calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

categories

無料
無料
無料






archives

大山倍達マニアック検定

つのだじろうの「ゴッドハンド 」 4 (第9話〜第10話)

JUGEMテーマ:空手
 お陰様で9月下旬に始めたブログも今月には12000PV、UUで7000ぐらいになりそうです。
 仕事で培ったSEO対策(専門外)なんかも少しやってはいますが、そんなに力を入れていない割りにはいいポジションに付けている様な気がしますw
 あ、その内「極真界のSEO対策」とかやってみても面白いかも知れませんね。 ざっと見た感じ、新極真会が一番対策してますが、ソースコードを見るとやり過ぎ感があって楽しいです。 一番対策してないのが極真連合会か極真館(どちらもトップレベルドメインですけどね)ですかね…、というか対策しなさ過ぎですw
 ていうか、改めて見てみたら新極真会は凄すぎでしょうw いつの間にか営業資料まで作ってるじゃないですかw
 言うなれば、極真界のIT企業って感じですかねぇ…サイトも力入ってるしドメインもco.jpだし…。 昔は松井派の方がそんな感じでしたけど、サイトは割とシンプルですもんね。
 …アレ? NPO法人なのに、商用の企業ドメイン? と思って調べてみたら、有限会社極真名義でドメインを取得されていました。 これ、いいのかなぁ…(※非営利団体はco.jpドメインを取得出来ません)。

 と、本編に入りましょう。

 前回まではこちら。
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 1 (第1話〜第2話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 2 (第3話〜第5話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 3 (第6話〜第8話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 4 (第9話〜第10話)

 第9話。

チャンピオン1978_29.jpg

 空手日本一の座に着いた大山倍達は、優勝杯を持ちながらその価値の軽さに愕然とする。
 しかし真実の空手はこんなものじゃないと、改めて人間の限界に挑む事を決意する倍達。 遂には人間では物足りぬとばかりに数十頭の猛牛と闘い、これを倒し、世界中のあらゆる格闘技と闘い勝利を収めて行く。
 そして1952年、アメリカはアイオワ州にあるミネアポリス−。
 ここで繰り広げられた死闘は、倍達にとって生涯忘れ得ぬ闘いだった。 この頃の倍達は空手の偉力をアメリカ人に知らしめる為、1500ドルの賞金を賭けたデスマッチの対戦相手を募集していた。
 グレート東郷と遠藤幸吉が倍達の居る部屋に慌てて駆け込んで来た。 何と全米プロレス選手権保持者、ディック・リールが倍達に挑戦して来たというのだ。
 思わぬ大スターの挑戦に喜ぶ倍達だが、東郷はリールの恐ろしさを懸命に説く。 曰くー、

ディック・ リールといえば 恐ろしい荒技の
使い手として プロレス界でも
恐れられている男だ!
特に彼は ノド攻撃が 得意でー
この荒技の ため 首の
骨を折られ 即死した
レスラーも実際に いるんだ!
身長は 二メートル十 体重は百三十キロ
胸は厚さだけで 四十センチもある
彼を 本気にさせたら 必ず殺されて しまう!

 しかし倍達は逃げる訳にはいかないと、挑戦を快諾する。 これを報じた新聞は皆リールが勝つと予想し、倍達の命の保証は無いと書き立てた。 また、倍達の関係者すら無口になってしまう始末。
 試合当日、リールはリングで倍達を待つ。 そして、リングに上がりながら倍達は恐怖していた。
 突然、リールは指で何かを捻る様なパフォーマンスを見せる。 倍達にはそれが自分など指先で一捻りだとアピールしているのだと解釈した。
 ブーイングが飛び交う中、倍達は浮ついた気持ちを押さえ死ぬ覚悟を決める。 すると心が澄み、相手が見える様になった。
 ゴングが鳴り、拳を握るリール。 とりあえずいきなりノド絞めで来る事は無いと判断する倍達。 しかし、リールのパンチは素早く、防戦一方となってしまう。 そして遂には右ストレートが倍達の顔面を捕らえた。

チャンピオン1978_30.jpg

 もんどり打って倒れる倍達の姿に喜ぶ観客。 辛うじて立ち上がった倍達に、強烈なボディへの膝蹴りとスレッジハンマー。 完全に飲まれた倍達は、血を吐き朦朧とする意識の中で、世界の広さを実感する。
 倍達に残されているのは、最早空手の名誉を守るという意識だけだった。 空手の為に立ち上がり、止めのパンチを外受けで避けながら左の中段突きを繰り出しリールからダウンを奪う。 しかしこの反撃はリールを激怒させるだけだった。
 怒り狂うリールは遂に必殺の首締めを倍達に仕掛ける。 敢えなく倍達の身体は宙に浮くのだった。

チャンピオン1978_31.jpg

続く。

 余計な茶々は入れずに進めたいと思いますが、キャッチコピーだけ書いておきます。

怒とうの激録連載
いよいよ閉幕!

 第10話(最終回)。

チャンピオン1978_32.jpg

 ディック・リールのネックハンギングツリーで吊り上げられた大山倍達の顔色が、次第に紫へと変色していく。 とっさに金的蹴りを見舞い、辛くも窮地を逃れる倍達。
 意識が朦朧とする中、どうやってリールの攻めから逃れたのか、それは倍達も定かでは無い。 再びリールが追撃を掛けて来た。
 リールの攻撃を躱す倍達、しかし意識は既に無い。 その闘争本能だけが倍達を支えているのか。
 蹴りを避け、マットに倒れ込んだところで倍達が意識を取り戻す。 刹那、目の前にリールの顔が飛び込んで来た。
 瞬間、カウンターの頭突きをリールの顔面に食らわせる倍達。 そして動きの止まったリールに追い打ちの左右中段突き。 これでリールは倒れた。 顔面に自分の額を叩き付けた倍達。 その額には、リールの折れた歯が数本突き刺さっていたという。

チャンピオン1978_33.jpg

 死闘から生還した倍達には、喜びも感激も無かったという。 そこにあるのはただ、終わったという呆然さだけであった。

 その後、倍達は世界を回り世界最強の敵を求めて転戦する。 ボクサー、タイ式、またはカンフーとあらゆる格闘技と闘い全勝した。
 倍達は語るー。

ほんとうに強い 人間というのは
相手をおそれ また うやまう ことを
知っている人 です

自分が世界の王の ような顔をして やたら強がり
相手をナメ おどしをかける 種類の人間は
ほんとうは弱い ダメなやつが 多い

試合前 わたしはいつも 内心 こわかった

相手と 戦うまえに 自分の弱さと 戦った

試合が始まれば 脳ミソの計算より
早く まったく 無意識に肉体が 動き
相手に 立ち向かう!

気が ついてみると
相手が倒れ自分が 勝っていてー
そんな くり返しなの ですよ

死を賭した 戦いというのは
そうしたもの なのです!

