calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

「カラテ群像」14 岡田博文 三段(1983年)

JUGEMテーマ:空手
 

 えぇと、先月はGW頃にパソコンが逝っちゃいまして、自力で直してたら5月の大半が過ぎてしまいました。
 まぁ、多分後付けしたUMAXのメモリがインストール時に引っ掛かっていたと思われますが、何度やっても再インストール出来ず大変でしたw
 まだ環境が回復してないので、バタバタしてますが、とりあえず手っ取り早いところで「月刊パワー空手」の1983年8月号より「カラテ群像」の岡田博文先生のインタビューを紹介します(※結果的に結構時間掛かりました)。

岡田博文3.jpg

 岡田先生は大山道場の中でも有名な門下生ですが、メディアに出ないのであまり詳細は知られてません。 先日大沢食堂店主を引退された大沢昇先生(藤平昭雄)と共にムエタイと闘う予定だった方で、延期に次ぐ延期により、時間の都合が付かなくなりタイ遠征のメンバーに加わりませんでしたが、当時の大山道場ではトップクラスの実力を誇っていました。
 それでは本編に参りましょうか。


岡田博文1.jpg

岡田博文 三段
 昭和15年3月6日東京都に生まれる。 37年立教大学経済学部を卒業。 中学の頃より柔道に親しみ、高校(立教大学附属高校)1年の秋に大山道場へ入門。 体力的なハンディを克服し3年後に初段となる。 その熱心な稽古ぶりは道場内にあって定評があり、周囲からの信望も厚かった。 ラグビーをやり、登山家でもあり、ダイバーとしても超一流の腕前をお持つ(国内でも10人足らずというPADI=Professional Association of Diving Instructorsのライセンスの持ち主)。 自営業等を経て、現在は都内の会社で重要なポストにある。

緊迫した熱い空気の中で

 私が大山先生の門下生となったのは、立教大学裏に道場ができた頃のことでした。 元来私はスポーツが好きで、中学の頃には柔道などもやっていたのですが、高校に入って(柔道の)試合二先鋒として出場したのがそのきっかけでした。 体力的に遙かに優る対戦相手に完膚なきまでに叩きのめされ、「身体が小さくてもできる空手を」と気持ちが動いていったわけです。

岡田博文2.jpg

 大山道場時代に遡ってこうして過去を振り返ってみますと、その思い出は枚挙に遑がありません。 ただ私が、こんな小さなからでよくもあんな厳しい修行に耐えることができたというのも、多くの良き先輩をはじめ、大山倍達先生というステータス、偉大な存在があったからだという一言に尽きます。
 そもそも私が先生を知ったのは、ある少年誌を読んだ(見た)のに始まります。 柔道の試合に敗れ「強くなりたい」と思っていた矢先、幸運にも通っていた高校(立教大学附属高校)の近くに道場ができた。 "渡りに舟"のような心境で私は即刻、入門の手続きをとりました。
 大山道場の稽古がどんなに厳しいものであったかは、これまで多くの先輩方が書かれているようです。 改めて申し上げるまでもありませんが一つだけつけ加えますと、そこには単なる厳しさ、ハードなトレーニングだけがあったというのでなく、皆それぞれが自主的な精神を持って稽古に励んでいたということです。 そしてこれらの、緊迫した熱い空気は、多分に大山先生の教えに負うところが大きかったように思われます。

弁当持参で虎と体面


 先生は武人として"礼儀"を最も重視される方でしたが、稽古の度にいただいたお言葉は、その後の私の実生活面でも多く生かされているように思えます。
 たとえば先生は、次のようなことを厳しく指摘されました。
 「空手の修業、武の道を志す者にとって欠かさずに稽古をするということは最も重要なことだ。 君達がもし半年間道場を休んだら、それはもう素人と同じだと思え」

