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大山倍達マニアック検定

ある日の極真会 14 (近代カラテ 1968年8月号)

JUGEMテーマ:空手
 
 さて、昨日は氷室京介の全曲BOOWYライブを見て来まして、未だテンション冷めやらぬここ、自宅からお送りしておりますw
 欲を言えばフルメンバーでやって欲しかったなーとか思いつつも、解散時は地方におりましたので、距離的にも金銭的にも最後のライブを見るチャンスが無かった私からすればもう大満足でしたねぇ。
 2時間全員立ちっ放しで大合唱ですよ。 流石は8ビートロックの頂点。 5万人のおっさん&おばさん(若い人もいたけど)が腕を振りながらKINGと共に大合唱、最高でした。
 という、私事はさておき、前田光世ネタやろうかなと思っていたんですが、そういうテンションじゃないので、次回に回しますw 英語読みながらだと、BOOWYを聞けないので。 で、まぁ、「近代カラテ」ネタですね。

近代カラテ1968_8.jpg

「空手ニュース」 国内から
・極真会館女子部、各方面から引っ張りだこ
 "This is Karate"の女性モデルがオーストラリアで大変話題となり、1度来て欲しいと再三の手紙が来た事があったが、この度7/30に「日本テレビ」「11.PM」に女子部から3名が出演し、護身術を披露する事になった。
 
・極真会館夏期合宿
 毎年恒例の極真会館夏期合宿が千葉県一の宮海岸で行われる。 場所は千葉県長生郡一の宮町にある日赤一の宮学園で、例年より多くの参加者が予定されている。 また、今回は城西大学空手部も大挙して参加する予定であり、より一層の迫力が加えられるだろう。 期日は8月7日から13日。

・ピーター・チャン氏、シンガポールへ帰国
 昨年5月31日にカンボジアの船で横浜に上陸して以後1年間極真会館総本部で空手を修行してきたピーター・チャン氏が8月15日帰国する事となった。

ピーター・チャン.jpg
ピーター・チャン

 1度は父の死で帰国したが直ぐに戻って来て再び修行に打ち込んだ熱血漢で、帰国後は支部道場を開設する予定。

・大山倍達館長の業績が少年層へも広く浸透
 日本語版の空手書を発売して以来、大山倍達館長が国内のマスコミに取り上げられているが、先だっては著名な少年誌の1つである「少年キング」で10ページに渡って紹介された。

少年キング1968_27.jpg
「少年キング」(1968年27号)

 他にも「中学一年」に武勇伝が紹介される段取りとなっている。

「空手ニュース」海外から
・大山館長のアメリカ・ヨーロッパでの足取り
 アメリカ・ヨーロッパ視察旅行に赴いた大山館長の日程に触れる。
6/2   ニューヨーク着。 中村忠指導員のアパートに滞在して出版社を訪問。
6/5   ジョージア州で知事に会い、旧交を温める。
6/8   アトランタで名誉ゲスト名士としてアトランタプレイボーイクラブのパーティに招待される。
6/9   同地で武道の講演。
6/13 アラバマ州バーミンガムで空手の講演。
6/15 同地にて1級以上の空手家を対象に講演会。
6/16 南部アメリカ極真会館トーナメントに出席。 中村、大山茂両指導員も参加。
6/17 ニューヨークに戻る。
6/23 プエルトリコの極真会館支部視察。 以後、ニューヨーク滞在。
6/30 シカゴへ。
7/2   ニューヨークからイギリスロンドン支部へ。
7/5   ロンドンからオランダ極真会館支部を視察。 サマーキャンプと全ヨーロッパ極真会館支部長会議に出席。
 以後、西ドイツ、スイス、スウェーデン、ヨルダンと廻って7月15日頃にヨーロッパからニューヨークに戻り、シカゴ、ミネソタ、ロサンゼルス、ホノルルと廻って8月上旬に日本へ帰国の予定。


「海外極真会館の動き」 第4回
 アフリカ・ローデシア支部 イアン・P・ハリス支部長

イアン・P・ハリス.jpg
イアン・P・ハリス

略歴
 1928年生まれの航空整備士。 イギリスで空手と柔道を始める。 64年に南アフリカ柔道選手権を獲得するが、"This is Karate"を読んで大山館長を知り、文通は始め映画フィルムによる昇段審査を受け二段を允許。 支部長として認可を得る。 68年に来日し本部道場で研鑽を重ね、三段となる。

イアン・P・ハリス2.jpg
本部近くの公園で稽古

 現在ローデシアにある空手道場は全てハリス氏の傘下にあり、全部で200人程度の門下生を抱える。

「近代カラテ 誌上教室」
「空手のポイント」2
円と点

この人に聞く 「ピーター・チャン氏」
 1941年生まれ。 シンガポール警察のアンコンバット(非武装戦闘)のインストラクター。 若い頃から中国拳法や柔道、合気道、テコンドーを学ぶ。

連載エッセイ
「空手と試割り(上)」
文:極真会館館長 大山倍達

 『試割りは、空手の一部であって、全体ではない。 あくまで空手の一分子である』
 ということを、何度も強調しておく。
 そして、次の三項目を頭に入れてもらいたい。
 1,空手の根本理念は、空手を通じて武の精神を把握し、人間完成をめざす。
 2,空手は同時に肉体鍛錬に役立たせる。
 3,空手の本義は技の真髄の追求にある。 そこでこの試割りはに関係がある。 技の真髄を追求し、それに効果を与えるための役をするものだ。