 次々と敵を倒す倍達を見て、いつしか人々は「ゴッドハンド」と賞賛を贈る様になった。
 倍達が伝えた空手の偉力惹かれ、FBIが指導を求め門下生となる。 そして1966年、遂にヨルダン国王フセインと王妃、皇太子までが倍達の門下生となり、ヨルダンでは近衛兵から軍隊に至るまで国を挙げて倍達を師と仰いだ。

チャンピオン1978_34.jpg

「ゴッドハンド」!!
今や世界94か国に
支部道場をもつ
大山倍達を人びとは
畏敬をこめてこう呼ぶ。
直訳すれば”神の手”
英語における正確な意味は
”黄金の腕”という
表現に近いことばであり
もちろん最大級の
賛辞である!

大山倍達は生涯 立ちどまることなく
あくまで「極真への道」 を追求し続ける!

ここに 幼き日の
大山倍達を描く 物語を終わる!
満州から日本 そして世界へ ー

不屈の闘志と 鉄の意志をもって
ただひたすら
世界最強の空手家 への道を歩んだ
大山倍達!!
彼の脳裏に 現在もなお
常になつかしく うかぶ光景は ー

幼き日に育った
果てしなく広大な 満州の大地であり

そして彼の 空手家としての
生涯の道を しめしてくれた
李 相志の 面影である!!

ゴッドハンド


チャンピオン1978_35.jpg

『ゴッドハンド』は今回で終了いたします。
長い間のご声援ありがとうございました。(編集部)


 という事で、ここで物語は完結します。 ディック・リールとの死闘は、まるで「男の星座」の様な展開でしたね。

 以前少し書いた様に、「ゴッドハンド」は梶原一騎先生のクレームを受けて連載を終えたと言われています。 詳しくは斎藤貴男氏の「梶原一騎伝」にありますが、ここに至るまでの流れを時系列で整理してみましょう。 以下敬称略。

・梶原一騎の原稿の遅さと、つのだじろう自身の新しい仕事の為に「空手バカ一代」の連載を下りる。
・影丸譲也に引き継がれるも、大山倍達の弟子たちの物語にシフトした「空手バカ一代」により、大山と梶原、そして極真の組織内に軋轢が生じる。
・「空手バカ一代」連載終了。
・心霊関係の漫画ばかり描いていたつのだは霊界に不安を感じ、霊界と関係のある仕事の一切を止める。
・後期の「空手バカ一代」の展開に不満を募らせていた大山は、つのだと「週刊少年チャンピオン」に打診して梶原抜きの大山倍達伝の企画を出す。
・当初つのだは梶原側の報復を予想してこれを断ったが、平岡正明の「ゴッドハンドの伝説」を原作に立てれば、と説得され承諾、「ゴッドハンド」連載開始。
・連載開始後、銀座で偶然つのだと出会った梶原は、「ゴッドハンド」は自分が創作した代名詞だと良い、自分の作品を盗作したと罵倒する。
・直後、梶原の取り巻きからつのだに脅迫の電話が入り、仕舞いには誘拐紛いの行動まで行われた。
・編集長の壁村耐三もまた、梶原に山の上ホテルに呼び出され詰問された。
・「ゴッドハンド」10話目で連載終了。

 と、この様な感じだった様です。 それでは梶原先生がつのだ先生を罵倒した際に言ったとされる台詞を引用してみましょう。

 「大山館長が、あのタイトルでやれって本当に言ったのか。 クリスチャンのアメリカ人が、人間をゴッドなんて呼ぶわけねえだろうが。 常識で考えりゃわかるだろう。 本当はミラクル・ハンドだったんだよ。 あれは俺が、館長にノサれた奴らの気持ちになって作った言葉なんだぞ。 お前はな、俺の創作を盗んだんだ」

 斎藤氏はつのだ先生が「空手バカ一代」の連載を下りなきゃ、大山総裁との関係もこじれなかったんじゃないかという頭が梶原先生にあったのでは? と推測しています。

 しかし、”ゴッドハンド”、”神の手”が梶原先生の創作かどうか? ここに焦点を当ててみると…ま、1/3ぐらいは正しいと言っておきましょうか。
 ここに1つの新聞があります。 1953年7/17付の「房総新聞」です。 これは翌18日に千葉県館山市の北条小学校講堂で行われた房総新聞社主催の空手演武大会を宣伝する記事なのですが、ここで既に”神の手”の表記が見受けられます。 以下引用。

神の手1953_1.jpg

 ”辰亮蝓前口上
○……チツトやチヨツトの物事には動じないはづのアメリカ人から、ハンド・オブ・ゴツド(神の手)と異名されたという大山六段の空手術とは一体どんなものか、

こちらは日付不明の同紙。

神の手1953_2.jpg

十八日館山で 驚異の”辰亮蝓
テレビ放送で米人からハンド・オブ・ゴツド(神の手)と謂われたレンガ割り、板割りなど

 大山総裁と梶原先生が出会うのが1954年ですので、それより1年早い事になります。 つまり"Hand of God"が元の言葉で、"God Hand"は梶原先生の改変だと言えるでしょう。 正直、権利主張出来る程の物では無いと思いますね。

 次に、クリスチャンのアメリカ人が人間をゴッドと言うかどうか?
 はい、言います。 自分が心酔する人物に対して"He is my God"なんて事も言います。 アメリカの場合は、大体"Hero"→"Idol"→"God"という順番で好きな人物のランクが上がります(感覚的に言えば"Hero"と"Idol"はほぼイコールですが)。
 また他にも”神の手”と呼ばれている日本でも知られた人物がいます。 アルゼンチンが生んだサッカーの英雄、ディエゴ・マラドーナです。 マラドーナ氏は1986年のワールドカップ、対イングランド戦で見せた手を使ったゴールは" Hand of God goal"と呼ばれていますし、"Hand of God Maradona"と呼ぶ人もいる位です。
 ついでに言えばアメリカに長年住んだ私個人の感覚からすると、”ミラクル・ハンド”の方がずっと違和感を感じますね。 "Miracle"なんてそうそう聞かない言葉です。 日本なんかよりもずっと聞かない言葉です。 使うとしてももっと大きな…事象とか現象に対して使うケースの方が多い気がしますし、個人に対してはあまり無いでしょう。 だから、これこそが梶原先生の創作だと思います。

 さておき…「ゴッドハンド」終了後も、つのだ先生に対する梶原先生の嫌がらせは続いたそうです。 時にはつのだ先生が連載していた雑誌の編集部にまで脅迫が及んだとも言われています。 そして翌1979年、様々な嫌がらせの中、当時「ビッグコミック増刊号」で「魔子」という作品を連載していたつのだ先生はその最終回「そして夜が明ける」の作中に登場する呪文でこの様な言葉を書いてしまいます。

魔子呪文.jpg

カラワジ・ イキツ・キマト ワヒオサ・ハノク キヨウ・ミツオ・ レシモオイ…… 呪われよ!
カチク・ ツテバン・ダクリ ノノロイ・オウケ・ミクニク・ルクシ ミ・クタルバ…… 呪われよ!

