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大山倍達マニアック検定

ある日の極真会 1(近代カラテ 1967年5月号)

JUGEMテーマ:空手
 ブログを始めて以来、ずっと「大山倍達のアメリカ遠征」シリーズをやって来ましたが、それをずっとやるのも大変な訳です。 というかそもそも、それをやる為だけにブログを開設した訳では無いので、今回はちょっと気楽に別の話を書きたいと、まっそういう事で。
 尚、このシリーズは備忘録みたいなものなので毎回1号のみ紹介、登場人物は当時の肩書きで記します。

 「近代カラテ」という雑誌がある。 いや、正確にはあった、というのが正しい。
1966年5月に創刊され途中「現代カラテ」に誌名を変更し、1971年に現代カラテマガジン社に経営権が渡るまで、都合63号発行された、極真会館初の機関誌である。 発行元は近代カラテ研究所、所在地は極真会館総本部という、生粋の機関誌だ。
 現在ではすっかり忘れ去られた、幻の機関誌ー。 今回はそんな「近代カラテ」を紹介していこうと思う。 とはいえ私が所有しているのはわずか19冊ほどなので、あまり期待しないで貰いたい。

近代カラテ1967_5.jpg


「私の道程」第11話
大山倍達館長の自伝。

「空手ニュース」
・イギリス極真会支部長、スティーブ・アニール、ヨルダン王家への空手指導を終え帰国。
大山倍達館長にヨルダン来国を促す。
・大山館長、作家の今東光氏と共に、NETテレビの「アフタヌーンショー」に出演。
 瓶切りの演武を失敗するも、他は問題無く終える。
 当時弟子であった波島秀行は、この時の大山倍達を評して「いつでも切れる」いう慢心があったからでは無いかと指摘しつつ、こう自伝に記している。

 テレビ出演をしたその日から、大山館長の自室には夜遅くまで灯が点っていた。 ビール瓶やウイスキーの空瓶が数多く持ち込まれ、夜毎の猛練習が続いていたのである。 そして、三日後にはその結果が出ていた。 割れたウイスキーの瓶とその首を持ち「今ならいつでも割れる」と、私に向かっていわれた。 この一心を貫く根気がなければ、おそらくは現在の極真会館はなかったであろう。

・加藤重夫、岩見弘孝両指導員のオーストラリア支部派遣。
近代カラテ1967_5_1.jpg

 これはオーストラリア支部の要請により実現した。 写真には右から岩見弘孝、加藤重夫、大山倍達、黒崎健時、写真下段には郷田勇三の姿が確認出来る。 当初は短期間で良いから5人位、内女性を1人、出来れば”This is karate”のモデルの女性を希望するとの事であったが、人手の足りない当時の極真会館にはこれが精一杯であったと思う。

Thisiskarate.jpg
オーストラリア支部が希望したモデルの女性

「この人に聞く」第13回
オランダ極真会館師範代、ヘンリー・セリアス三段インタビュー。

「カラテ人物描写」第4回
極真会館秋田支部長、真壁忠の略歴

「空手道組手試合における防具使用の是々非々論」
文:全日本空手道連盟八段、長崎県空手連盟会長、総流空手道連盟会長、小安道雄

「空手とプロ・レスリング」
文:日刊スポーツ運動部長、鈴木庄一

「新しい武士道」第5回
文:草壁焔太

「武道と空」第4回
文:森川哲郎

「空手教室」第11回
文:極真会館総務、戸田喜隆

「空手と武道」中編
文:空手評論家、臥龍人

「近代カラテ誌発行 一年目におもう事」
文:編集部


 今回は今までとは違い雑誌の紹介です。 本部道場で行われた壮行会の様子など、今見ると感慨深いものがありますね。 これから世界に飛躍しつつある極真空手の雰囲気が伝わってきます。 それにしてもオーストラリア支部の指導員派遣要請に、”This is karate”の女性モデルをご所望というのには思わず笑ってしまいました。
 ちなみに空手評論家、臥龍人というのは実は大山総裁のペンネームで、「月刊パワー空手」でも少し書いていた事があります。

 「大山倍達のアメリカ遠征」シリーズについては書くのに大変時間が掛かるので、基本週末更新にしようかと思います(とは言え、1952年の第1回遠征が終わったら一旦は筆を置きますけどね)。 次回の分も一応は6割書き終わっていますから、明日には更新出来るでしょう。
 今後の予定としては、記事や雑誌、書籍の紹介、レアグッズや極真関係のものアレコレ。 大山倍達以前に海を渡った格闘家達(なんと全部当時の新聞記事で紹介!)、プレイバックなんちゃら等を書きたいと考えてます。

 それでは、また。

…おお、参考文献わずか2冊、1時間ちょいで書けたw

参考文献:
Masutatsu Oyama, This is Karate, Japan publications trading company,1965
近代カラテ 1967年5月号
武道を志す人のために 波島秀行著 スポーツライフ社 1982年
 






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コメント
懐かしいですねえ。

大山先生が瓶切りに失敗したのは、アフタヌーンショーという番組中でのことで、先生以外は確かに成功。氷の頭割を行った加藤重夫指導員が叩き割ったあと、目眩を起こして一瞬膝を付くなど、迫力満点でした。
大山先生はトリで台に置いた瓶を自分の左手で握り、右手刀で切ろうとしたのですが、何度やっても失敗。
大山先生という方は、最強者ということだけに関心がある方で、ピークを過ぎてからは、極真空手の普及に志を移されたと思っています。

ですから、この当時すでに、稽古量はかなり少なかったのですが、それでもビール瓶位は朝飯前と思ったんでしょうね。

ちなみに、当時の極真会は試し割はぶっつけ本番で、先生一回予行演習やっておけば良かったかもしれません。

ですから、慢心というより、以前の体験からくる過信という感じでした。

番組後、知人が勤めていた、パラティーノというレストランから、様々な(割りにくそうな)瓶をもらい、秘かに練習されたのは本当だと思います。

しばらくして、その知人に満足そうに瓶をもらった例を言ったそうですから、成功されたんでしょうね。

今回、余りにも懐かしく、思わず長いコメントをつけました。

しかし、このブログは出典を明らかにした労作ですから、裏付けの判らないコメントはよくないと思うので今後は控えます。

長々失礼しました。押忍!
  • のぶさん
  • 2010/10/10 6:48 AM
>のぶさん
貴重な思い出話をありがとうございます。
でも、別に議論してる訳じゃないので、思い出にソースを寄越せなんて野暮ったい事は言いませんよ。
ですから気兼ねなく書き込んで下さい。
  • Leo
  • 2010/10/10 8:13 AM
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