを妨げる。 型の演武は、むしろ模範演技として紹介さるべきである。

 これはオープン大会としては当然の判断でしょう。 自流の大会であれば自流下の解釈で判断出来ますが、他流の型の善し悪しなど判断するのはどうかと思いますね。 美しさを追求した型演武と実用性を突き詰めた型が結果的に美しいというのは、平たく言えばどちらも美しい物ですからねぇ。
 ちなみに沖縄で糸州安恒、屋部憲通に学び、富名腰義珍先生と共に講道館で空手の演武を行った儀間真謹先生は、他流の形(伝統系では型とは書きません)の採点について皮肉にも取れる一言を残しています。

 …私は、松濤館流ですから、松濤館流の形なら採点できますが、とても他流の形を採点するほどの器量も勇気もありません。 ですから、随分と途方もないことを平気でやるものだと感心しているのです。

 では、試合規約。

 競技種目
(1) 組手
 1本勝負のトーナメントとする。
(2) 試し割り
 組手の二回戦勝者のみ資格を有する。
    正拳、手刀、エンピ(規定) けり…得意技一つ
 以上四技で競う。

6.    審判規準

 審判員および審議員は同等の権限をもって競技の審査にあたるが、競技に関する最終決定は全て審判長の裁可によって行なわれる。
 組手試合、試し割りの所要時間は2分〜3分とする。 ただしその競技の重要度を認め、必要と認めた場合は審判長の裁量により時間を改めて定めることができる。
 以上の構成によって大会を進行する。 大会進行は極力スケジュール通りとするが、やむを得ぬ事態の出態したときは、審判長、副審判長競技の末審判長が変更を指示することもある。
 優勝者は「組手」 「試し割り」の総合点数で決定し、総合優勝者1位、2位はハワイ旅行に招待する。 総合優勝者のない場合は「組手」 「試し割り」の各1位を招待する。


 今とは試し割りの重要度が違いますね。 組手部門の優勝者と同等の評価が与えられた訳ですから。 ちなみに今大会は2コート制で、それぞれAコートとBコートに別れて同時に試合をしてました。

試合場.jpg
当時の会場見取り図

 ではルール。

〔1〕 組手
 勝負は1本勝ち、乃至は判定による勝負、または反則及び失格による負けにより決定する。
(1) 1本とは相手に強力なダメージを与えたとみなされた場合を云う。 具体的には、
    (イ) 瞬間的にけりが決まり(顔面を含む)、倒れた時、また一瞬戦意をなくしたとき、
    (ロ) 相手が倒れた時に決めた場合(足かけで倒した場合も含む)
    (ハ) 突き(顔面を除く)が決まり倒れた時、また一瞬戦意をなくしたとき、
    (ニ) 肘打ちで顔面以外にあて、倒れるか、一瞬戦意をなくしたとき、
    (ホ) 手による顔面攻撃は出来ないが牽制は出来る。 相手にあたらないようにすること。

〔2〕 反則
    (イ) 手による顔面強打(但し牽制はよい)
    (ロ) 金的げり
    (ハ) 顔面肘打ち
    (ニ) 貫手による首、顔面への攻撃
    (ホ) 頭突き
    (ヘ) 減点3点以上反則負け
    (ト) 倒れた相手に当てた場合
    (チ) 以上以外に審判が反則とみなした場合

〔3〕 判定
 1本勝ちの決まらない時、技術、気迫の優劣、及び減点の有無の多少により審判の協議により決定される。
 尚、判定の異議申し立ては大会審議員を通じて、申し立てることができる。
 「技あり」は使用しない。

〔4〕 減点
    (イ) 相手をつかんだ場合(詳細は主審の判定にまかす)
    (ロ) 場外へ逃げた場合
    (ハ) 相手に3回以上連続突きを入れた場合

〔5〕 失格
    (イ) 試合中審判の指示に従わない場合
    (ロ) 時間を守らず、試合に出場しない場合
    (ハ) 見合ったまま3分間過ぎた時には戦意なしで双方失格となる。
    (ニ) 粗暴な振舞いや悪質な試合とみなした場合