 この呪文はアナグラムになっており、解読するとこの様な感じでしょうか、
 梶原一騎と真樹日佐夫は、脅迫の罪を思い知れ……呪われよ!
 近く天罰呪いの下りを受け、醜く苦しみくたばる……呪われよ!
 これを知った梶原先生は激怒し、つのだ先生を京王プラザホテルに軟禁し、各出版社や漫画家への詫び状を書かされたと言います。

 晩年、大山総裁は当時の事を回想して「つのださんにも悪いことをした」と発言しており、ずっと気に病んでいたのかも知れません。
 図らずも、二人の巨人の間に入ってしまったつのだ先生は、一番の被害者だと言えるでしょう。


 何だかちょっと後味の悪い記事になっちゃいましたね。 ただ、今回は紹介していませんが、つのだ先生自身は極真での稽古を楽しい想い出として認識して頂いている事にホッとしています。 いずれ、藤子不二雄A先生が極真に通っていた頃に描いた「わが空手修行」と共に紹介出来れば、と思います。
 ところで今回の記事を書くに辺り、つのだ先生の「魔子」を購入したのですが、肝心な呪文のコマが差し替えられていました。 よって文中の絵は「封印漫画大全」からの物です。
 それでは、また。


参考文献:
週刊少年チャンピオン 第24号 秋田書店 1978年
週刊少年チャンピオン 第25号 秋田書店 1978年
魔子 つのだじろう著 中央公論社 1992年
梶原一騎伝 斎藤貴男著 新潮社 2001年
大山倍達外伝 基佐江里著 イースト・プレス 2008年
封印漫画大全 坂茂樹著 三才ブックス 2009年

参考リンク:
Wikipedia Argentina v England (1986 FIFA World Cup quarter-final) (2011/01/29)








東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!

つのだじろうの「ゴッドハンド 」 3 (第6話〜第8話)

JUGEMテーマ:空手
 さて、火曜日は「マンモの輪切り肉」(400g)を喰って量の多さに撃沈し、水曜〜金曜までは風邪でダウンという割と駄目な生活を送っているところですが、皆様は如何でしょうか?

SN3F00260001.jpg
「ギャートルズ」に登場したマンモの輪切り肉(エスケー食品)

 私は、鼻の通りもだいぶ良くなり、ティッシュの消費量が激減しホッとしているところです。 それでも鼻をかむと左の耳から「ピィー!」という音が鳴るので、結構嫌な感じですw
 
 今回はつのだじろう先生の「ゴッドハンド」の続編です。 それにしてもずーっとつのだ先生の絵を見ていると「うしろの百太郎」とか「恐怖新聞」とか「亡霊学級」を読みたくなりますねぇ。 つのだ先生のギャグ漫画は殆ど読んだ事がありませんので、一連のホラー漫画の方が親しみがあります。

 前回まではこちら。
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 1 (第1話〜第2話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 2 (第3話〜第5話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 3 (第6話〜第8話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 4 (第9話〜第10話)

 では続きを始めましょう。 尚、各話色々と事実誤認等がありますが、敢えて触れませんw

第6話。

チャンピオン1978_19.jpg

1936年、下関 「空手八段 甲山正拳道場」ー
 大山倍達少年は満州から安東(アントン)を経て連絡船で下関に辿り着き、家族の居る東京への帰路、空手道場を覗いていた。
 見咎めた道場生が乞食かと声を掛ける。 倍達は稽古を見てつい口を出す。

倍達「しかしー ここは 空手道場と あるけど みんな なんの練習を してるんだ?
道場生1「なんのって 空手の 組手ゲイコを してるんじゃ ないか
倍達「あれが? だったら なんで当てずに 途中で止め ちゃうんだ?
道場生2「ばかもん 空手は 一撃必殺だ!

 道場生たちはまとも当たったら即死するから寸止めなんだと言い、倍達は確かに急所に正確に入れば死ぬだろうが…考え込むがその発言に憤る道場生たち。 倍達を引っ張り込み稽古を付ける事になった。
 道着を渡され仕方なく着替え、茶帯の小笠原という道場生と相対する倍達。

倍達「しかし おれは寸止め 空手なんて やったことが ない 当て ちまっても いいかな?

 生意気な! と承諾する小笠原の正拳2連打が倍達の胸を襲い、右の上段廻し蹴りで倍達はあえなくダウン。 それを見て安心し、笑う道場生たち。 師範代の勝浦大吾郎五段も余裕の表情でそのぐらいにしておけと止める。
 小笠原は倍達に空手の威力が分かったか! と言い放つ。 倍達は素直に認めるが、大したダメージは無いし、一撃必殺というのは嘘だなと軽口を叩く。 激高した小笠原は倍達に打ち下ろしの肘を入れようとするが、その間隙を突いて腹部に倍達の頭突きが決まり悶絶する。
 あっけなく倒れた小笠原に、拍子抜けする倍達。 続いて茶帯の黒田が倍達に挑み掛かるが、突きは空を切り倍達の跳び横蹴りが黒田の顔面を直撃する。

チャンピオン1978_20.jpg

 最初は空手のスピードに圧倒された倍達だったが、2人目まで倒すとつい図に乗ってしまう。 気が付けば道場生に取り囲まれていたのだ。 この道場は1対1で負けると大勢で掛かるのか! と抗弁する倍達に、師範代の勝浦五段が応え、強烈な蹴りを放つ。
 蹴りをまともに食らった倍達は羽目板まで飛ばされる。
 この一撃で半失神状態となった倍達は、師範代の自慢気な発言を聞くや、まだ死んでないから一撃必殺じゃないと返す。 それを聞いた勝浦五段は右の正拳で叩き、前蹴りで蹴り上げる。

チャンピオン1978_21.jpg

 吹き飛ばされた倍達はまだ死んでいないと呟くが、続く右正拳が眼前に迫った瞬間、自分が死んだと悟った。 事実直撃していれば即死だったであろう一撃だったのだ。
 続く。
 
 と、衝撃的なエピソードで始まる日本編でしたが、続く第7話が凄いです。 編集部が喧嘩売ってますw

 ”寸止め空手”など クソくらえ!!
 怒とうの青春を歩む倍達

 確かに1975年前後から81年前後までは極真が迷走した時期ですし、大山倍達総裁自身も「空手バカ一代」の大山倍達を演じていた時期で他誌インタビューからもその事が伺えますが、何も編集部まで乗らなくても…と思いましたw

チャンピオン1978_22.jpg

 とりあえず第7話本編に入ります。

 勝浦五段の突きを寸止めされた大山倍達少年。 勝浦五段はこの突きを当てていたらお前は死んでいた、相手を殺す寸前で止めるのが寸止め空手だと言い放つ。しかし倍達は、二本貫手で勝浦五段の目を突き、大怪我を負わせ逃亡する。
 道場生たちは追いかけるも、姿を消した倍達は見当たらず。
 一方の倍達はどこをどう逃げ助かったのか、全身を包む激しい疲労と痛みの中にあった為か記憶には無い。 しかし倍達は勝浦五段との対戦を回想するー。

寸止め 空手 なんて 意味が ない……
一撃必殺と わめいている 彼らが なぜ ぼくの たった
一撃の逆襲で ああもモロく 倒れてしまう のか ……!?
あれは 寸止めの せいだ
いつも 寸止めで ケイコして いるから
直接 自分の 体を うたれた ことが ない……
相手を 殴り倒す 方法は 習っていても
自分は殴り 倒された ことがない
だから 本当に 相手に 当て られた場合は ー
ダメージが 大きく ああも 簡単に 倒れてしまう
その点 おれはー
李 相志先生に 直接 うたれ 投げられー
自分の肉体を きたえる 訓練から 徹底的に やらされた!
だから 師範代の あれほどの 攻撃を うけてもー
死にもせず こうして 生きている!!
寸止め 空手では 実戦の役には たたない
空手を やるなら 本当に 当てる空手を やらなくては 意味がない !!