岡田博文5.jpg

 稽古を毎日欠かさずに続ける。 このありふれた、聞き慣れた言葉の裏には、計り知れない多くのものが秘められているような気がします。 私もほとんど毎日のように道場に通ったつもりですが、たまにはどうしても稽古に出れない事情ができてしまう。 2日間も道場を休んでしまうと、遅れをとったようないい知れない不安に襲われたものでした。
 また大山先生には、個人的にもよく指導していただきました。 「君のような身体の持ち主なら、パワーやスピードをまずつけろ。 そうすれば、技はあとから自然についてくる」――このような先生の言葉に励まされ、私の生活のリズムは次第に、空手中心のそれへと変わっていきました。 笑い話になるかもしれませんが、私事を少しつけ加えさせていただきます。

秘伝極真空手瓶切り.jpg

 ある日先生のお話の中で、「真剣な眼差をもって接すれば、動物、たとえば虎にもこちらの意志(この場合殺気とでもいいましょうか)は通ずるものだ」ということを伺いました。 聞いた私は早速、弁当持参で西武池袋線に乗って豊島園へ向かいました。 虎を<見る>ためです。 そうして1日中、檻の前に陣取って虎を眺めておりました。 動物園に遊びにきた小供達や周りの人々がどのような目で私を見ていたかは、知る由もありません。 ただ、「大山先生がいわれたことはなるほど正しい」という感触だけはおぼろ気ながら掴んで帰ることができたのは、大きな収穫でした。 これは、大学2,3年の頃の話です。
 「目は口ほどにものをいう」という諺もあるくらいです。 虎の話からヒントを得て、私は便所の中にも、その壁の両側に人間の"目"を描いておきました。 そして用を足すあいだ、左、右と、それを凝視するわけです。
 また、やはりトイレの中に砂箱をつくり、その中に大中小の砂利を入れておき、用を足して出るまで指でそれを突き、貫手の練習をするといったようなこともやりました。 部屋の中にはゴム輪が吊されており、それに目を描いておき目突きの練習。 柱があると、部屋に入るときは右の拳で叩く、出るときは左で突くといった事など……。 これは自分の家であったからできたようなもので、少し気障な表現になりますが、「生活の中に空手があり、空手の中に生活があった」といったような毎日でした。

3本貫手.jpg
3本指貫手での実演

今の行動が次へのステップに

 「コーヒーを一枚飲む時間があったら、道場に来て稽古をしなさい」 「またコーヒーを飲むお金があったら、卵や牛乳を買って食べて飲んで、栄養をつけなさい」、口癖のように先生はこういわれました。 お陰で私は、麻雀を覚えることもなく学生生活を送ることができましたが、修業のためとはいえ、そうした生活にまったく疑念がなかったわけではありません。 高校の頃にはラグビーもやっておりましたので、放課後2時間ばかりラグビーで汗を流し、それから道場へ駆けて行く。 道場は道場でハードなトレーニングが待っている。 稽古が終わって帰宅すると、食事をすませて倒れるようにして寝込んだものですが、「なんで俺はこんなことをしなければならないのか」と、疑いを持ったこともしばしばでした。

岡田博文4.jpg

 しかし、こうして実際に社会に出てみますと、先生の教えをはじめとして大山道場時代に培ったものは、なんらかの形で自分の血となり肉となっています。
 「千日の稽古をもって初心とせよ」という先生は、われわれ道場生に対しとても厳しい反面、熱心に稽古する者に対しては情熱をもって指導に当たられていたようです。 武道にしても、スポーツにしても、あらゆる分野で一つのことを継続してやり、初心を失わず最後まで何かを成し遂げるということは、決して容易ではありません。 生意気なことをいうようですが、それらを黙々と集中して"行う"というプロセスの中に、空手をやっていく真の意義が秘められているのかもしれません。
 こういう私も、仕事の都合から道場からは幾久しく離れてしまいましたが……。 現在年1回行われている大会などをテレビで拝見していますと、技術的なものをはじめとしていろいろな面で、出場選手は相当レベルアップしているように思われます。 私は後輩諸氏にこれといったメッセージも持ち合わせませんが、次のようなことはいえると思います。
 それは、ある一つのものを成し遂げたという自信が、次への"ステップ"として大きな自信に繋がるということです。 与えられて仕方なしにやるといったことではなく、主体性を持って毎日の稽古に精進されることを願ってやみません。 最後に大山先生のますますのご活躍をお祈りして、拙い文の結びといたします。


