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大山倍達マニアック検定

ある日の極真会館 22(現代カラテマガジン 1974年3月号)

JUGEMテーマ:空手
 

現代カラテマガジン1974_3_1.jpg

 昨日は大山倍達総裁の20周忌という事で、色々と各派イベントがありました。 今日やってる所もありますが、皆さんはどうお過ごしでしょうか。
 しかし当ブログでは奇しくもその20年前…つまりは40年前のお話を書いたりしてる訳で。
 という事で今回はですね、「現代カラテマガジン」の1974年3月号を紹介してみます。



巻頭特集
 〈写真ニュース〉
 極真の星をめざして
 ――本部昇級審査会


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回三回行われる極真会館総本部道場の定例昇級審査会は、明日の黒帯をめざす若き空手マンにとって、是非とも突破しなければならぬ登竜門である。
審査の内容は、まず冒頭の筆記試験に続き、基本審査――突き、受け、蹴りの中から審査委員の指示でその幾つかをこなすと、次は移動稽古。 これは級が上がるほど複雑な連続技を要求される。
型の審査は数名ずつが号令に合わせ、または無号令で太極、平安、安三などを順次演じてゆく。 そしてこれが終ると、引続きスピードとパワーの審査である。 バーベル、腕立て、逆立ち、ボール蹴りと全員はそれぞれ厳正なチェックを受ける。 そして、締め括りが組手審査――と、要するに、日頃の稽古と全く同じことを指示通りに行えばよいのだが、緊張感から思わぬ凡ミスを仕出かす者も少なくない。 気落ちして道場から遠ざかる者もいる――だがしかし、その失敗の経験を次の稽古、次の審査会に活かそうとする努力こそが、その人間の更なる飛躍を約束するのだということを忘れてはならない。


現代カラテマガジン1974_3_3.jpg

巻頭言
大山空手
    スクールの充実

 文:梶原一騎

 世界の極真空手の国内における若い底辺づくり、その拡大という大山館長のあくなき前向きの姿勢に不肖私も微力を捧げて発足したところの通教部門マス・大山空手スクールも、開設二周年を迎え、大山校長はじめ関係者の尽力によって、ようやく軌道に乗ってきた。
(中略)
 都心(国電・渋谷駅前)のことゆえ、いささか手狭な難点はやむを得ぬが、指導員だけは前日本チャンピオン(本年度二位)の山崎二段、これに本部から真樹三段を迎えて一級品、極真会渋谷支部としても公認された。 大山先生もよく見えられる。

組手の心得 3
 文:大山倍達

 では、組手の場合には、どこを見ればよいか。 目は相手の手や足や、目にこだわらず、なるべく広く、遠くを見る気持で相手と対するのである。 例えば、相手が右足を蹴って攻めてくるとする、これを凝視してしまうと、かえって、この右足に気をとられ過ぎて、これをまともに受けてしまうのが精一杯の体勢になり、相手が次にくり出す攻めを喰ってしまう。 これは、相手の右足を見過ぎて、それにとらわれ過ぎ、当然相手が次にくり出す攻めを忘れてしまって心も体もその用意が出来ていなかったから起るのである。
(中略)
 空手の組手の場合、技を行なう相手と自分との適切な間合とは、互に一進一退の動作で、有効な攻めや受けができる間隔を指す。 勿論、間合は、相手があっての間合であり、自分だけが一方的にそれを設けることは無意味である。 かりに相手も自分も、各々勝手な間合を設けるとしたら、大きい体の人の一進一退の距離間隔の間合と、小さい人の距離間隔の間合とはおのずから異なるはずであるから、当然、おたがいの間合いに差異が生じることになる。 したがって、自分では適切な間合を相手に対してとっていると思っていても、相手の攻撃範囲のなかに入り過ぎたり、あるいは、バカに離れ過ぎていたのではこの間合は無用になってしまうことがある。 故に間合は相手に応じて、決めるべきである。

拳法夜話 其乃参
 太極拳の話
 文:臥竜人(空手評論家)

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赤軍用心棒 〈第15回〉
 原作:真樹日佐夫 画:制野秀一

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連載小説 青春賭博(22)
 文:高森真土

"7人のサムライ"
    アメリカ武者修行の途へ!