 東京に着いた倍達は李相志の言葉を思い返しながら、両親の元へと赴く。 しかし両親の顔は写真でしか知らず、兄弟とは会った事が無い為、自分は捨てた子だと否定されるのでは? と不安に包まれる。

チャンピオン1978_23.jpg

 実家に着くと倍達の母は双手を上げて大切な息子を歓迎する。 倍達は母だと確認し、互いに抱き合う。 お前は恨んでいるかも知れないが、憎い訳じゃないと言う母は倍達の怪我に気付き手当する。
 しかし、父親は何故帰って来たかと問い詰める。 満州からの手紙で倍達の悪童振りを知っており、満州で死ねば良かった、どうせヤクザにしかならないと恫喝する。 倍達は親孝行したくて戻ってきたのだと反論するが、父は倍達の怪我を見てろくでもないクズ、お前は生きているだけで親不孝だと罵倒するのだった。
 途方に暮れた倍達は、李に教えられた王陽明の言葉を思い出し、どうせ死ぬなら日本の為に死のうと決意する。 時、日中戦争の最中だった。
 倍達は国の為に戦う兵は尊敬すべき偉い人だと教えられた世代であり、倍達もまた軍人になるのが目標であり、空手はその為の稽古に過ぎなかったのだ。
 倍達はどうせ死ぬなら戦闘機乗りとして、空の勇士撃墜王になって死にたいと考え始める。
 そして山梨の航空兵学校に入る事を願う。 しかし試験には自信が無い。
 そこで倍達は、報国と書かれた鉢巻きを巻き、自身の小指を切って書いた血書を手に航空兵学校に乗り込み、入学を嘆願する。 国を愛する気持ちは誰にも負けない、飛行機乗りになって国の為に役立ちたいが勉強には自信が無いーと。

チャンピオン1978_24.jpg

 その倍達の気持ちに心打たれた校長は、倍達の入学を許可する。 この事は愛国心の強い少年の美談として新聞に報道されたという。
 帰国しても居場所の無かった倍達は、ここで3年に及ぶ山梨航空兵学校での生活が始まる。 無論、空手の修業も並行して行われ、16才の時には松濤館で初段を取ったのだった。
 続く。

 ここから随分巻きに掛かってる様に見えますが、前号にあったキャッチ、

”神の手”のルーツをたどる激録連載!

というがありません。 一応事情を知らない方の為に説明しますと、この「ゴッドハンド」は梶原一騎先生のクレームによって10話を以て連載中止となりました。 表向きの理由は「ゴッドハンド」という名称の為です。 この件については次回詳しく書きますが、恐らくこの号の直前に梶原一騎先生がクレームがあったと私は推測しています。 週刊連載で連載休止になる場合の相場は3号前に伝えるいう話を聞いた事がありますので、この号の執筆中から何かがあったのでは無いでしょうか。

 というところで、第8話と行きましょうか。

チャンピオン1978_25.jpg

 第3部 極真の拳への章

 1939年、山梨航空兵学校を卒業した倍達だったが、さらに上級の飛行学校を目指して受験するも落第してしまう。 浪人となってしまった大山倍達には居場所がなかった。
 とりあえず東京に戻ってきたものの、倍達は早稲田大学の付近の大衆食堂前で、腹を空かし座り込んでしまった。
 見咎めた大衆食堂の店主は、倍達に大盛りのカレーライスをタダで喰わせ、雇っても良いと告げる。 早速倍達は、ここで働くようにになり、早稲田の専門部に通う。 ここには松濤館の空手部があったのだ。 しかし型を重要視する松濤館に物足りなさを感じ、新たな師を求めるようになる。
 この頃倍達が憧れた男は空手家では無かった。 柔道の鬼と恐れられた拓殖大学の木村政彦である。 木村は1935年に全日本選手権で優勝して以来、この年まで連覇していたのだ。

チャンピオン1978_26.jpg

 木村こそが尊敬出来る本物の武道家だと、18歳になった倍達は木村に憧れ追うように拓大に転学する。 そして剛柔流の空手をを学び始め2段を取得する。
 しかし1941年12月、日本軍はハワイ真珠湾に奇襲を掛け、アメリカとの戦端が開かれる。 倍達もまた拓大より学徒出陣にて千葉の陸軍航空隊に配属され、整備兵となった。
 無論それは倍達が航空兵学校出身という経歴を買われての事ではあったが、本人は境遇に不満であり、空を飛んで戦い、国の為に死にたいと思っていた。
 1945年7月、悪化する戦局の中、倍達は志願して神風特別攻撃隊に配属される。 仲間たちが次々と散る中、倍達の出撃は8月15日と決まった。 しかし終戦となり、その機会は失われてしまったのである。
 死ねなかった倍達は生き甲斐を失ってしまうが、自分には空手があった事に気付く。
 本当の空手の道を求める為、尊敬する師を求めて様々な道場を渡り歩き腕試しをする日々。 しかし倍達が求めるものは見付からなかった。
 1946年、倍達は身延山の寺に籠もり、李相志に学んだ借力を元に修業を始める。
 1947年、京都で開催された戦後初の全日本空手選手権に出場。 優勝候補や高段者を撃破して見事日本一の栄冠に輝いた。 倍達24歳の時だった。

チャンピオン1978_27.jpg

 続く。

 と、まぁ物凄い勢いで話が収束して行っていますw
 この号から「空手バカ一代」のエピソードに合流した感じですね。 残り2号で物語は一応の完結を見る事になるのですが…その結末は、そしてその真相と余波については…次回をお待ち下さいw
 ちなみにこの大会の決勝で闘った相手は、どうやら「南波」選手らしいです。トーナメント表が少し載っていますが、そこで南波選手が準々決勝で東大吾という選手に勝っているのが分かります。
 そう言えばこの号の一カ所だけ、編集部が消したらしい空手道場の看板がありました。

チャンピオン1978_28.jpg
「空手」の上に不自然な空白と消した痕跡がある

 何か問題がある名称だったんですかね…実在する道場か、それとも誰かの名前だったとか…。
 また、宮本武蔵は出ないのに、木村政彦先生が出る辺り、非常に興味深く思います。

 しかしつのだ先生の構成力が素晴らしいと思うのは、ここですね。 きっちり話を終わらせに行くんですよ。 個人的な感想ですが、つのだ先生は短編が非常に上手い漫画家だと思います。 代表作のホラー漫画も、基本的には短編の積み重ねですし。 ちょっと前半ダレた感じがあったのは長編を予定していた事もあってか大きな流れで構成を考えていたのでは無いでしょうか。 結果的にそれが各話毎で見ると盛り上がりに欠けたのだと思います。
 その点、梶原先生は根底にエンターティナーとしての才能というか、長編であっても各話単位で山場を作ったり、次に引っ張る巧みさがあったんでしょう。 この辺りが「ゴッドハンド」と「空手バカ一代」の最大の違いじゃないでしょうか。

 それでは、また。
 


参考文献:
週刊少年チャンピオン 第21号 秋田書店 1978年
週刊少年チャンピオン 第22号 秋田書店 1978年
週刊少年チャンピオン 第23号 秋田書店 1978年
 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!