 という事で、大山道場の強豪、岡田博文先生でした。
 さて、実はここまでのパートは先週日曜に書き上がってたんですが、いつもの巻末コーナーに書くネタを漁ってたら6日間経ってしまいました。
 岡田先生が後の後輩たちの間で知られる様になったのは、多分廬山初雄先生の「生涯の空手道」ですかね。 岡田先生についてこの様に書かれたのが切っ掛けかと思います。

 私が入門してすぐ昇級、昇段審査が行われたが、この時の岡田博文先輩の組手は今でも私の脳裏に深く刻み込まれている。 当時、初心者であった私も、その時の組手を見て、空手とは何か、組手とは何かを深く認識させられた。 本当に絵のように美しく、龍虎の闘いのように厳しい組手に、ただ呆然とするだけであった。 相手は中村忠先輩だったと思う。
 お互いに静かに構えながら、猛獣がにらみ合うがことくゆっくり円を描きながら進み、手が合った刹那どちらからともなく電光のような攻撃を繰り返しすぐ離れる、と同時にゆっくり円周を進む、という具合に展開され、まさに名人戦そのものであった。 岡田先輩、二段の頃である。

岡田博文6.jpg

 この岡田先輩、身体は大して大きくはないが、非常に均整のとれた身体つきをしており、空手の技は実に絵に描いたように見事である。 当時、大山道場では、色帯ともなると大抵基本、型など非常にうまいものであるが、さすが岡田先輩の右に出る者はいないと言われるほど、決まっているのであった。 そのスピード、正確さには目を見張らさせられた。 今でもいろいろな空手大会の組手を見たり、組手の模範演技を頼まれたりすると、いつも思い出すのはこの岡田先輩の組手である。


 後年廬山先生が書かれた「新大山道場 極真館の夜明け」でも岡田先生の事は詳細に書かれており、こちらでもベタ褒めでした。 また、廬山先生に初めて空手の恐ろしさを教えたのも岡田先生だそうですw
 ちなみに廬山先生とほぼ同期の神村榮一先生や松永秀夫先生もその対談の中で、岡田先生をこう称してました。

――神村さんが印象に残っている先輩は?
神村 岡田先輩。 空手らしいというのが、とにかくカッコよかった。 『What is Karate?』を見てもかっこいいじゃん。 筋肉もビシっとしてるし、バーベルも凄いのを上げてたんだよね。
(中略)
松永 子供ってそうだよね。 色々な人の組手を見て「うわー、凄いなあ」というのが今でも印象に残っているんだよな。 ああいう自分になりたい、というのはあったよ。

 という風に、大山道場の末期頃に入門された方にとっては大変印象に残る空手をされていた様です。 ちなみに"What is Karate?"と発言されていますが、"This is Karate"の方ですねw
 松永先生は当時見た岡田先生と中村忠先生の組手の再現を誌面に紹介した事もあります。

再現組手.jpg
岡田博文VS中村忠の再現

 実際に2人が組手をされている写真というのは、私は1枚しか知りませんので、非常に興味がありますね(※一緒に組手のモデルをしてる写真は沢山あります)。
 現在、岡田先生は埼玉県比企郡にて総合空手道 練誠塾を立ち上げ、2011年に塾長を退き、相談役会長を務めています。
 …そう言えば、前に見た映画「みなさん、さようなら」でもボール紙のお面に貫手やってたなぁ…まぁ、私もやりましたけどw

あぁ、それと大沢食堂閉店ですが、当ブログ常連様によりますと、御子息が運営するレストランになるらしいとの事。 極辛は無いと思いますが、機会があればこちらにも顔を出してみたいと思います。
今回はここまで、それではまた。

