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大山倍達マニアック検定

【レビュー?】スコット・M・ビークマン著「リングサイド」(2008年)

JUGEMテーマ:格闘技全般
 


 さて、今回はスコット・M・ビークマン著「リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実」を紹介します。
 本書は2006年、オハイオ大学…州立大学かな? で歴史学の客員准教授を務めていた頃にビークマン氏が書いた本だそうです。

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 歴史学者によるプロレス本という事で、割と物事をマクロに捉えており、アメリカンプロレスの総論として、非常に良く出来てます。 残念なのは…まぁ、准教授が書いているので、原著には確実にあるかと思いますが、参考文献もインデックスも載ってないという事。
 これね、翻訳本を出す人は必ず付けて欲しいです。 日本ではぞんざいに扱われてますし、当ブログは参考資料は一切明示してるとは言え、引用箇所の掲載元までは特定してないんですが、これは世界的には通用しません。 こういうのって学校でやらないんですかね? 参照元くらいは示しておいた方がいいと思うんですけど。




 と、本書に行きましょうか。 筆者は冒頭でこの様に書いています。

 プロレスはあまりリスペクトされていない。
 (中略)
 …プロレスは、まともに取り合ってさえもらえないのだ。
 わずかに、固い意志を持った者たちだけが、けなされてばかりの、この鬼っ子的スポーツを研究しているが、そのアプローチの仕方はたぶんに及び腰だ。 プロレス研究者はみな一様にに、科学実験でもしているかのようにプロレスを扱う。 そしてプロレスをばらばらに分解し、ある一面だけを取りあげ、ブルーカラーのカタルシスだ、マッチョさや男性性の象徴だ、いや性差問題だ、と決めつけようとしている。 こうしたよそよそしいアプローチは、プロレスを野蛮で低級なものだとみなす、世間の考え方の反映に思われてならない。
 スポーツや大衆文化に関する研究が、ますます社会的評価とステータスを得るようになってきたアカデミズムにおいてさえ、プロレス研究はなんとなくうさん臭く見られている。 最近は何を研究しているのか、と人に問われ、じっと凝視されることにもすっかり慣れた。面白いのは、この研究テーマについて意見を述べてくれた同僚全員が、プロレスにまつわる個人的体験を語ってくれた点だ。 おカタいと思われている大学人にさえ、プロレス番組を見て過ごした土曜日の朝という過去があるのだとしたら、プロレスは歴史学者の研究対象になってしかるべきだろう。 こうしたわけで、百五十年どころではない長い歴史を持つレスリングを、みじめな境遇から救うべく、私は文字として残された歴史をひもとき、当然受けるべき評価を与えたいと思い立った。


 それでは、目次。

            目 次
    はじめに
    1 ルーツ
    2 カーニバル・レスラー
    3 キャッチ・アズ・キャッチ・キャン時代
    4 だまし技
    5 ギミック、そしてテレビ
    6 そのまま待て
    7 ビンス・マクマホン時代
    エピローグ
        訳者あとがき


 本書はまずエジプトやメソポタミア文化の中のレスリングから始まり17世紀にイギリスでスポーツとしての体裁が整う辺りを紹介します。 そして、その内アメリカにおいてレスリングは広まり始めます。

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エジプトのレスリング壁画

 最初に貢献したのはどうやら初代大統領のジョージ・ワシントン。 ワシントンは独立戦争中に「気分転換のための身体的鍛錬」としてレスリングを奨励したそうです。 しかし北部では下劣なものとして中々広まらず、南部や西部周辺では乱闘を意味するというレスリングスタイル「ラフ・アンド・タンブル」が流行。 これは「目玉えぐり」とも呼ばれ、制限が無く、一方が降参するか、動けなくなるまで試合は終わらなかったそうです。 後にこれが改良され、目への攻撃、噛み付き、打撃が禁止されたのがアメリカンスタイルのキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの基礎になったと筆者は位置付けています。
 このスタイルは後に大統領となるザカリー・テイラーやエイブラハム・リンカーンも選手として行っており、特に南北戦争で奴隷を解放した大統領として知られる第16代大統領のリンカーンは1831年、イリノイ州で地元の力自慢ジャック・アームストロングと対戦し、地元のリーダーとなって政治家への道を切り開いたそうです。 武勇に優れたリーダーが大統領に選出された、というのは実にアメリカらしいですw