つのだじろうの「ゴッドハンド 」 2 (第3話〜第5話)

JUGEMテーマ:空手
 木曜夜から風邪引いていたので、更新が遅れました。 まぁ、これで私がバカではないと証明出来れば何より。
 ところで…、
イェ━━━━━ヽ( ゚Д゚)人(゚Д゚ )ノ━━━━━━ィ
 先月発売の「週刊プロレス」(1556号)の流智美さんの連載に、当ブログの事が載ってましたw
 ブログ名こそ載ってはいませんでしたが、「(空手、プロレス両方に詳しい)マニア」との評価を頂きましたです、ハイ。
 流さんとは数年前に1度、とあるインタビューに同行させて頂いた際にお話を色々聞いたんですが、多分憶えてらっしゃらないでしょう。
 もう何年も「週プロ」買ってないし、立ち寄った古本屋で「週プロ」を立ち読みしなければ、この記事に気付かなかっただろうなぁ。
 まだ他にも(1952年じゃないけど)タッグ、3人タッグの試合記事(1つは当ブログの某常連氏に頂いた)を発掘していると知ったら、驚かれるだろうか?

 さて、グダグダとアバンタイトルを述べたところで、つのだじろう先生の「ゴッドハンド」の続きです。

 前回まではこちら。
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 1 (第1話〜第2話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 2 (第3話〜第5話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 3 (第6話〜第8話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 4 (第9話〜第10話)

 では第3話ですね。

チャンピオン1978_10.jpg


 ●極真拳・大山倍達実伝

 何て煽りが付くようになっています。 前回のあらすじはこちら。 それでは本編へ。

 荒れ狂う熊は中国人を殴るも、中国人は微動だにせず、更に手を振り上げんとする熊を投げて一回転させる。
 怖じ気づいた熊に大山倍達少年を帰らせるよう詰め寄ると、熊は承諾し逃げ去った。
 事が終わり、李相志と名乗った中国人は、ちょうど倍達の住む大山農場へと働きに来た季節労働者の一人だった。
 そして季節は春から秋へと代わり、この頃には李という小男は同じ季節労働者の間でも「ネズミ」と呼ばれバカにされていた。
 仲間内での飲み会でも、李は常に端っこにうずくまり、決して加わろうとはしなかった。
 倍達は、そんな李を見て何故怒らないんだと激怒する。 しかし李は━━

 ぼっちゃん
 いいたい人には いわせて おけば いいですよ
 いばって 他人を おどしたり いじめたり するやつが
 必ずしも 強いとは かぎりません
 弱いから 大声を出して いばって見せて いるのかも しれませんよ

 と逆に倍達を説き伏せる。

 秋の収穫が終わる頃、収穫祭が行われ、季節労働者の力自慢の男たちによる蒙古相撲が行われる。 その中でも大山農場で働く弁髪の金という男が大活躍し、ついには優勝を果たす。
 事件が起きたのは、その金の祝勝会の席だった。
 酔った金は隅っこに座る李を見付け、酒を強要する。 自分の優勝が祝えないのかとまで言われれば、李も断れず、1杯だけと飲む。
 しかし飲み方が詰まらないと更に強要する金。 李はドンブリを傾けながら横目に金を見つつ、もう1杯飲み干すが、その飲み方が気にくわないと殴り掛かる金。
 その刹那━━。
 二人が交差すると血塗れで倒れたのは蒙古相撲の優勝者、金であり、小男の李は金の弁髪を手に無傷だった。

チャンピオン1978_11.jpg

 それを見た季節労働者の一人が幻の朝鮮拳法、借力(チャクリキ)だと騒ぎ始める。 李相志は借力の達人だったのだ。
 李が酒を飲む際に正面から飲まなかったのは、金の不意打ちに対応する為だったのである。
 この一連の光景を目の当たりにした倍達は、衝撃を受ける。

 大山倍達は回想する。
 目にも止まらぬ早業、あの大男を一瞬で倒した技は、弁髪を掴みむしりながらの頭突きと金的蹴りではなかったかと…。

チャンピオン1978_12.jpg

 李を李先生と仰ぎ、膝を付き借力を教えて欲しいと懇願する倍達。 李はそれを拒否。 追いすがる倍達に、自分の修業に負けた弱い男だから他人に教える資格など無いと断り、畑仕事を始めるのだった。
 
 続く。 で、連載第4回です。

■人気爆発!
”神の手”の
ルーツをたどる
激録連載!

チャンピオン1978_13.jpg

 この回から第二部(早っ)「不屈の闘志の章」に突入します。 それでは、本編。

 膝を付いて李相志に借力を教えて欲しいと懇願する大山倍達少年。 李は断り続けるが、それでも倍達は熱心につきまとい、頼み続けた。 見かねた李の仕事仲間も、手解きぐらいしてやれば…と口を挟むが、それでも李は首を縦に振らない。
 こうして半月が過ぎた。
 倍達の根気に負けたのか、李は借力の厳しさについて語り出した。
 借力とは、「薬借力」、「神借力」、「練借力」の3つからなり、これらを身につけるにはそれぞれ最低330日の修業が必要で、全て憶えるのには10年掛かるという。 更にそれぞれの借力をおよそ10年、つまり30年修業してようやく「道士」と呼ばれる達人になるのだと言う。
 借力の厳しさを説いた李は、倍達に選択を迫る。 それでも借力を学びたいか、と。
 無論、倍達は学びたいと即答、しかしここで李は修業に耐えられるかを試すのだった。

チャンピオン1978_14.jpg

 ある夜更け、倍達は帰宅した自宅の玄関に倒れ込む。 激しく疲労した倍達のズボンの裾からは砂が零れており、それを見咎めた叔父がまた倍達が悪さをしたのではと問いただす。
 しかしさにあらず、倍達は借力の稽古をしていたのだ。
 倍達は叔母に紐の様に長い袋を2つ作って貰い、その中に一升(0.56グラム)ずつの砂を入れて眼前に見える丘まで走るように李に言われる。 李は数字の書かれた石を10個用意し、丘の上に置いた石を1つずつ番号順に持ってくる様に言う。 そして、これを毎日10往復、100日間続けるのだと倍達に試練を課し、仮に1度でも辞めたり回数を誤魔化せば、その場限りで借力を教えるのを辞めると言うのだった。
 この事を打ち明けられた叔父は、借力の修業に意義を感じ、それを認めた。

 翌日から倍達は毎日丘に駆け上り、そして駆け下りた。 息を切らす倍達の前に李が現れ、辞めたいかと聞く。 倍達は続けると宣言するも、この修業が何の役に立つのかと疑問を口にする。

チャンピオン1978_15.jpg

 李はこの修業で足腰を鍛えればーと、恐るべき跳躍力を見せ、頭上の枝を蹴り折り、手刀を繰り出すのであった。

 続く。 次はちょうど折り返し地点の連載第5回となりますね。

極真空手のルーツがここにある!