 国内トピックス

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われらの極真会館が誇る七人の強豪――添野義二二段(埼玉支部長)、佐藤勝昭三段(本部指導員・第三回オープントーナメント大会チャンピオン)、西田幸夫二段(本部指導員)、岸伸行三段(同)、佐藤俊和(秋田支部真壁道場)、二宮城光初段(愛媛支部芦原道場)、そして団長格の郷田勇三三段(本部指導員)らアメリカ派遣団一行は、建国記念日の二月十一日午前、大山倍達館長以下の盛大な見送りをうけ、日航ジャンボ機で羽田を飛び立った。

 城山に鍛える!!
    ――大躍進、四国極真会館――


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旺盛な支部活動と有力新人の輩出で知られる四国極真会館(本部長・芦原英幸師範)に、昨年十二月一日、また一つあらたな支部が誕生した。 松山商科大学空手道部――伊藤隆久主将以下四十名の部員は、初めて知った極真会館空手のすばらしさに目を輝かせ、連日の猛稽古にいそしんでいる。 時には、大学支部の先輩格・愛媛大学空手道部(四十八年四月入会・山田重明主将以下部員四十七名)、それに四国極真会館松山道場も参加して松山市内をランニングしたり、近くの城山で合同稽古に汗を流したり、芦原師範の厳しい指導のもとに充実した日々を送っている。

誌上カラテ道場(19)
極真会館 黒帯研究会 指導
■応用編 高度な移動稽古

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空手バカ一代 (22)
 文:梶原一騎

 
 という事で、「現代カラテマガジン」1974年3月号でした。
 さて、ようやく世界大会が近付いて来ている感がありますね。
 手持ちの資料だと、第2回全日本の開催告知の時には第3回を前哨戦として、72年開催予定となっていましたから、それから2年を要する事になる訳です。 んで、実は74年に日本武道館で開催する予定でした。
 こうやって極真の歩みを振り返ると懐かしみも、驚きも色々あるかも知れません。 大山倍達総裁没後20年を経過して、このブログで行っている事にも意義が出て来たとしたら良いですねぇ。
 それでは、また。


参考文献:
現代カラテマガジン 1974年3月号 現代カラテマガジン社 1974年











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コメント
昇級審査の組手写真、
過去の本部道場組手はあんな感じでした…。
自らの過去は後悔しませんが
もう一度同じ事をやれと言われたら
即刻辞退します(苦笑)。
夢を追いかける気持ちは純粋で
かつ強いものですね。
  • tama
  • 2014/04/27 9:08 PM
四国極真会館、本部長という記述
もうすでに半独立組織のような雰囲気をかもし出していますねえ
なにやら感慨深いです
  • hide
  • 2014/04/28 3:46 PM
私が白帯の頃のマガジンです。あの当時の組手は、神前に向かって右手の鏡の前に1人と、左後方の鏡の前に1人づつ立って組手の時にぶつかりそうになると押し出す役目があり、よくやりました。また、組手をやりたくない時は白帯の後ろの方に並んだものです。指導員によっては白帯の中でも古参と新入りをすぐ見極める先輩がいて、見つかった時は一番前に移動させられた事がありますね。「参りました」で攻撃を止めてくれる先輩は半分位の比率だったと思います。
  • 名誉五段
  • 2014/04/28 3:50 PM
>tamaさん&名誉五段さん

この頃の本部指導員は郷田先生を筆頭に、廬山初雄、佐藤勝昭、西田幸夫、岸伸行、東谷巧、鈴木浩平、大石代悟先生ですか?

誰が一番恐かったんでしょう?
…やっぱり大石先生なのかなw


>hideさん

半独立というか、初期の支部道場なので、裁量権が今より広かったんだと思います。
本部長と言っても、愛媛の他は、徳島しか支部がありませんでしたしねw
今後増えていく上で、全部本部で管理するのか、ブロック単位にするのか、その辺りもまだ整備されてなかったんじゃないでしょうか。
ちなみに、当時の支部はこんなもんでした。 四国が西日本の橋頭堡だった訳ですね。

芦原道場(愛媛県)
添野道場(埼玉県)
長谷川道場(徳島県)
松島道場(群馬県)
関川道場(新潟県)
磯部道場(福井県)
真壁道場(秋田県)
高木道場(北海道)
  • Leo
  • 2014/04/29 8:28 PM
>誰が一番恐かったんでしょう?
…やっぱり大石先生なのかなw

それは盧山先輩ですよ。大石先輩は態度の悪い者には手厳しかったです。でも黒帯の先輩は意地悪な面はありませんでした。色帯の先輩がたまらなかったですね。そう、やはり黄色から緑帯あたりの先輩がバシバシ当てて来ましたね。一度それが大山先生に見つかって指導していた黒帯と当てた色帯がものすごく怒られていました。

大山先生いわく、「長く空手やってる方が強いの当たり前だよ。上の者が下の者当ててはダメだよ!」
  • 名誉五段
  • 2014/04/29 11:48 PM
>名誉五段さん

ありがとうございます。
色帯の生徒だと、生存競争の過程にあるから、結構厳しかったんですかね。

90年代の途中からはシンガードとか付けてないと組手させません、みたいにソフトになっていましたけどw
  • Leo
  • 2014/05/03 10:26 AM
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