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リンカーンとアームストロングの試合

 19世紀になると、身体的健康増進という考え方が広まり――これは海外で柔道や柔術が流行った理由の1つでもあるんですが、レスリングも広まる様になります。 アイルランド系移民が伝統的なアイリッシュ・レスリングに色々アレンジを重ね、柔道にも似たジャケットを着たレスリングスタイル、「カラー・アンド・エルボー」を広める訳ですね。 カラーつまり、襟とエルボー…肘の事ですが、ジャケットが肘までしか無かったので袖、と言い換えてもいいでしょう。 ここを掴んで投げ合ったりするレスリングが代表的なアメリカンレスリングになります。
 アメリカスポーツ史では有名人となる「ポリス・ガゼット」誌のオーナー、リチャード・フォックスが1870年代にレスリングを誌面で扱う様になると、毎週100万人近くに読まれる様になります。 こうして全国的に有名なレスラーというのも誕生し、職業としてのレスリングで飯を食って行くレスラーが増える訳ですね。 フォックスはレスリングのトーナメントにも出資し、ジェームス・マクラフリンに授与されたダイヤモンド付のベルトこそがチャンピオンベルトの始まりだそうです。
 ちなみに、ここまで書いてまだ全体の5分の1程度ですw

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ウィリアム・マルドゥーン

 紳士として知られたレスリング界の英雄、ウィリアム・マルドゥーンとその全盛期に流行ったグレコ・ローマンは大男がじっくりと闘うという事で次第に即応性を求めるアメリカ人気質から飽きられていく過程も面白いのですが、この紳士マルドゥーンが各地を巡業して八百長を始めたというのが面白いところです。 そのやり口もまた興味深い。 こんな感じ。

1)先に巡業予定地に弟子を送り込み、地元の強豪と闘わせて名を挙げさせる。
2)マルドゥーンが巡業地に訪れて、地元の英雄となった弟子と対戦する。

 この手法が次第に洗練され、まず年老いたレスラーでも闘える様に時間制限を設けるところから始まります。
 スピーディさが売りのキャッチ・アズ・キャッチ・キャンが流行ると、関節技への理解が深まる様になり、即効性のある極め技を得意とするレスラーは「だまし屋」(フッカー)と呼ばれるようになります。 …引っ掛ける方のフックが由来かと思ってたら、騙して引っ掛ける方のフックから来てたんですねぇ。 この1900年代前後のプロモーターはマルドゥーンの手法をアレンジして、1人を「インサイドマン」としてカーニバルのチャンピオンとし、飛び入りを受け付け、もう1人を「アウトサイドマン」としてさくらにし、チャンピオンに挑ませたりします。 客から金を取る為に盛り上げる為の方策を色々行っていたという事ですね。

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当時の巡業の1シーン

 無論、この頃のレスラーは実力あってこそ、でした。しかし世界ヘビー級チャンピオン、フランク・ゴッチが後継者を選ばずタイトルを返上して引退した時、アメリカには自称世界チャンピオンが乱立する事になります。この為プロレス人気が急低下。 シカゴの大物プロモーター、ジャック・カーリーはこれはイカンと、レスリングのルール変更に着手。 時間制限や判定などを導入し、プロモーター同士で結託していかさまをやり過ぎ無い様に制限、レスリング界を、そして観客をコントロールし始めます。