チャンピオン1978_16.jpg

 大山倍達少年は毎日走った。 李相志の言い付け通り、100日間1日も休まずに走り続けた。 季節労働者である李が郷里に帰っても倍達は走った。
 そして春、李は再び大山農場へと戻ってきた。
 李は倍達の頑張りに賞賛を与えるが、まだ借力は教えられないと言う。 今度は2本の柱に縄を渡し、その上を1日100回、100日間、跳べる高さから始めて少しでも高く出来るようにと、倍達に言い含めた。
 季節は春から夏へ−。
 最初は辛かった倍達もこの頃になると練習になれ、かなりの高さを跳べる様になっていた。
 李は倍達に頭上の枝を蹴ってみるように言う。 僅かに及ばず蹴れなかったが、李は合格を出し、借力を学ぶ事を認めた。
 そして李はまず、自分を倒してみろと言い、倍達に自由に殴らせる。 李は完全に倍達を手玉に取り、実力の違いを見せつける。

チャンピオン1978_17.jpg

 倍達は無駄な動きが多いが、自分には無駄な動きが無い、だからスピードが違いかなわないのだと諭す李。
 李は倍達に竹の棒を渡し、水瓶を割ってみるように言う。 倍達は棒を振り回し叩き付けるが、水瓶は割れない。
 力任せにぶん殴るよりも威力のある方法があるのだと倍達に言い、李は竹棒で突き、水瓶に穴を開ける。 更には素手の一撃で水瓶を破壊して見せる。 しかし李はこの突きより蹴りの方がもっと威力があるのだと断言する。 蹴りを研鑽すれば人間の体を破壊する位簡単である、と。

 これはまさしく 事実である
過日 日体大の 講師が特殊な 科学機器を使い
「空手」の衝撃力を測定したがー
コンクリート ブロック二つを 手刀でたたっ切る 時の衝撃力は
なんと四百キロ
有段者の 足刀による蹴りは テストした三人とも 八二〇キロを 超えている!
そして人体が 完全に つぶれてしまう 衝撃力は 八百キロなのだ!

 この日から倍達は李の厳しい、血反吐を吐くほどの稽古を受けた。
 しかし時代がこの師弟の関係を許さなかった。
 折しも満州では、日本軍の占領に反抗する中国軍と日本軍の間で戦争が繰り広げられており、特に張学良の軍は熱河省では泥沼状態になっていたのだった。
 満州各地の日本人密集地帯には便衣隊と呼ばれる排日ゲリラが出没し、馬賊なども略奪行為に及ぶといった事件も連日のように起きていた。
 こんな時代の中、李相志と大山倍達の別れは突然やって来たのである。
 ある日、学校が終わり借力の稽古へと思いを馳せる倍達と、それをやっかむ悪ガキ仲間。 倍達は自分の夢を語って聞かせる。

おれは 借力を 身につけて 強い人間になりー
将来は国を 動かすような えらい人間に なるんだ!

 そして自宅に帰ると荷物を持ち、叔母夫妻に別れを告げる李の姿が。
 聞けば李は郷里に帰らねばならないと言う。 留まるように懇願する倍達に、李は言葉を贈る。

最後に ぼっちゃんに 一つだけ 教えておく ことがある!
志立たざれば 舵なき舟 轡なき馬の ごとしー
ということば です!
これは 王陽明先生の ことばだ 志を持たない人間はー
舵のない舟 クツワのない 馬と同じで
どこへ さまよって いってしまうか しれない
しっかりした 目標ー大志を 持ちなさい!
ーという ことです!!
それから もう一つ!
親孝行を しなさい!
親孝行の できないものは
ほんとうに 強い空手家には なれません!

 李相志は大山農場を去った。 その後の李の消息は誰も知らないという。 ただ、関東軍に虐殺される抗日武装集団を助けた一隊の中に、その姿を見たという人もいたと聞く。

チャンピオン1978_18.jpg

 時に倍達11歳。 李を言葉を反芻し、自分が親兄弟と一緒に暮らした経験が無い事に気付く。
 ここに日本へ帰る事を決意した倍達はその2年後、満州から日本へと密航して帰国するのだった…。

続く。


 今回はここまでです。 第3話には借力に関する説明が色々載っていましたが、私個人が借力の来歴をあまり信じていないので思いっ切りカットしましたw
 「大山倍達正伝」で借力と李相志について考察されている箇所がありますので、そちらを参考にされた方が良いかと思います。
 今から15年位の話ですが、アメリカに居た頃にテレビで借力を見た事があります。 確か赤か青の道着だったと思いますが、やっている内容はテコンドーにハプキドー(合気道)と何かの武器術という感じでした。 手元に力抜山という借力拳法の達人が書いた「秘武道 借力拳法」という本がありますが、この本の内容から更にテコンドー寄りになったような感じですかね。
 そう言えば、本書の中で対動物を公開している章があるのですが、こちらは色々と面白かったです(ちなみに力抜山氏は、虎殺しを3度、牛殺しを1度達成しているとか云々)

 また日本への密航というのも、平岡正明先生の「ゴッドハンドの伝説」に出てくるエピソードなのですが、これについては大山倍達総裁の実兄、崔永範氏が認めており、実際戦前から日本に密航してくる朝鮮人は後を絶たず、労働力過剰や失業問題等、社会問題化していたそうです。 今で例えるならアメリカに密入国するメキシコ人みたいなもんですかね。
 それにしても李相志の最後の台詞は某総理にも聞かせてあげたいものですね。

 それでは、また。


参考文献:
週刊少年チャンピオン 第18号 秋田書店 1978年
週刊少年チャンピオン 第19号 秋田書店 1978年
週刊少年チャンピオン 第20号 秋田書店 1978年
秘武道 借力拳法 力抜山著 日貿出版 1980年
大山倍達正伝 小島一志、塚本佳子著 新潮社 2006年
週刊プロレス 第1556号 「流智美のプロレス検定塾〈205〉」 ベースボール・マガジン社 2010年

 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!

極真カラテのレア映像(裏)

JUGEMテーマ:空手 さて、第2部です(第1部はこちら)。 既に動画サイトにて投稿されている映像もありますが、市販されていない映像を紹介してみます。 それにしても、「裏映像」って言うと何かこう、エロいですねw


 まずは「小さな巨人」大沢昇(藤平昭雄)のキック映像。 8ミリですので、音声はありませんし、対戦相手も不明です。 昔は試合会場で8ミリ撮影しているファンがいたんですよ。

大沢昇キック.jpg
大沢昇がローキックで倒した瞬間

 さて、試合の方は大沢先生のじっくりと構えてプレッシャーを掛けて前進するスタイルが印象的です。 パンチの強打が目立ちましたが、試合を決めたのは体の軸がずれるほど強烈なローキックでした。

***

 以前も少しだけ紹介しましたが、第1回全日本では?と1部で言われていた、第2回全日本の8ミリ。 映像の状態が酷いので、構えと動きで誰が誰だと判断しなくてはいけません。 静止画では分かり辛いです。