〔6〕 試し割り
    板は杉材で横33cm、縦21cm、厚さ24mmの同質のものを使用する。(材料は審判員、審議員の検査に合格したもの)。
    板の上に布(手ぬぐい、タオル等)を置くことができる。 但し、審判員あるいは審議員の検査を受けること。
    制限時間は2分とする。 そして制限時間30秒前に選手にその旨知らせる。 時間を超えた場合は失格とすることがあり得る。
    全部が完全に割れなければ、割れたとはみなさない。
    試し割りで失格したものは審議員に申し出て2回まで実施出来る。 但し、審判員、審議員の協議の結果による。
    試し割りは、固定したブロックを台とした所定の位置で行い、割れた枚数で競い合う。 なおブロックの台は動かしてはならないが、審議員、審査員、進行係の許可があればよい。
    選手は試し割りを行う前に尺度を計るのは良いが板にふれてはいけない。
    同点の場合は体重の軽い方を優位とする。


 読んで分かる通り、審判の裁量権が大きいですね。 掴みはこの時点で既に減点対象ですが、主審にその裁量を預けています。 一瞬の掴み、引っ掻けからの投げは大体許容されていた様ですが、これも主審によるでしょう。 ちなみに大山総裁自身は掴みには否定的で、引っ掻けを重要視していました。 「秘伝 極真空手」にも引っ掻けの技術が出ていましたね。
 1本のみで技ありが使用されないというのは、大きな怪我も予想された前代未聞の大会ですから、素早いストップを視野に入れた為でしょう。 現在の技あり相当でも1本としてカウントしていた様で、「一瞬戦意をなくしたとき」でも1本になります。  3連続以上で突きを入れた場合も減点の対象になってますから、安全対策は万全じゃないかな。 この辺りは空手よりもボクシングのスタンディングダウンをイメージしてる様な気がします。
 実際この早めのストップはかなり効果があった様で、1本勝ちは複数あれど、タンカで運ばれた選手は殆どいませんでした。 投げについての記載はありませんが、実際に添野義二先生が背負いで投げて一本を取っており(下段突きまで取ったのかは不明)、特に足掛け下段突きによる一本は多発した模様です。

第1回全日本背負い.jpg
第1回全日本での背負い

 先日発売された「ワールド空手」2013年1月号でも当時出場された二宮博昭先生は、この様にコメントしています。
 
たしかルールには、投げについての記述はなかったと思いますが、試合では大きい選手を一本背負いで投げ飛ばして一本を取る選手もいました。 また、足払いでの決着も多く、私もそれで負けてしまったうちの一人です。

1984山崎照朝8.jpg
下段突きによる一本

 で、試し割り。 これは今から振り返ると相当意外かも知れませんが、体重判定は試し割り用の判定だった訳ですねぇ。 しかし試し割りも別競技ですが、組手試合を勝ち抜かないと先に進めない様になってます。 流れとしてはこんな感じ。

試し割り:正拳
1回戦
試し割り:手刀
2回戦
試し割り:猿臂
3回戦
試し割り:蹴り
4回戦(勝敗がつかない時のみ正拳の試し割り)
決勝リーグ

 3回戦まで勝ち抜かないと試し割り部門で全種目チャレンジ出来ないって事です。
 総括すると第1回大会のルールの特徴はこういう感じですかね。

1) 試し割りは空手を科学的に測定出来る手段として導入された。
2) 直接打撃制ながらも危険な急所は排除し、素早いストップを心掛けた。


 恐らく我々が思っているよりもずっと安全性を考慮したルールだったと思いますが、選手側にも審判側にもルール下における試合のコンセンサスが無く、審判も手が足りずに極真会館以外にも賢友会や武田先生が審判を務めるという急拵え。 主審の裁量がデカイという事もあってか、規準にバラツキがあり結構批判されてます。 その為不満が残る負け方をした選手もいたみたいですね。 いずれにせよ、今みたいにルール慣れしていないのですから、仕方無いかと思います。 多分詳細なルールミーティングも無かったでしょう。

第2回全日本表紙.jpg

 続いて70年の第2回大会。 今大会からは極真の単独開催になってますが、その他はほぼ第1回大会と同じです。 試合時間が明確に記載されたのは今回からで、組手が3分、試し割りが2分とあります。 しかし、この様な一文がありました。

 ただしその競技の重要度を認め、必要と認めた場合は審判長の裁量により時間を改めて定めることができる。

 他には、前大会にあった「相手に3回以上連続突きを入れた場合」が無くなってます。 連続突きが致命的なダメージにはならないと前大会を勘案して判断したのかな、無くなっちゃいましたね。 そしてこれは大事な事ですが、掴みの減点についてこう変わりました。

相手を3秒以上つかんだ場合(詳細は主審の判定にまかす)

