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大山倍達マニアック検定

ある日の極真会22 (近代カラテ 1966年8月号)

JUGEMテーマ:空手
 

 さて、今回はちょっとストックが溜まったので、久々、極真会館初の機関誌「近代カラテ」の1966年8月号を紹介します。

近代カラテ1966_8_1.jpg

 ご存じの方はご存じの通り、以前持ってる分は全部紹介したんですけど、あの後もコツコツと集めてまして、ちょっと溜まったのて、「現代カラテマガジン」と平行してやってきますw

 まぁ、この頃の機関誌は16pしか無いペラペラの機関誌ですし、紹介記事として結構短くなるんじゃないかなぁと書く前に予想してみます。

「今月のことば」
衆議院議院毛利松平
―天露―

近代カラテ1966_8_3.jpg

中国の拳法 =最終回=
日本空手道極真会館館長 大山倍達師範

("This is KARATE"第五章より抜粋)

空手ニュース
◎オランダ黒崎氏より送附の写真
 「或る日漁港ホールダムにて、左側の太った小母さんは小生の恋人なり」

近代カラテ1966_8_4.jpg

◎再三の大山師への招き
 大山倍達館長の海外からの招待は頻繁にあるが、ここ最近はフィリピン、オーストラリア、アフリカ、そしてアメリカからのアプローチが来ている。 演武会や空手指導の招待、大会の最高審判長など、理由は様々だが、全てを実現するのは中々に難しい。

◎米国、バーバンク警察で極真会館空手、採用

 アメリカカリフォルニア州バーバンクで極真空手の道場を開いている警察官のスティーブン・ミカイルは勤務先の警察署に空手の採用を働きかけ、この度採用される事になった。

◎韓国青年同盟空手稽古始まる

近代カラテ1966_8_5.jpg

 韓国青年同盟空手部では極真空手を行う事になった。 稽古始めという事で大山師範と、指導を行う大山茂指導員が赴いて発足となった。

◎東邦医大空手部の近況

  東邦医大空手部では極真空手を行っているが、5月29日、東大七徳堂で関東医連春季大会に参加した。 チーム戦では敗れたが、個人戦では梅田嘉明が2位、優秀選手賞に大橋哲二の東邦医大生が選ばれた。

◎南カリフォルニア新聞に載った大山師範の挿絵

近代カラテ1966_8_2.jpg

 極真会館のカリフォルニア初段をもち新聞社のイラストレーター(さし絵家)センル・ルック氏より南カリフォルニア新聞へのせた絵を送って来た。
 この絵は空手のキング(大山師の事)キングコングを倒すの絵だそうで、中々発想の奇抜さがあって面白いものだ。 意味としては、大山師の鉄の意志を示すものだと言っている。


ある断章 私の道程 第一話
文:日本空手道極真会館館長 大山倍達
 
 大自然は全てに無限であるが人間は有限である。 有限と無限、この両者は合体して自然を成り立たせている。
 その有限の一部に自からも入り込んでおり、自からがあるからひいては自然は今こうあるのだと悟る。
 この宇宙における、自己の意味を悟った時、私は心から武への使命感と、誇りを思い、今迄よりも別の境地への道が開かれたのだと知った。 その道を歩くのはこれからだと。


――この人に聞く――
 小幡功先生


略歴:九州出身、62才、慶応大学卒、全日本空手道連盟理事長、全日本学生空手連盟顧問。
慶応空手研究会と云う、日本草わけの空手発生の場にて、船越義珍師につき深く、修業された。 日本空手界の組織作りに長年費しその成果は大学空手界に早くから現れ、現実日本空手界の統一の場をと、精力的に活動中その清白な歩みは日本空手界に清風を送り込む貴重な存在である。

近代カラテ1966_8_6.jpg

 空手界の統一と言う事ですが、これはね、空手をやる人は大体口にする事なんですが、今迄中々まとまった形では成されなかった。
 私は、空手をする、空手道を歩むことの大前提だけはっきりしているのだからこの意味でお互いが、流派によって我をはったりするのではなく、流は流派として今の処、良いではなてか、それよりも空手をする者同志が和やかに、お互いが良くなっていく為に、又空手道そのものの発展の為に話し合う場を、とに角つくろう。
 つくらなくてはだめだとこう思うのです。 空手道の為、只それだけですね私の思うのは。


空手の生理学2 「眼」
文:東邦医科大学6年 川岡一彦

空手談義――4 ――根性――

高まるタイ式ボクシングへの期待

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 大山師は言う。 「彼等、つまりタイ式ボクシングの選手は彼等流に云うならプレイ、空手流に言うなら技および、試合運びが非常にキレイである。 キレイと言う事は俗にキレイごとという事ではない。 洗練されていると言う事だ。 空手が一つのケリを行う内彼等は二つも三つもケリを入れて来る。 おそらく一部を除いた空手界の人間では彼等に勝てる者はいないと思う。」
 師は極真会館成増支部道場を、タイ式ボクシング専門家養成所にきり替えるべく準備は終っているが先年タイへ行き、現地にてその状況をつぶさに見て、又試合をしてそれこそ体で知って来た。三人の内、成増支部道場責任者黒崎健時五段師範代は、二月よりオランダへ空手指導に渡航中又中村忠四段も、アメリカへ渡って指導中であり、今は人待ちの待機中であるが大山師範の構想の画期的な第一歩は遅くとも今秋中にはふみ出されよう。


