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大山倍達マニアック検定

大山倍達のアメリカ遠征 7 (ジョージ・ベッカーとの対戦)

JUGEMテーマ:空手
 今回は大山倍達が闘ったとされるプロレスラー、ジョージ・ベッカーについて書きます。

各記事はこちら
大山倍達のアメリカ遠征 1 (1952/04/15)
大山倍達のアメリカ遠征 2 (1952/05/06)
大山倍達のアメリカ遠征 3(番外編)
大山倍達のアメリカ遠征 4(1952/05/10-06/27)
大山倍達のアメリカ遠征 5 (1952/6/28〜9/16)
大山倍達のアメリカ遠征 6 (”ディック・リール”の謎)
大山倍達のアメリカ遠征 7 (ジョージ・ベッカーとの対戦)

大山倍達のアメリカ遠征 8 (大山倍達が出会ったレスラー達)
大山倍達のアメリカ遠征 9 (マス東郷の演武)
大山倍達のアメリカ遠征 10 (グレート東郷と遠征の背景)


 大山倍達が闘ったとされるレスラーの内、名前が正確に伝えられているレスラーで最も大物だったのは、ジョージ・ベッカーである。 しかし来日する事も無く、またそのキャリアの大半をジム・クロケット・プロモーションのテリトリーで過ごした為か、日本では知られていない。
 ベッカーは長いレスリングキャリアの中で何度もタイトルを獲得しており、カロライナ州一帯では、NWA世界チャンピオンにもなったリック・フレアーが台頭するまで、最も有名なプロレスラーだった。

becker2.jpg
大山倍達が所有していたジョージ・ベッカー(左)のプロマイド

 大山が渡米するまでに獲得したタイトルだけでも、40年に世界ライト・ヘビー級、46年には世界ヘビー級王者、48年にはカロライナ州ヘビー級王者となっている。 ただし、これらは33年以降に乱立した、各プロモーターが創設した世界ベルトであり実質的にはローカルタイトルだったのだが、その後54年から71年まで20回以上NWAミッド・アトランティックエリアのタッグ王者に輝いているという名レスラーだ。 1953年発行の"WRESTLING FAN'S BOOK(New second edition"から、ジョージ、ボブのベッカー兄弟の経歴を引いてみよう。

 . . . Among the world's best Australian Tag . Teams . . . Defeated more than 100 rival pairs in 1950 . . .  George, elder by two years (he's 34) and called "The German Bomber" is former Junior Heavyweight (200 pound limit) champion . . . Never over 210, he is crafty ring general . . . Has control of all holds, with the alligator clutch his favorite . . .

 ベッカー兄弟には世界最高のタッグチームと称されるほどの実力があった事が伺える。 ちなみに、ジョージ・ベッカーの弟、ボブ・ベッカーはこの時期「ベッカーの弟」というギミックで売り出しており、実際には血縁関係に無いし、後にタッグチームは解消されている。
 とにかく、ジョージ・ベッカー(以下、ベッカーと略す)は実力と人気のあるレスラーだった、と理解して頂ければ幸いである。
 
 大山とベッカーはノースカロライナ州シャーロットで対戦したという。 大山がノースカロライナ州に滞在していたのは6月頃の事で、詳細は本シリーズの第4回に詳しい。
以下に1953年に「週刊サンケイ」に寄せられた、大山自身の手記から記す。

 こゝでの対戦者は「ジョージ・ベッカー」というプロレスラーだつた。二百二、三十ポンド、五尺九寸ぐらい。
(中略)
リングに上つた彼に対し、僕は不覚にも彼の”力と技”とを誤算した。いままで戦つてきたあいてはどれもこれも大男ばかりたつたが、ジョージ・ベッカーは僕と似たりよつたりの身体つきだ。この男もせいぜい一、二分で倒せるーといつた油断があつた。
 ゴング。彼の出足はすばらしく早い。タッ、タッと素早く僕の左側へ回ると共に、眼にもとまらぬ早さでパンチを入れてきた。これがみごとに僕の左あごに炸裂した。と、同時に僕の身体はリングの外に吹ッ飛んだ。漸く起ちあがつたがリングには彼ジョージ・ベッカーが虎視眈々、僕がリングのふちに手をかけるのを待ち構えている。その思うつぼにとびこんだら最後、僕の命の灯は吹き消されてしまうとは必定だ。敵の虚をついて彼の背面からリングに飛びあがると共に背前から得意の突きを一発、彼がこちらへ向つた瞬間の体の崩れを狙つて右膝で彼の睾丸をけりあげた。その一瞬彼の右腕が僕の首に 捲きついた。二人は同体となつてリングの外へとんだ。死ぬか生きるか、リングに上る余裕もなく死闘を続けたが、僕の極め手の中段突きが彼の胸にめいり込んだ。