 

参考文献:
Masutatsu Oyama, What is Karate? Revised edition, Tokyo-News Co., 1959
Masutatsu Oyama, This is Karate, Japan Publications Trading Company, 1965
月刊パワー空手 1983年8月号 パワー空手出版社 1983年
生涯の空手道 廬山初雄著 スポーツライフ社 1980年
甦る伝説「大山道場」読本 ゴング格闘技特別編集 日本スポーツ出版社 2000年
新大山道場 極真館の夜明け 廬山初雄/廣重毅共著 桜の花出版 2003年
KURO-OBI 第2号 BABジャパン 2012年


関連リンク:
総合空手道 練誠塾  (2013/06/01)
【ニュース】伝説の格闘家が作る、極辛カレーの大沢食堂が40年の歴史に幕  (2013/06/01)







東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





コメント
関係ありませんが、激辛カレー食べたかったです。
  • やいや
  • 2013/06/01 11:37 PM
 いつも楽しみに読ませて頂いております。

 大沢食堂が閉店してしまったのですか!?
 残念!!!です。
 7年前に一回だけ行きましたが、小さな醤油皿によそわれた極辛カレーを食べ終わるのに30分かかったものでした。
 大沢さんの気さくな話しぶりが印象深かったですね。
 今後はどこに行けば会えるのでしょうか?

 岡田先生については今までどんな方だったのか全く知りませんでしたが、この瓶切りの演武の写真はどこかで見た記憶があります。この方だったのですね。

 いつも貴重なお話を有難うございます。
  • 2013/06/02 10:18 AM
>やいやさん
私は結局中辛までしか食べませんでしたw
辛いのは割と平気な方なんですけど、一定以上の辛い物を食うと、翌日のトイレが辛くって、ここ何年かあまりチャレンジ精神を発揮してませんw

>風さん
5月半ば頃から閉店するって話を聞いてたんですが、ルーが無くなったら、と言う事で30日"引退"された様です。
10カウントは無かった模様。
今後ですが、どうするのかはどなたにも言ってないみたいですね。 ただ、関連リンクに貼ったニュースによれば、
「日本のどこかにいるよ。ちっちゃいから誰にもみつかんないよ(笑)」
という事でしたw

岡田先生は"This is karate"(邦訳「秘伝極真空手」の古いバージョン)にてモデルとして大活躍してますが、認知されていない方も多かったかと思います。
  • Leo
  • 2013/06/02 11:05 AM
いつかは行ってみたいと思っていた大沢食堂の閉店ニュース、ショックです。一週間前なら上京してたので最後のチャンスに行けばよかった・・・後悔先に立たずですね(涙)
>古流修行者さん

あぁ、心中お察しします。
私も屯の時、行っとけば良かったと思いましたし。
  • Leo
  • 2013/06/02 4:42 PM
 え? 屯も閉店されたのですか? それはいつ頃に。
 残念です。先日「痛快無比、芦原秀幸読本」を読んで、次の帰国時には是非!と思っていたところでしたのに。 遅かったです(涙)
  • 2013/06/05 7:14 AM
芦原先生と行った吉野家はまだあります(笑)
  • やいや
  • 2013/06/05 9:57 AM
はじめまして。いつも楽しく拝見しています。

今から40年ほど前に 自宅の近くに 大山道場の会員募集の看板(鉄で出来ていたんですよ。当時でも錆びやキズがすごかったです。)がありました。

詳細は 記憶にないのですが

少林流、昭霊流、地極拳を合わせた空手

と言う キャッチ・コピーは 覚えています。
  • 拳心
  • 2013/06/06 5:02 PM
すみません! ミスタイプしました。

「少林流、昭霊流、地極拳を合わせた空手」

ではなく

「少林流、昭霊流、太極拳を合わせた空手」

でした。上段にこの文章があり その下に大きな文字で

空手大山道場 と書いてあったのを覚えています。

  • 拳心
  • 2013/06/06 5:06 PM
拳心様。松濤館に剛柔流に太気拳ということでは。
  • やいや
  • 2013/06/06 11:31 PM
>風さん
確か屯は6〜7年前に閉店したかと。