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フランク・ゴッチとジョージ・ハッケンシュミット

 しかし、プロモーター間での主導権争いや潰し合いが非常に興味深い。集合離散は世の常としても、裏切りが横行し、いかに「自分たちのチャンピオン」をキープするか…、当時はベルトこそが錦の御旗だったんですね。
 ここで活躍するのが、2代目エド・"ストラングラー"・ルイス、ビリー・サンドー、ジョー・"トゥーツ"・モントの3人。 この3人はシナリオを開発します。 観客を喜ばせる試合展開や終わり方。 時には場外での時間切れ、反則による終了など、純粋な勝敗以外の手段を取り入れ、ルイスの挑戦者になるレスラーは前評判を作り上げ、タイトルマッチへの期待を煽らせます。 しかしこの蜜月は長くは続かず、カーリーと密かに組んでいたスタニスラウス・ズビスコが裏切ってタイトルを奪い、ベルトを持ってカーリーの元へ流出させ、トリオは瓦解。

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エド・"ストラングラー"・ルイス

 プロレス界は再びプロモーターの手に戻ります。 そして、トラストという連合をプロレス界を牛耳り、「ポリスマン」と呼ばれる潰し屋を育ててトラストに反抗するレスラーを潰したり取り込んで行きます。
 しかし、ここでまた業界は二手に分裂。 より人気のあるレスラーを持った方が業界を制する、として新たなレスラー像を求める様になります。

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ガス・ソーネンバーグとジム・ロンドス

 "黄金のギリシャ人"と呼ばれ、特に女性から絶大的な人気を誇ったジム・ロンドス、フットボール界のエリート、ガス・ソーネンバーグといったレスリング技量よりもカリスマ性を持った人気レスラー…この使い道にプロモーターは気付きます。 こうしたところから、対立軸を作って盛り上げる方式、ベビー・フェイス(善玉)とヒール(悪党)を分けて煽る様になる訳です。
 しかし1930年代半ばになると再びプロレス人気は落ち込み、ここでギミックレスラーが誕生します。 ルックスの良いレスラーでは無く、フリーク(化け物)と呼ばれるレスラー達がそうです。

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雪の上で闘うギミック・マッチ

 代表的なのは"フレンチ・エンジェル"モーリス・ティレでしょう。 末端巨大症を煩っていたティレは容姿が奇怪であり、それを見たさに多くの観客が訪れたそうです。 見世物小屋みたいなものかな。 同時期はギミック・マッチも多く生まれた様です。 所謂泥レスもこの頃に誕生、そして人間対動物など。

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レスリング・ベア

 この時期に誕生して現在でも盛んに行われているのは、タッグマッチでしょう。 当初はオーストラリアン・タッグマッチと呼ばれていましたが、この方式のメリットは色々あり、試合に多様性が生まれ、悪役が使えば2倍にも4倍にも悪辣な試合展開を演出出来ます。 また、1人のレスラーへの負担が軽減されるので、日本でも地方とかシングルよりもタッグの方が多かった記憶がありますね。

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インディアン・ギミックのタッグチーム

 1945年、まだコンテンツの不足していたテレビ局でプロレス番組を放送し始めると、プロレス界に大きな変化を与えます。 特に女性には大きく訴求した様で、1950年には視聴者の60%が女性だったそうです。
 そして遂にテレビを最大限に活用したレスラーが誕生、後のヒールに多くの影響を与えた、ゴージャス・ジョージの事です。 このレスラーは今もかな、道徳的に批判されるゲイを想起させるレスラーを演じる為、髪を染めます。 傲慢でキザな男、相手をとことん罵倒して、ファンの憎悪を煽り、入場など、試合前にも凝った演出を行ったんですね。 前にも書きましたがグレート東郷はこの演出をコピーして民族的憎悪を煽っていたので、"東洋のゴージャス・ジョージ"と書いた新聞もあったくらいです。

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ゴージャス・ジョージとグレート東郷の試合広告

 こうしてタイトルを狙うだけがレスラーじゃないという生き方が生まれます。 しかし日本でプロレスがブームとなる1950年代半ばは、アメリカではプロレス人気が急降下、また業界が分裂し始めます。
 この後、模範的なチャンピオンで有り続けたルー・テーズや、ビンス・マクマホンのWWWF(現在のWWE)やジム・クロケットJrのジョージア・チャンピオンシップ・プロ(後のWCW)との確執、ハルク・ホーガンの台頭からディーバに代表されるアダルト路線、会社全体を使い社長一家を最大限に活用したシナリオなど、実に多くのエピソードが綴られます。 いや、ホント書き切れないんです。 なので、メッチャ要約したアメリカプロレス史はここで筆を置きましょう。 続きは本書で!