空手教室(4) ――急所―― その3最終回

文:中村忠

極真会館告知板

近代カラテ1966_8_8.jpg

 という事で「近代カラテ」1966年8月号でした。
 さて、いくつか解説。
 まずは韓国青年同盟、正確には在日韓国青年同盟というらしいですが、在日韓国人の団体ですね。 日韓基本条約の1年後ですが、この時点ではまだ日本にテコンドーが入って無かったんでしょうね。 まぁ、まだタンスドー(空手)から改称されて間も無い時期でしょうし、外貨の稼げるアメリカと異なり、当時は日本で道場を開くメリットも無かったんだろうなぁ。
 で、大山倍達総裁は民団関係者に請われて大山茂先生を指導員として派遣したんですね。 翌年にはアメリカに指導員として派遣されますので、その後後任で…確かK先生が継いだと記憶してますが、ちょっと不確かなのでイニシャルでw

 そして東邦医大空手部。 ここは中村忠先生が指導に赴いてましたけど、梅田嘉明先生が主将を務めてました。 何故か本誌では「桜田」になってますがw ここは以前少し紹介しましたね。

  んで、大山倍達VSゴリラw これ向こうの新聞に載った記事が読みたいですねぇ。 絵に書いてある文章は以下の通り。
MAS OYAMA KARATE MASTER FIGHTS KONG ... SON OF KONG KATUNGA OF KOMODA
SKETCHED FROM LIVE ACTION OF KOMODA ISLAND BY CECIL COOKE M.V.U.S.A. 65


 マス大山がコモダ島でカトゥンガというゴリラの息子と闘った様子をセシル・クーケが実写化した、とあります。 65年とありますけど、これは描いた年度の事でしょう。
 記事ではフィクション画となっていますが、これが事実なのかどうか? というのは議論の余地がある様に思いますw
 前も少し紹介したと思いますが、実はカトゥンガという雌ゴリラは実在しており、10匹の子供を産んだそうです。 今でもその孫ゴリラがテキサス州のグラディス・ポーター動物園にいるみたいですね。
 そして、ずーっと気になってる"LIVE ACTION"これは実写化を現わす言葉で、実況とかそういう意味合いがあります。 なので、文章をストレートに読むと、実際にあった出来事を絵に起こした、と読めちゃうんですよねぇ。 なので、結構昔にこの記事の存在を教えて貰ったんですけど、未だに可能性についてはアリ、としていますw

 小幡功先生のインタビューも誰がセッティングしたのかちょっと気になるところです。 大山総裁関連なのかな。 元松濤館として繋がりがあったのかも。 小幡先生は、大山総裁の1年後にアメリカ航空爆撃隊が組織した空手と柔道の遠征チームのメンバーとしてアメリカに遠征した人物でもあります。

 そして最後にこれまた何度か参照してますけど、極真が本格的に空手のプロ化を目論んでムエタイに対抗出来る人材を育てようとしていた痕跡が見える記事です。 私なりに統合した話は極真ジムを書いた時に載せましたので、詳しくはそちらをw
 今回はここまで。 それでは、また。

 あぁ、そうだ。 黒崎健時先生の「小生の恋人」ですが、ただの冗談だそうです。 多分そういう趣味は無いでしょうw
 

参考文献::
近代カラテ 1966年8月号 近代カラテ研究所 1966年

参考資料:
空手バカ一代 大山倍達 (LP) ワーナー・パイオニア株式会社 1974年

参考リンク:
Zoo sponsors naming contest for baby gorilla (7/21/2014)

関連リンク:
米軍が見た空手(1948年〜1958年)

幻の極真ジム 1(1969年)
「カラテ群像」4 梅田嘉明 三段(1982年)









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コメント
>小幡功先生

懐かしいです。小幡先生には極真入門前の昭和40年代後半の松濤館流の町道場時代の審査会で出張していただき審査していただきました。拓大系の道場だったので先生がお越しになったのだと思います。この頃の極真はまだ他流派とキグシャクしていなくて良い雰囲気があります。貴重な資料ですね。
  • 名誉五段
  • 2014/07/21 10:07 PM
>名誉五段さん

まだ全空連も極真も全国大会がありませんでしたからね。 正確には全空連下の連合とか学空連には大会がありましたけどw

小幡先生は以前紹介した通り、この後にも「近代カラテ」に登場されますので、割と仲が良かったのかな、という気もしてます。
  • Leo
  • 2014/07/22 12:50 AM
その上、初段を允許された後に小幡先生から年賀状をいただきましたが、これがまた凄い達筆で、「文武両道」だなと当時中学生でしたがしみじみ思いました。
  • 名誉五段
  • 2014/07/22 4:55 PM
アメリカの警察に採用などされてはおらんでしょう、FBIにもです(笑)
  • ヨンドンサリ
  • 2014/07/23 9:13 PM
山崎照朝の弟、山崎照道についても何か教えて下さい。
  • やいや
  • 2014/08/07 1:00 AM
>やいやさん

あんま知らないですw
組手スタイルが兄に似てるというくらいかなぁ。
山崎先生もあまり語らないですよね。
  • Leo
  • 2014/08/10 9:10 PM
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