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大山倍達マニアック検定

大山倍達のアメリカ遠征 5 (1952/6/28〜9/16)

JUGEMテーマ:空手
 今回は予定通り、大山倍達が帰国するまでを追ってみます。

各記事はこちら
大山倍達のアメリカ遠征 1 (1952/04/15)
大山倍達のアメリカ遠征 2 (1952/05/06)
大山倍達のアメリカ遠征 3(番外編)
大山倍達のアメリカ遠征 4(1952/05/10-06/27)
大山倍達のアメリカ遠征 5 (1952/6/28〜9/16)
大山倍達のアメリカ遠征 6 (”ディック・リール”の謎)
大山倍達のアメリカ遠征 7 (ジョージ・ベッカーとの対戦)

大山倍達のアメリカ遠征 8 (大山倍達が出会ったレスラー達)
大山倍達のアメリカ遠征 9 (マス東郷の演武)
大山倍達のアメリカ遠征 10 (グレート東郷と遠征の背景)

 大山倍達(以下、7月4日まではマス東郷と表記)が、グレート東郷とマネジメント契約を結んで早3ヶ月。その旅の終わる頃も、駆け込むように巡業をこなしていたようである。 前回と話は前後するが、ここに時系列で記す。
6/28 アイオワ州チャールズ・シティ?にて試合(試合記録は未確認だが、「格闘技通信」2002年1/23号、大山の手紙より)
6/29 前日より80マイル(約130キロ)離れたアイオワ州の町でレスリングの試合。(前日の試合と同じく未確認だが、「格闘技通信」2002年2/8号、大山の手紙による)
6/30 アイオワ州でマス東郷の演武(「格闘技通信」2002年2/8号、大山の手紙より)
尚、大山は7/1に妻・智弥子(置八子)へと手紙を綴っているが、その一部を抜粋する。 アイオワ州で何度も興行した事が伺える手紙である。

 先日の(六月)二十九日晩、
アイオワ州の田舎町でレスリングの試合を成した。
勿論、試合には勝ちましたがー。
アイオワ州よ、長い間、色々とお世話になった。
アイオワ州の友よ、あるいは永遠にサヨナラで
あるかもしれない…と思いながら
乗用車で平均時速六十哩で走りに走った。

7/2 ユタ州 オグデン、 グレート東郷 対 マイク・ナザリアン戦、 マス東郷演武("Ogden Standard Examiner"52/7/3)

0703_1952_Utah.jpg
"Ogden Standard Examiner"52/7/3

7/3 ユタ州 ソルトレイク市、グレート東郷 対 ジプシー・ジョー戦(キャッチ・アズ・キャッチ・キャンでの試合)、 マス東郷演武("The Salt Lake Tribune"52/6/29、"The Deseret News"52/6/29、"The Salt Lake Tribune"52/7/3-4)

0703_1952_Utah2.jpg
"The Salt Lake Tribune"52/7/3

 この大会が第1回アメリカ遠征における、マス東郷の最後の大会となるが、特筆すべきは7月3日の地方紙"The Salt Lake Tribune"に掲載された紹介記事である。 この頃になるとマス東郷には「グレート東郷の弟」以外に、新たなキャッチコピーが付け加えられていた。 以下、マス東郷について書かれた部分を引用する。
 
 ...Mas Togo, unbeaten king of Karatae, gives a special demonstration of the sport whose main objective is to break the bones of an adversary.
 ...Mas Togo's demonstration of Karatae should give fans plenty to think about.  Through training, he can smash boards with his fist.
 
  ”不敗の空手王” マス東郷。
 私はこれが第1回アメリカ遠征における、マス東郷の評価を表していると思う。 つまり、どういう形の試合であれ、無敗だったのだろう、と。 果たして、この記事を読んだ方はどう思うだろうか?
 そして大会終了後の晩、ソルトレイク市を出発し、約20時間をかけてカリフォルニア州ロサンゼルス市のグレート東郷宅に到着する。 4月4日にシカゴでグレート東郷とのマネジメント契約を結んでちょうど3ヶ月、 7月4日の事だった。

 この時、共に巡業していた遠藤幸吉もロスに着いてると思われる。 遠藤の自著では何故かその後力道山と各地を回ったとあるがその様な事実は無く、7月15日にロスを発ち、7月27日には大山が尊敬する柔道家・木村政彦と同じ大会でハワイのリングに立っている(「布哇報知」52/7/23)。

遠藤ハワイ.jpg
 「布哇報知」52/7/23

 大山は7月15日に妻に宛てた手紙の中で、この様に書いている。

ハワイ行は少しおくれで今月末に発つことになりました。
今日、遠藤君は先にハワイに発ちました、今月末ハワイにで会うことになります。
木村先輩(柔道)もロズアンゼルスにで会ひハワイにて会ふことになり先に発ちました。
(中略)
私のデレミチョン(※テレビジョン)出演並びエッスペション(※エキシビジョン)は此のロズ市於りでも大成功をなし、大変な人気であります。
(※は「月刊大山倍達」による注釈)