>拳心さん
どもです。
こちらのトップの画像の看板ですよね。
http://blogs.masoyama.net/?eid=212
あの看板は鉄だったんですねぇ。
読み取れる範囲だと、こういう文章ですかね。

入會随時
・老若男女 初心者歓迎
・○○少林昭霊流
・○○(判読不可)太極拳
・○○(判読不可)
大山道場
・ボデービル 出来ます
・女子○○(判読不可)
・○○(判読不可)
師範 大山倍達

>やいやさん
松濤館は首里手を源流としており、首里手はかつて、昭林流(少林)とも呼ばれていました。 そして、剛柔流の源流である那覇手は、昭霊流とも呼ばれていました。
つまり、松濤館と剛柔流と書いてある訳です。
で、看板を見ると、「気」では無く、「極」とありますので、太極拳だと読み取れます。
  • Leo
  • 2013/06/07 12:24 AM
自分の地元は 豊島区の隣接区です。大山道場に掲

げられていたではなくて 近所の塀に貼り付けてあ

りました。当時 空手を習っていたので覚えている

のですが、 曖昧な部分もあるかも知れません。

前述の通り 40年程前の事でしたが その当時で

もうボロボロだったのです。 既に極真会になった

後なのに 大山道場の看板が未だ残っているんだと

思った記憶があります。

地方に行くと ホーローで出来た古い看板がありま

すが あの手の形態で鉄製でした。 錆び、キズ、

塗装(?)のはがれがあって 状態は良くなかった

です。 
  • 拳心
  • 2013/06/07 10:18 AM
>拳心さん

あぁ、昔あった風な看板なんですか。
それは是非見たかったです。
しかし…鉄製って結構高そうな…。
そんないくつも作れなかったでしょうし、塀にあったという事は、看板を貼ってある家は門下生か支援者の家だったんですかねぇ。
  • Leo
  • 2013/06/13 11:19 PM
http://www.youtube.com/watch?v=eKS7HVIe29w ←このYouTubeインタヴューでかつて極真にいたジョンブルミン氏が大山総裁の牛殺しの嘘(事前に角を黒崎氏が折っていた、大山総裁はすべて御存知で、極真を有名にするためだといっていた、黒崎氏はブルミン氏をビビっていた、大山総裁は病室で死んだのではなく暴力団の陰謀で殺された等)と言っている。真実はどうなんでしょうね。
  • 目撃者は語る
  • 2013/06/14 7:48 PM
>目撃者は語るさん

前にコメント欄で話題になった話ですが、基本的に野心の強いブルミン先生の一人語りはあまり信用していません。
オランダ帰国後はどの流派の権限でか知りませんけど、紅白帯を巻いてましたしw
大山道場の同期であるビル・バッカス先生に反論されたりしてますから、その信憑性も疑問ですね。

ちなみに渡邊一久先生はご自身のブログ(http://ameblo.jp/watanabekyokushin/entry-11516293460.html#cbox)でブルミン先生についてこう語っておられます。

「また彼は稽古に参加したというより、お客さんとして来ていました。なので自由組手はやっていませんでしたよ。稽古前に道場におじゃまするという程度です。」

大体、散々貶しておきながら、「極真武道会」と立ち上げるのは如何なものかとw
  • Leo
  • 2013/06/15 2:54 PM
私は空手には縁が有りませんが合気道です岡田さんとは長いこと仕事を通しての御付き合いが長く最初は空手の達人とは知らず周りから聞きビックリした次第です有る時やや大きめの石を割ったのを記憶してます引退して何十年もたった後のことですがネットで調べて元気でやられている事が分り安心してます・
  • アキラ アキモト
  • 2017/02/20 4:50 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック