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大山倍達マニアック検定

大山倍達のアメリカ遠征 8 (大山倍達が出会ったレスラー達)

JUGEMテーマ:空手
 今回はその他のレスラーについて書きます。 ただし、いつもと違うのは「闘ったかどうか?」は焦点で無く、特に検証をするつもりはありません。

各記事はこちら
大山倍達のアメリカ遠征 1 (1952/04/15)
大山倍達のアメリカ遠征 2 (1952/05/06)
大山倍達のアメリカ遠征 3(番外編)
大山倍達のアメリカ遠征 4(1952/05/10-06/27)
大山倍達のアメリカ遠征 5 (1952/6/28〜9/16)
大山倍達のアメリカ遠征 6 (”ディック・リール”の謎)
大山倍達のアメリカ遠征 7 (ジョージ・ベッカーとの対戦)

大山倍達のアメリカ遠征 8 (大山倍達が出会ったレスラー達)
大山倍達のアメリカ遠征 9 (マス東郷の演武)
大山倍達のアメリカ遠征 10 (グレート東郷と遠征の背景)


 極真空手創始者・大山倍達が所有していたレスラー達の写真がある。 大山がアメリカで出会ったレスラーだ。 今回は写真に残されたレスラー達を極一部ではあるが紹介してみよう。

 「ビル・メルビー、スピードのあるレスラーだったなあ」

 大山倍達はビル・メルビーを称してこの様に語っていたという。
 判明している限りでは大山とメルビーが出会ったのは1952年7月2日で、ユタ州オグデンで行われた大会に共に出場している。この日メルビーが闘ったのはドクター・ギャラガーというレスラーで、大山とは試合を行っていない。

ビル・メルビー.jpg
大山が持っていたプロマイドと同じ物

 最も、7月2日前後の大会で闘ったという事もあり得るし、それ以前に別のエリアで試合をしている可能性もあるが、今のところ見付かっていない。 この時期の新聞は載っていてもせいぜい2,3試合なので、前座で試合をしていたら完全にお手上げである。
 さておき、メルビーはボディビル出身で、48年にはミスター・パシフィックコーストに選ばれている。 一度はミスター・アメリカで3位にまでなったそうだから、ビルダーの間では有名人だっただろう。
 しかし、1952年の時点では期待のレスラーではあった様だがまだタイトルを取っておらず、 1年後にNWA世界タッグ王者になり、 その後はジュニアヘビー級やヘビー級でローカルなタイトルは取ってはいるものの、結局ビルダーとしての実績の方が上だった。

バーン・ガニア.jpg
大山が持っていたバーン・ガニアのプロマイド

 バーン・ガニア、かつてアメリカでこのレスラーの名前を知らないファンはいないほどの有名人だった。 大学時代にアマレス王者となり、1948年にはロンドンオリンピック代表に選ばれ、翌年にプロレスデビューを果たしている正統派である。 取得したベルトは数知れず、デビューから僅か3年でローカルから世界ジュニアヘビーのタイトルまで制覇した。  後にNWAを脱退しAWAを創設、一大組織にまで育て上げ、1970年からは国際プロレスと業務提携を結び何度も来日している。
 大山が渡米した頃にはすでにアメリカマット界で7強の一人に数えられており、これだけでも人気のほどが伺えるが、そのガニアとグレート東郷は何度も対戦しており、特にこの1952年は抗争中だったのだから、東郷の人気も計り知れない。

マイティ・アトラス.jpg
大山が持っていたマイティ・アトラスのプロマイド

 マイティ・アトラスは元々モーリス・シャピロという名前でマットに上がっていたレスラーだったが1952年に怪力を売り物にしたギミックレスラーとして改名し、大山が渡米した頃はシカゴを拠点にしていた。 アトラスはNWAの興行以外にもアスレチック・ショー、通称ATショーにも出場しており、その怪力を見せつけていた。
 ATショーとは、アメリカ各地で開催されているカントリー・フェア(日本で言う村祭り、アメリカ映画でよく田舎の観覧車やテントが出るシーンがあるが、あれがカントリー・フェアだ)やサーカスで行われており、ボクサーやレスラー、それに怪力男が出演し力自慢をしたり観客と闘ったりする催し物の事で、1950年代までは全米各地で行われていた。 残念な事にこのATショーの記録は殆ど残らないが、ショーの性格から、大山もこのATショーに出場していたのでは無いか?という説がある。 詳細は「大山倍達正伝」に詳しい。

レイトン.jpg
ロード・アソール・レイトンと思われるレスラーとのスナップ

 「名前は忘れた……」がボクサー上がりで強い男だったという。

 このレスラーはロード・アソール・レイトンでは無いかと思われる。 レイトンはオーストラリアのアマボクシングでチャンピオンだった経歴があり、ボクサー上がりという条件はクリアする。 面白いのは得意技が「ジュードー・チョップ」だったところだ。 東郷ブラザーズに接触した結果では…?と思ってしまう。
 1950年にカナダのオンタリオに移ったというから、東郷ブラザーズがカナダに行った時に出会ったのかも知れない。

ステインボーン.jpg
ステインボーンの有名な写真 大山も同じ物を所有していた

 最後に紹介するのはヘンリー”ミロ”ステインボーンだ。 1894年にドイツで生まれ、後にアメリカに渡りその剛力を斯界に知らしめた。 特に子象を持ち上げる演武は有名だし、現在でも「ステインボーン・リフト」というバーベルの持ち上げ方が残っている。 日本では大山以前にも、若木竹丸著「怪力法並に肉体改造体力増進法」で紹介している。 また1960年代からはフロリダ州でプロレスのプロモーターを務めており、晩年までプロレスやボディビルに貢献していたという。
 そんなステインボーンだからこそ、自分とは違うやり方で人間の極限を見せる大山に興味を持ったのかも知れない。


 今回は少々短いですが、大山倍達が持ち帰ったレスラーの写真を元に書いてみました。
 他にも色々なレスラーの写真が残っているのですが、はっきりと名前の分からない、また名前は分かるが経歴が分からないレスラーは除外してますし、ジャック・デンプシーは説明するまでも無いかと思い載せていません。 「ケンカ空手 世界に勝つ」に載っているプロマイドも、もっと印刷が良ければ名前が読みやすいんですけどね…。
 来週はグレート東郷か、当時のアメリカレスリング界と東郷ブラザーズの旅の目的のどれかを予定してます。 まだ大雑把にしか構成を考えていないのですが、次回か次々回で1952年の第1回アメリカ遠征が一応の完結となると思います。 また、週内は「近代カラテ」ネタをやろうと思ってます。

参考文献:
N.W.A Official WRESTLING, June, 1952
Sid Feder, WRESTLING FAN'S BOOK,  Key Publishing Co., 1952
Sid Feder, WRESTLING FAN'S BOOK(New second edition),  Key Publishing Co., 1953
ケンカ空手 世界に勝つ 大山倍達著 スポーツニッポン社 1972年
巨人 大山倍達の肖像 -ゴッドハンドの軌跡 国際空手道連盟極真会館監修 コア出版 1984年
復刻版 怪力法並に肉体改造体力増進法 若木竹丸著 体育とスポーツ出版社 2005年
大山倍達正伝 小島一志、塚本佳子著 新潮社 2006年
リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実 スコット・M・ビークマン著 鳥見真生訳 早川書房 2008年

参考リンク:
Classic Bodybuilder: Bill Melby (2010/10/10)
Online World of Wrestling (2010/10/10)
Bill Melby
Verne Gagne
Mighty Atlas
Lord Athol Layton
Henry 'Milo' Steinborn, 95, Weightlifter, Promoter (2010/10/10)


 
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コメント
初めましてLeoさん!
ブログを拝見して涙が出る程感動しました!
勝手ながら、僕のブログにLeoさんのブログの紹介記事を載せました。
検証作業が大変だと思いますが、これからも凄い記事を書いて下さい。 押忍

>納豆斎さん
やや、これはどうも。
ブログも大半が懐かしネタになるかと思いますが、資料がまとまった時にはまたこういう記事を書いていくつもりです。
  • Leo
  • 2010/10/11 2:54 PM
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