第2回全日本フィルム起こし.jpg
第2回全日本での掴み

 前回は掴みに関しても主審の考えがかなり反映され、投げが反則なのか反則じゃないのかと揉めた事があったそうなので、3秒以上という規定を設けたんじゃないですかね。 前回と比べると明確に掴み容認の方向に向かっているのはちょっと興味深いです。


 試合規約を丸々書き起こしているので文字数が多く、ここで一旦区切る事にします。
 ちなみに第1回全日本のルールは大山倍達総裁著「ダイナミック空手」の増補改訂版以降や今回引用した「ワールド空手」2013年1月号で読む事が出来ます。

 あ、パンフコンプリート記念に作った壁紙がありますので、宜しかったらどうぞw


 現在今記事の他に遠藤幸吉氏の記事が8割ほど書き上がってますので、そちらも近日中に上げたいですね。 …本当は先週から活動の予定だったのですが、上記の通り大幅に遅れてますw

 それでは今年も宜しくお願い致します。


参考文献:
第1回オープントーナメント全日本空手道選手権大会プログラム 国際空手道連盟財団法人極真奨学会極真会館 1969年
第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会プログラム 国際空手道連盟財団法人極真奨学会極真会館 1970年
ワールド空手 2013年1月号 国際空手道連盟極真会館 2012年
対談 近代空手道の歴史を語る 儀間真謹・藤原稜三共著 ベースボール・マガジン社 1986年

参考映像:
「長谷川一幸 極真カラテ 入門編 vol.1」 QUEST
「長谷川一幸 極真カラテ 入門編 vol.2」 QUEST

関連リンク:
極真カラテのレア映像(表)
ある日の極真会 18 (現代カラテ 1969年12月号)
極真会館主催 第1回全日本空手道選手権大会申込書(1969年)










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コメント
今回はレオさんの丁重な資料発掘のご努力と考察に驚きを禁じ得ません。
貴重な発掘のご努力に感謝いたします。

今回はルールの変遷と言うことなので、ルール編成の背景と言うことをテーマに書かせていただきます。
ルールを設定するうえで設定する戦いの範囲と目的が重要です。
空手対:他武道
空手対空手に設定するのかということになります。

もともと翰武会空手には正拳による上段の攻撃は特殊な場合を除いて戦いの組み立ての中にありません。
ルールだから顔面を正拳で突かないのではなく元々ないのです。
相手を昏倒させるための手技による顔面攻撃はありますが、正拳では突きません。
またつかみを認めているのも空手本来の汎用性を競技化により起こり得る弊害を少なくするために認めたものです。
空手を空手たらしめている象徴の正拳突の本来の使い方を検証するためにはつかみは認めることが必要だったのです。

つかみにくる相手につかませない突きを如何にするか、また、本能的にすぐつかみ合いになってしまう状況をいかに抑えて突くかを検証すために入れたわけです。
空手本来の正拳突の目的がMAXの衝撃力を構築することではないということの検証がその目的のひとつにあるわけです。
その上で求めるべき動きの最終段階がレオさんが書かれている相手に3回以上連続突きを入れた場合は反則につながるわけです。
ここが武田先生が考える、最終的に空手家が求めるべき技と動きです。
半秒の間に3連打すると、体重が10kG以上重い相手でも昏倒させることができるとの考え方から来ています。
こんなルールがあったのは僕は知りませんでした、びっくりしました、先生の思想がここにありました、うれしい発見です。

空手の突きにはいろいろな目的があります、その目的をルールの中に入れ込むのは本当に難しいことですね。仮想敵を空手対他武道他の格闘にするのか、対空手にするのかで根本的に変わってきますからね。
参考として 格闘技の科学 力学と解剖学で技を分析! 吉福 康郎 (著)
この本の中で各種武道の衝撃力の観点からの比較実験がありました。
正拳突での比較では、日拳、キック 少林寺等の縦拳系が空手の正拳突を大きく上回る結果となりました。
一撃必殺を謳うわりには数値が低いとの結論でしたが、ここに空手に 対する誤解、認識不足があります。 技の目的や構造が違うものを技の本質を無視して衝撃力で比較しても意味はありません。

  • てる
  • 2013/01/24 1:26 AM
>てるさん

興味深いお話、ありがとうございます。
顔面を正拳で突かない、というのは面白いですね。
個人的には中段突きを最初の基本とする空手には、ひょっとしたら顔面を突く必然性は無かったのかな、とか思ってます。
顔面攻撃への対応は必要ですが、「君子の拳」たらんとするなら、むしろ顔面攻撃こそ邪道なのでは?的なw