クニの目「アンバランスな成長」
文:洋子

カラテ界 現代の主役
大山国良氏

大山国良.jpg
大山国良

 大山氏は、当初空手を習う気はなかった。 ボクシングのジムに通って、若い体を力にまかせて発散し、 テクニックを憶えると良くケンカもした。
(中略)
 …そして大山倍達師範が田園コロシアムで、素手で牛と斗かって牛をたおし見事に偉業を成した大山倍達師範の勝負の一シュンを見たとき、何とまあ大変な人だろうと心から思うようになった。
(中略)
 前々から自分の考え方を引き出せる武道をさがして歩くが、とにかく大山師範の人物を考えると、他の道場を選ぶ考えはまったくうまれずに大山師範の立教大学の裏手にある大山道場に入会する事になった。
(中略)
 大山氏の弁は、果てることなく教育論が出てくる。
 人間は要するに、物事をやる気になるかならないかできまってくる。
 大山師範が良く言うように、「牛を小川につれて行く事は出来ても、水をのむかのまないかは自身の問題である。」と言う事だと思う。 そのやる気になる性格をつくりかえるのは家庭であり、進んでは、空手などの修業の中で大きく育ち、世の中へ大きく羽ばたいて行く大きな精神力と鳴る。 と大山氏は言う。
 今の若者をみていると何かはきちがえているところが多い。 例えば、彼等はアキッポイ。 アキッポイというのは、決断のある思いきりのよさとはちがう。 思いきりのよさとは、今迄やった事を別の方向で完全に生かす事を言うのに、アキッポクて他が良く見えてやめるのは身につかずにおわるのでその点改めてほしいと望む。 大山氏はこう結んだ。

「武道と空」 第18回
文:作家 森川哲郎

ミニ・レーダー
新案道着の考案一題
 北九州市門司区で護身術を指導している神道心練流師範、高橋安紀氏が、従来の着物式を頭からすっぽりかぶる丸首シャツの様な形に変えた道着を考案した。

「近代カラテ」誌が新聞で紹介される
 「日刊観光」という新聞に「近代カラテ」が紹介された。

グラフ特集
ニュージーランド極真会館空手トーナメント

1968ニュージーランド大会.jpg

「私の道程」第25話
文:極真会館館長 大山倍達
 FBIを教える。


 それでは少し解説を。 「空手ニュース」登場する「少年キング」は、多分掲載した画像の物だと思います。 たまたま本誌を持っていましたw
 今回の大山倍達総裁の視察旅行ですが、「空手バカ一代」に登場した李青鵬と闘う前に中村忠、大山茂両先生を連れた旅行の事ですね。 時期的には全日本大会の前年だと言うのに、「空手バカ一代」ではもっと前の様に感じるのが不思議ですw 皆で海水浴に行って一緒に写っている写真とかありますが、その後を思えば少々淋しい気分になります。
 それからイアン・ハリス支部長。 この時期位までの極真の悪癖ですが、海外支部発展を進める際にやってしまった駄目な例が載っていますね。 それは直接指導せずに通信教育の様な形で支部認可を出したという事です。 殆どの支部長はその後必ず日本に来て多少なりとも指導を受けていますが、万年人手不足だったとはいえ、反省に値する出来事でしょうね。 まぁ、その後はこのやり方が禁止になったんですけどねw
 ところで、この写真で跳び蹴りしてるのって、ヤン・カレンバッハ先生でしょうかね?
 それでは、また。

参考文献:
週刊少年キング 1968年27号 少年画報社 1968年
近代カラテ 1968年8月号 近代カラテ研究所 1968年






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コメント
イアンハリス氏の名前は懐かしいです。

「ケンカ空手世界に勝つ」だと思うのですが
写真が載っていたからだと思います。

マス大山カラテスクール以前に
通信教育?の海外バージョンが
すでにあったというわけですね。

「人間空手」の中で
そのやり方が非難されていましたが
イアンハリス氏もその一人だったのですね。
  • もん爺
  • 2011/06/14 12:44 AM
イアン・P・ハリス氏は、誠道塾に移籍したのではないでしょうか。誠道塾本で見た様な記憶があります。私の勘違いだったら、すみません。イアン・ P・ハリス氏の姿は、「極真空手世界を征く」で見た事もあります。
  • 四十路
  • 2011/06/14 10:49 PM
初めまして

すごい
そして深いです

とても勉強になります

これからも楽しみにしています



>もん爺さん
イアン・ハリス氏は割と特徴的ですから、憶えやすいというのもありますよね。
フィルム審査は元々「私の成果を見て欲しい」という事で、大山総裁に送って来ていた物の様です。 それで届いた時には大山道場で試写会を開催したとも聞きます。
それで、各国の空手修業者とコンタクトを取っている内にこう考えたのでしょう。 まずは各地に拠点を作り、そこに指導員を派遣する、と。
その後、日貿出版の"What is karate?"に支部が無い地域の修業者に、会員になって実力査定をして貰う方法が書いて有るんですが、こちらにフィルムと写真で審査するとあります。
指導員育成のペースが速ければ機能したかも知れませんが、追いつかなかったって事ですねぇ。 当時の極真の広告…というか70年代半ばまでは、海外指導員を募集していたのは、こういった理由からだと思います。

>四十路さん
イアン・ハリス氏が誠道塾に移籍されたのかどうかは知りませんが、確か75年以降に破門扱いになっていたと思います。 その後はもう1人南アフリカで支部長をされていたレン・バーンズ支部長が南アフリカ連盟の代表をされていましたね。

>総理さん
ありがとうございます。
今後共宜しくお願い致します。

  • Leo
  • 2011/06/16 9:16 PM
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