 日本のプロレスは真剣勝負を銘打っており、基本的には海外で行われた方式の後追いですので、全体として日本独自の方向性というのは…恐らくアントニオ猪木により異種格闘技路線まではありませんでした。 強いて言えば、当初は敗戦国の日本人が、ほんの2年前までは占領国として君臨していたアメリカ人を叩きのめすという、「強い日本人」路線でしょうか。 まぁでもこれもアメリカでは通った道かも。
 しかし、アメリカにおけるプロレスというのは、文化でありメディア論であり社会史でもあります。 テレビ文化の始まりと共に歩んだ日本のプロレスと異なり、テレビ時代の寵児となる以前までの膨大な歴史がある訳です。 こういったところを余す事無く展開したのが本書、という事になるでしょうか。 大体1800年代半ばから2000年辺りまでのおよそ150年をカバーしている為か、ちょっと散文的なところもありますけど、本場アメリカンプロレスを知る上では重要な本じゃないかなぁ。
 興味ある方にはオススメです。


 という事でスコット・M・ビークマン著「リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実」でした。
 いやー本書はアメリカにおける大山倍達総裁の足跡を辿る上で非常に勉強になりました。 プロモータとレスラーの関係や1950年代のプロレスの様相等々。
 特定のトピックに合わせた歴史だとしても、やはり世相とは切り離せない訳で、社会情勢を勘案しながら理解するべきですから、こういう総論的な本は本当に助かります。
 原典を探り難いのが最大の欠点ですし、ビークマン史観というのもあるでしょうから、そういう意味では多少のフィルターは掛かっているんでしょうし、反論ある方もいるでしょうけどねw
 後、本書では普通にプロレスに作りのある試合の事を書いてますw なので、人によっては不快かも知れませんね。
80〜90年代のプロレスを好きで見てた私は特に気にしませんけどね。 やっぱりプロレスの最大の魅力はプロレスラーでしょうし、勝負論とかよりも楽しめる部分は多くあるでしょう。 かつて大山総裁は「闘うところに男のロマンがあるんだよ!」と力説されていましたが、多分ファンからすると(結局)闘わないところにロマンがあり議論があるのだと思いますw
 プロレスとはその最たるところじゃないでしょうか。 もしアントニオ猪木がジャイアント馬場と闘ったら…とか、もしジャンボ鶴田がノールールで闘ったら…とか。 新日本プロレスと全日本プロレスのファン同士の争いとかそうでしたよね。 実現するまでが華というかw
 今回はここまで。 それでは、また。
 

参考文献:
Cedar Rapids Evening Gazette, 8/26, 1911
Joplin Globe, 9/27,1950
Grame Kent, A PICTORIAL HISTORY OF WRESTLING, Spring Books, 1968
リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実 スコット・M・ビークマン著、 鳥見真生訳 早川書房 2008年

関連リンク:
大山倍達のアメリカ遠征 10 (グレート東郷と遠征の背景)
【レビュー?】大山倍達渡米時のアメリカンプロレスを知る本(1952〜1953年)
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コメント
はじめまして。町田と申します。
こちらの本がちょうど気になっていたのでレビューが参考になりました。原書の参考文献についてはGoogle booksで一部見ることができます。
http://books.google.co.jp/books/about/Ringside.html?id=SzAHxRZtreQC
資料性ということを考えると、こうした部分が翻訳されていないのは残念なことです。
>machida77さん

ありがとうございました。
やっぱりちゃんと原著には資料が載ってて安心しましたw 機会があったら買おうかなぁ。
ブログの方は何度か拝見させて頂いた事があります。
資料性が高いブログでしたので、また度々お邪魔させて頂くかと思います。
  • Leo
  • 2014/07/27 10:34 PM
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