 この手紙を補足する証言がある。 誰であろう、”鬼の木村”こと木村政彦その人だ。 以下、長文となるが「月刊パワー空手」より、木村政彦のインタビューを抜粋する。

 「そうそう、東郷、グレート東郷です。 その三人がコンビ組んで……。
 ま、 大山さんが、 空手でお金曲げたり、 それから石を割ったり、 そういった芸をテレビで見せて、 そして遠藤がプロレスをやったと。 ところが、 わしは、 ロサンゼルスでちょうど会いましてね、 『ああ、遠藤はあんましいうことを聞かない』 といってですね(グレート東郷が)。 いつも”負け試合”ばかりだからね、 勝たしてくれと、 負ける試合は嫌だと、 ま、 そういうわけですよ。
(中略)
 大山さんは、 テレビのほうですからね。 実技を見せて、 金を取ると。 金を取ると、 テレビ会社からですね。 それで、 非常に好評だったそうですよ。 私もちょうどそのころアメリカに行ってまして、 みんなと会って、 食事したりなんかして、 そのときに評判を聞きました。
 まあ、 いっちゃなんだけど、 プロレスのほうじゃ遠藤は”芸”も下手だし、商売にあんまりならなかったけど、 『大山君のほうがテレビでカバーしてくれたんだ』 ってグレート東郷がいってましたね。 それで遠藤君には 『もうお前、 そんなにいうなら日本へ帰れ』 と、 『この辺で別れよう』  といったんだそうですよ、 東郷がですね……。 東郷が 『ずいぶん困ったもんだ』 といってね、 『負けるのが嫌だ』 ちゅうてね」
 ー仕組まれて負けるということですね。
 「そうですね。 東郷のいうことを聞かない、 と。 契約書には東郷のいうことをね 『聞く』 というふうになってんだけども、 実際上においてはそういうことを履行してないんだと。 だから私に、 なんとか説教してくれと、 遠藤に説教したこともありますけどね」
 ー遠藤さんの試合は、ご覧になったことあるんですか。
 「遠藤の試合は、 一回見ましたね。 あの当時はね、 あんまり上手じゃなかったですね」
 ー大山先生の試合のほうはどうなんでしょう。
 「大山さんの試合は、実際には私は見ていません。 まあ、 評判がいいということを聞いただけですね」

 ロス滞在中、大山はかの有名なボクシング雑誌”The RING”の取材をグレート東郷と共に受けた様で、9月号にはその記事が掲載されている。 また、7月18日にはロスの邦字新聞「羅府新報」の英字1面と、3面の日本語で記事が書かれている。

ring1952゙.jpg
"The RING"9月号
rafu1952.jpg
羅府新報1面の英文記事

 その記事によれば、21日に人気司会者アート・ベイカーの番組"You Asked For It"に出演し、煉瓦や石、4インチ(約10センチ)の板を割ったり、50セント銀貨を曲げる予定とある(グレート東郷が同番組で空手の演武を行った映像は残っているが、大山倍達の演武は未だ発掘されていない)。
 ちなみにこの記事で使われた写真は日系人のスタジオで撮影された物で、現在もJapanese American National Museumに残っており、アメリカの格闘技雑誌ではよく使われている。
 
7/22 大山、ハワイへと発つ。 ハワイでは「日本人」として活動していなかった様で、ハワイの邦人紙「布哇報知」には何の足跡も残されてはいない。 帰国後に在日韓国人向けの新聞「東亜新聞」(52/11/1)に寄せた手記を読む限り、「韓国人」として過ごした様だ。

9/7 ホノルル横浜間を結ぶ定期船、クリーブランド号に乗船しハワイを発つ。 「布哇報知」(52/8/13)には日本ハワイ間の運賃や、国鉄の運賃が載っており、中々面白いのだがここでは割愛する。
9/16 大山、日本に着く(「東亜新聞」52/9/27)。  
 
大山帰国.jpg
大山の帰国を報告した記事

 ここで本稿を終えるとする。


 さて、大山倍達のシリーズ「第1回アメリカ遠征」本編はこれで終わりとなりますが、次回から暫くは番外編で、本編で触れなかった事や通説に関する考察を交える予定です。


参考文献:
Ogden Standard Examiner, 1952
The Salt Lake Tribune, 1952
The Deseret News, 1952
"NEWS of the.. MAT WORLD", Nat Loubet, The RING, September, 1952
羅府新報 1952年
布哇報知 1952年
東亜新聞 1952年
プロレス30年 初めて言います 遠藤幸吉著 文化創作出版 1982年
月刊パワー空手 「武道カラテに捧げる生涯-大山倍達の足跡」 1987年5月号
格闘技通信 「地上最強のラブレター」 2002年1/23号, 2002年2/8号
月刊大山倍達 「大山倍達からの手紙」 第弐号 2004年
大山倍達正伝 小島一志、塚本佳子著 新潮社 2006年

参考リンク:
Japanese American National Museum   (2010/9/30)






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