 この後ベッカーは倒れ、大山は背後から椅子で女性ファンの一撃を浴びた。 思わず振り払うと女性は倒れ、騒然とした場内からは瓶などが投げ付けられた、と続く。
 この試合、実は以前の私は作りのあるプロレスの試合だろうと考えていたのだが、それにしては展開が雑過ぎるという事に気が付いた。
 ここからはあくまでも仮説である。
 ノースカロライナ州のトップレスラーだったベッカーと、グレート東郷の「弟」の対戦。 元々は引き分け、もしくは大山が何らかの形で勝つ結果になる予定だったとする。 その結果を良く思わないベッカーが、プロレスの隠語でいうところのブック破りを行い、大山に真剣勝負を仕掛けたのでは無いか? そしていきなり仕掛けられた大山は無防備で顔面を叩かれ、リング下に転落した。 間が空いた事で考える時間を得た大山が、その真意に気付き真剣勝負に応じたー。
 試合の記録はまだ見付かっていない為、試合そのものの証明は出来ないし、仮に記録が見付かっても証明出来ない仮説ではあるが、十分あり得る話だと思う。 またベッカーとの接点についても、大山と肩を組んだ写真が残っている事から出会っているのは事実だ。

becker1.jpg
大山倍達とジョージ・ベッカー

 過去に大山倍達が語った武勇伝からは「プロレスの試合」に関するエピソードは少ないが、実際には当ブログで紹介した様に、ジェリー・ミーカーと「プロレスの試合」と思われる対戦もある。
 果たして、このジョージ・ベッカーとの試合はプロレスだったのだろうか?

 今回は大山倍達の他流試合の中でもあまり語られる事の無かったプロレスラー、ジョージ・ベッカーについて書いてみました。 その内書きますが、トップレスラーとの「プロレスの試合」で大山倍達が勝つというシナリオという発想には、一応の根拠があります。 東郷ブラザーズ結成の経緯とハードな巡業日程に起因する仮説ですので、恐らく次々回くらいには書けるんじゃないかと思います。
 次回はビル・メルビーなど、他のレスラーについて書く予定です。


そう言えば「修羅の門 第弐門」読みました。 「パラダイス学園」から川原正敏作品を知ってるので、喜ばしい限り。

参考文献:
Sid Feder, WRESTLING FAN'S BOOK(New second edition),  Key Publishing Co., 1953
Masutatsu Oyama, What is Karate?(New edition), Japan publications trading company,1963
週刊サンケイ 「空手、アメリカ大陸武者修業」 1953年1/18号
巨人 大山倍達の肖像 -ゴッドハンドの軌跡 国際空手道連盟極真会館監修 コア出版 1984年
リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実 スコット・M・ビークマン著 鳥見真生訳 早川書房 2008年

参考リンク:
George Becker Carolinas Legend (2010/10/08)
Online World of Wrestling (2010/10/08)
Pro-Wrestling Title Histories: United States (2010/10/08)


 






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コメント
真剣勝負を挑まれた説に同意です。
詳細はメールしました。
  • Little Tiger
  • 2010/10/08 9:23 PM
なんであれ、異国のリングに立つということが凄い!
大山先生はやはり同時代の空手家の中では最高に修羅場をくぐった方だと思います!!
  • のぶさん
  • 2010/10/08 11:15 PM
>Little Tigerさん
メールありがとうございました。

>のぶさん
私も凄いと思います。今の様にただ外国で試合をするという時代ではありませんからね。

当ブログでは、大山総裁以前にアメリカで活躍した日本の格闘家達を、当時の新聞と併せて紹介するシリーズもやろうかと思ってますので、そちらも楽しんで貰えれば幸いです。
  • Leo
  • 2010/10/09 9:22 AM
当時の東都新聞に掲載された「手刀十年」では、ベッカーはボクサーだとされてましたね。同じようにリング外で乱闘までいった後、マス大山の鳩尾への手刀一撃でKOしたという記述がある。それは、ウィキにも誰かが書いてますが、中村頼永氏が白黒映像を見たというブラジル人から直接聞いた話に類似します。鳩尾に手刀を当ててKO。

  • 桜井斉
  • 2010/10/11 6:43 AM
失礼しました。鳩尾へ手刀、のところ、正確には、鳩尾への貫手でした。
  • 桜井斉
  • 2010/10/11 6:44 AM
>桜井斉さん
東都新聞に載った版は見た事がありませんが、配信が一番早かったと思われる京都新聞の「手刀十年」は「週刊サンケイ」の記事とほぼ同じです。

「ジョージ・ベッカーというプロ・レスラーだった。」(「京都新聞」1955/2/14)
「私は、機を見て、得意の中段づきを、彼の胸に見舞った。ベッカーが倒れた。」(「京都新聞」1955/2/15)

試合をテレビで見たと言っていた合気道家の日系人、ミツ山下さんですが、試合の状況が随分違うので、また別の試合だったと思います。 恐らくは第2-3回アメリカ遠征の時に闘ったと推測しています。
この辺りも記録が出てくればいいのですが、リサーチの基本は事前調査による絞り込みですので、中々難しい所です。
  • Leo
  • 2010/10/11 11:25 AM
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