しかし、てるさんのお話から考えると、まず空手は当てるべきという共通認識があって、防具付きにしようか検討していた所、武田先生より翰武会がやっているルールの提案があり、叩き台にした。
そこから「空手はこうあるべき」という議論の中でルールが策定され、実際に行って改訂されていったという感じかも知れませんねぇ。

雑誌で特集やるか直接武田先生にお伺いしたいですね。
ところで、武田先生は何年頃にオーストラリアに渡られたのでしょうか?
極真のウェイト制にも来られてましたけど、80年代の半ば頃までは日本にいらしたんですかね。
  • Leo
  • 2013/01/26 10:40 PM
武田先生がオーストラリアに行かれたのは84年か85年くらいではないでしょうか。
体重制にご一緒した記憶がありますし、83年の全日本大会のお話はした覚えがありますから。

翰武会空手では相手を昏倒させるための技術習得のプロセスが基本技−中間技−目的技の段階別になっており、中段正拳突は基本技4技、中間技4技、目的技6技のうち中間技の最初になります。

技術については、文章ではよく説明できないので基本的な動きの動画をアップします。
また興味があれば感想を願します。
第一回大会から試合場の床のマット(畳なのでしょうか??)が使われていたということなのですが、この試合場の設定について何か記録等はあるのでしょうか??

何か情報ご存知でしたら大変興味がありますのでよろしくお願いたします。
  • てる
  • 2013/01/30 7:00 AM
>てるさん

技術は興味ありますね。 ゴールまでの明確なプロセスがあるというのは実に興味深いです。
動画がありましたら是非。

マットは素材は分かりません。
ただ現在の様にビニールを貼っている様には見えませんし、硬めな感じはしますね。
第1回の写真を見る限り、1畳分くらいのサイズでマットに線が見えるので、畳、もしくは畳状に切られた何かでしょうか。
  • Leo
  • 2013/02/03 3:09 PM
蹴りの動画をFacebookの翰武会空手でアップしています。ご覧ください。
マットはだれが導入したのでしょうね。
効果がわかっておられたのなら、奥が深いです。
  • てる
  • 2013/02/03 5:42 PM
>てるさん

ありがとうございます。 拝見させて頂きました。
あの最初の2本の蹴りは面白いですね。
以前狭い道場だったとの書き込みがありましたが、あぁいう蹴りの成立過程には道場の広さも影響してるんでしょうか?

マットに関して言えば…ひょっとしたらですけど、柔道から借りて来たんじゃないかと疑ってますw
三浦六郎という警視庁の柔道師範だった方がおられますので、そのツテで…とか。
  • Leo
  • 2013/02/03 11:04 PM
翰武会空手の想定技術の思想は、沖縄から大阪に伝わった空手の歴史の中で、仮想敵が常に自分より体重が10KG以上重い柔道、相撲、などの組技習得者が対象になった事と武田先生と同時代の先生方の実戦経験から来ています。

大阪、神戸での戦前の空手伝法の状況から、敗戦後の混乱期から高度成長期に入る頃まで空手人口は非常に少なく、競技人口比率、空手習得者の人間関係からも空手同士で闘争になることはなく、戦前、戦中などは、特に多くの沖縄の人たちが港湾労働に従事していた時に闘争相手になるのは、荷揚げ荷降ろしの作業を監督する小頭と呼ばれる身体の大きな柔道、相撲崩れが相手になる場合が多く、その実戦経験から実証された動きが基本になっているからだと思います。

自己より体の大きい他武道、格闘技経験者に対するとき、物理的不可能を可能にする武術が空手である。

これが武田先生の空手に対する根本の見解です。

この思想を実現するために、一見回り道に見える型や巻藁鍛練、寸止めなどの特徴的な稽古法があります。
  • てる
  • 2013/02/06 10:13 AM
>てるさん

なるほど。 1950年代半ばまでは大学生以外で空手を学ぶ事は困難でしたしね。 関東だと松濤館があったので空手部以外にも門戸が開かれていましたが。
ちなみに和道流の田中清玄先生も横浜で沖縄の人から実践技法を習ったと語ってます。

手元に空手が本土に入る前後の沖縄の犯罪状況を分析したレポートがありますが、そこには空手に対する見解が非常に悪く書かれており、ひょっとしたら後の空手=悪者の見解の元ネタかな、とも思ってますw

しかし翰武会の特集をどっか組んで欲しいものですねぇ。
「極真ルールに影響を与えた!」ってキャッチを載せれば皆さん興味を持つんじゃないかなぁ。
  • Leo
  • 2013/02/10 11:59 AM
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