第2回全日本3.jpg

 しかし分ける主審も凄い大変そうで、必死になって引き剥がしているシーンもあります。 また、背中に向けた打ち下ろしの肘等、喧嘩の様な技や選手が長々と伸びてしまっているところも収録されており、正に「ケンカ空手」と言える試合振りでした。
 
***

 今度は大会のテレビ放映版。 初めてテレビで放映されたのは1974年の第5回全日本からですね。

第5回全日本.jpg
第5回全日本決勝

 見所は無門会の富樫宣資先生のスピンチョップ、山崎照朝先生の上段回し蹴り2連打、二宮城光先生と廬山初雄先生の対戦、史上最高の技術戦と云われた決勝戦等々、見所は沢山あります。
 他に手元にあるのは、第1回世界大会、第9回〜第11回全日本ですかね。

第11回全日本.jpg
第11回全日本、中村誠 対 川畑幸一

 メディア8のは結構持ってますけど、テレビ放映版は割と持ってませんw
 
***

 第1部で紹介した、「新説!! 芦原英幸」に収録されている映像のロング版。

芦原英幸プライベート.jpg

 冒頭に芦原先生のプライベート映像が映っています。 空手談義をしながら歩いているシーンでは、身振り手振りで技を繰り出したりしていました。

***

 大山総裁も出演したアメリカの人気番組”You asked for it”で演武を披露する、「カラテマスター」グレート東郷。

グレート東郷演武.jpg
グレート東郷の自然石割り

 マネージャーの羽田がまた良い味を出しています。

***

 大山総裁が出演した番組はいくつかありますが…、個人的に一番面白かったのは93年放送の「いつみても波瀾万丈」(日本テレビ)でしょうか。

いつみても波瀾万丈.jpg
「いつみても波瀾万丈」

 以前作った書き起こしがありますので、ちょっと紹介してみます。

大山:「これは言って良いかどうかわからないけれども、男はね、話し合いで、話し合いを何度もやるべきです。そしてね、話し合いで解決出来ない時はね、拳で解決するの」
間:「えー」
逸見:「ちょっと待って下さいよ。それは対女性に対してもですか?」
(スタジオ内爆笑)
大山:「女性は、愛情」
逸見:「対女性は、愛情」
大山:「愛情」
逸見:「びっくりしましたですね」
(スタジオ内爆笑)
大山:「全部愛情ですよ」
逸見:「うん」
大山:「しかし、その愛情も、力が無いと表現出来ないんだよ」
逸見:「あーそかそか」
野々村:「彼女に対しても寸止めにしなかったんですね?」
(スタジオ内爆笑)
(中略〜既成事実として子供を作ったのはいつかという様な話になる)
逸見;「既成事実を作ってしまったという」
大山:「そういう事ですね」
野々村:「あ、じゃあやっぱそれは熱海かどっかで…」
野際:「じゃあ山に籠もる前ですね?」
大山:「いやぁそれは…」
間:「熱海で」
野々村:「熱海熱海」
野際:「熱海」
大山:「それはうーん…熱海…、いやそれは…」
(スタジオ内爆笑)

 他に所有している番組(大山総裁出演)を列挙してみると…。
・「マイスポーツ〜壮絶!! 大山倍達のこれが極真カラテだ」(TBS、83年)
・「豊原ミツ子のやるっきゃない!」(TBS「モーニングeye」のコーナー、85年)
・「明日ハレルヤ」(関西テレビ、90年)
・「わいわいスポーツ塾」(TBS、90年)
・「プレステージ」(テレビ朝日、92年)
・ポーランドで受けたインタビュー(93年頃?)

やるっきゃない.jpg
「豊原ミツ子のやるっきゃない!」

とまぁ、このぐらいでしょうか。

***

 「猛牛と闘う空手」不完全版。
 前半何分かがカットされています。 完全版(多分12〜15分位)を見せて頂いた事がありますが、カットされているのは第1部で紹介した冒頭の乱闘シーンと、海岸での型指導風景、護身術があればこんなに安心、という感じの寸劇ですかね。

大山倍達対澤井健一.jpg
大山倍達と澤井健一の模範組手

 不完全版はメディア8の「牛殺し 大山倍達」に収録されている映像は大体ありますが、牛との格闘はもっと長く収録されています。 また、大氣拳の澤井健一先生と大山総裁の組手もあります。 この辺りも近い内に紹介しようかと思います。

***

 1963年6月にコネチカット州ハートフォードで開催された第2回北米空手道選手権大会での特別演武。
 割と無造作に次々と試し割りを見せる大山総裁が印象的です。

第2回北米大会演武.jpg
背刀を繰り出さんとする大山倍達

 最後は瓶切りを見せるんですが、手刀で瓶の首をすっ飛ばした後、返す刀で反対側にある「何か」を叩きに行っています。 画面から見切れているのでそれが何なのか分かりませんが、多分2本目の瓶を叩きに行っているんじゃないでしょうか。

***

 最後は封印映画「ゴッド・ハンド」。 爽やかなBGMは入っていますが、タイムコード入りの危険な代物。

ゴッドハンド.jpg
左から:松井章圭、アンディ・フグ、増田章、マイケル・トンプソン

 一見すると、スペインかどっかヨーロッパの紹介ビデオなんですが、そこには松井章圭、増田章、マイケル・トンプソン、そしてアンディ・フグという第4回世界大会の上位4名の姿があったりします。

ゴッドハンド2.jpg
個人的にも親しかったという、増田章とアンディ・フグ

 風景ばかり映っているのですが、牧場に着いた一行の視線の先には…BGMが一転して牛の姿が!
 後は闘牛を見に行ってたりと、本編の大半は風景と闘牛で占められています。
 
 故あって画像の公開は出来ませんが、その後15秒ほど4人掛かりで牛と格闘し、押さえるシーンがあります。 どなたか当事者がその顛末を語るまでは、きっと封印され続ける事でしょう…。


 という事で第2部はここまでです。
 今回は裏映像ですね。 他には大山総裁が韓国で見せた組手の実演やプライベート映像、極真海外支部の他流試合、大氣拳との組手、独立直後の中村忠先生の演武映像等々、まだ公開していないのもありますが、まぁ、こんなところでw
 第1部もそうですが、映像の中には動画共有サイトで流出しているものもあります。 この辺りは各々お探し下さい。

  そう言えば本文中、「わいわいスポーツ塾」は実家のビデオに入っていますので、実際には手元にありません。 ですから、ひょっとしたら無くしている可能性もあります。 他にも同番組に本部御殿手の上原清吉先生が登場した回とか、「リングの魂」が2年分ぐらいはあったんで、その内回収したいものです。
 またテレビ放映された物は大山総裁が出演した物に限りましたが、それ以外でも色々とあります。

 こういう映像持ってるよ! 的な物がありましたら、情報を寄せて下さい。 個人的には第1回千葉県大会の映像とか、東孝先生時代の東北大会(特にスーパーセーフを着用した組手演武)とか見てみたいものです。
 あ、どっかにアップロードして下さいなんて話は聞けませんので、言うだけ無駄ですよ?

 それでは、今年も宜しくお願い致します。


  






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!

極真カラテのレア映像(表)

JUGEMテーマ:空手
 明けましておめでとうございます。 今回は新春なので2本立てにしてみました。
 第1部は極真にまつわるレア映像(市販されているので表と呼称)、そして第2部は非売品のレア映像(こちらは裏と呼称)に分けて紹介します。


 まず最初は「ムエタイ名勝負大全集第2巻 大いなる挑戦!」。
 このビデオには1964年2月に行われた、「極真対ムエタイ」の第2戦、タイ国元ウェルター級王者ラウィー・デーチャーチャイ 対 黒崎健時戦が収録されており、大変貴重な物となっています。

黒崎健時ムエタイ.jpg
極真の道着を着てリングに上がる黒崎健時

 この映像、どうやら1976年3月に行われたルンピニー・ライト級王者 シリモンコン・ルークシリパット対 藤原敏男戦の時に放映された物の様で、同試合もビデオに収録されています。
 また、空手古書道連盟によれば、野口プロモーション、タイのテレビ局、ドイツ人カメラマンによる3台のカメラで撮影されたそうです。
 この映像を見た当時の大山道場生が「記憶と違う部分がある」と証言しているのは、大山道場にあった8ミリは別の角度から撮影された部分だからだと思われます。 恐らくは野口プロモーションが撮影したフィルムが大山道場に届けられたのでしょう。
 
***

 次は「実録! 大山道場&黒崎健時」。
 前述した試合の次に行われた、藤平昭雄 対 ハウファイ・ルークコンタイ戦が収録されています。

藤平ムエタイ.jpg
ローキックを繰り出す藤平昭雄

 元々はビデオで発売されていたのですが、近年になって特典映像が追加されたDVDが発売されているので、こちらの方がお得です。
 先の試合とは撮影角度が違う様なので、これこそが野口プロモーションの映像じゃないかと思います。
 そう言えば、以前大山家が総本部で8ミリビデオをいくつか発掘したそうです。 一体何が映っているのかと業者に依頼してビデオ化して貰ったところ、外人が型を演じるだけの変な映像しか無かったそうで(これは海外からの審査依頼の8ミリだと思われる)、この「極真対ムエタイ」は見付からなかった模様です。 他に国内で現存している可能性があるのは、杉並ジムぐらいじゃないでしょうか? 少なくとも70年頃までは杉並ジムでもこの8ミリを持っていたそうです。
 閑話休題。 このDVDが凄いのは、他にも大山道場の稽古風景とグローブ組手が収録されている事でしょう。 大山倍達総裁が見守る中で繰り広げられる、グローブ組手は見物です。

大山道場グローブ組手.jpg
藤平昭雄のグローブ組手

***

 芦原英幸指導映像。 これは東邦出版の「新説!! 芦原英幸」という本に付いているDVDにテレビインタビューと共に入っています。

新説芦原英幸.jpg
芦原英幸指導映像

 1980年頃、という事なので独立直後の映像でしょう。 動きの素早さは圧巻です。
 芦原先生の指導映像は他にもクエストの「芦原空手 サバキテクニック 西山道場篇」に別の指導映像が収録されており、ファンには堪らない一品では無いでしょうか。
 このシリーズは全部で3巻までありますが、いずれも特典映像として芦原先生の指導映像や北海道での審査会が収録されています。

***

 次も芦原先生の作品、生前に出版された3部作と言っても良いでしょう。

芦原ビデオ3部作.jpg
芦原空手3部作

「スーパーテクニック 芦原空手 -捌き- 限りなきチャレンジャー」。 芦原空手の魅力を余すところ無く紹介したビデオです。 海外でも英語版が出ているそうですが、そっちは見た事ありません。 元々は全10巻の技術ビデオとして制作される予定だったとの事。 割とどうでも良い事ですが、私が最初に入手したのは、アメリカで日本人向けに日本の番組やビデオをダビングして販売しているニューヨークの会社が売っていた海賊版でしたw

実戦芦原カラテ基本.jpg

 「実戦! 芦原カラテ」 基本編と応用編の2本。 先に出版された講談社の「実戦! 芦原カラテ」シリーズの映像版と言ったところでしょうか。
 基本編には基本稽古から基礎的な技の使い方。 応用編には階段を利用したステップワークの練習が少し映っていたり等、ちょっとレアな映像もありますが、基本編の復習に始まり投げ技の基本、投げの型、組手の型が収録されています。 また、それぞれ小冊子が付属として付いており、映像と小冊子を見ながら学ぶ形となっています。

実戦芦原カラテ応用.jpg
タイトルには当時の高弟、二宮城光

 いずれも初期の高弟が多数登場しており必見です。
 最後にこれは先代没後に芦原会館内で販売された「芦原空手 サバキテクニック」。 初心者向けの型等が収録されています。

サバキテクニック.jpg

 元々はビデオで制作されていた様で、画質は悪く、音声もモノラルと色々酷いです。 後、縦横比が合っていない様に思います(PCで見たからかも知れませんが)。

***

 当時は渋谷で極真の支部長を受け持っていた真樹日佐夫先生出演映画「カラテ大戦争」。 講談社の「月刊少年マガジン」で連載していた「空手戦争」の劇場版という事でしたが、あまり原作とは関係ありません。

カラテ大戦争.jpg

 オープニングのところではまんま極真会館の夏合宿と全日本の映像が使われており「極限流」の話なのに「極眞會」の刺繍が入っていますw
 他にも真樹先生の声が吹き替えだったり、「四角いジャングル」で赤星潮役を演じていた高桑満弥先生が登場したりと知っていれば色々面白いのですが、作品としてははっきり言って微妙です。

***

 メディア8の「組手最前線」。 こちらは大山総裁没後の作品ですが、冒頭に映画「猛牛と闘う空手」に収録されていた大山総裁の乱闘シーンが入っています。 あんまり息が合っていない様に思いますので、多分俳優を相手に演技したのでしょう。

組手最前線.jpg

 本来は全員伸ばした後に警官が駆けつけ、大山総裁を逮捕、見ていた住民が無実を訴えるシーン(総裁は吹き替え)があるのですが、そこまでは映っていませんでした。
 その他の内容は、松井派90年代後半の国内外トップメンバーによる強化合宿、昇段組手の映像で構成されており、正に当時の「組手最前線」と言える物です。

***

 最後の極真映画「世界最強のカラテ キョクシン」。 最後の極真映画なのに、未だDVD化されていないのですが、冒頭の試合から続く試し割りのシーンは格好良いです。

キョクシン1.jpg

 その内別の枠で解説したいと思いますので、今回はあまり解説しませんが、割と酷い作りです。 でもラストの夕日の中でシャドーするシーンがメッチャ格好良くて、ビデオを見ながらその動きをマスターしたものですw
 さて、レアなのは大山総裁の演武、ですかね。 転掌の型、本当はスーパーリンペイをやるつもりだったそうですが、照明とカメラ位置の問題で転掌に変更したとの事。 それから日本刀による蝋燭斬り(マスターしてみたいと言っていた演武)、最後のビール瓶切りと続いた後、1956年頃に田園コロシアムでの牛との対決を前に合宿した千葉県妙見山に岩村博文、共田徳龍と訪れ(実際には黒崎健時もいた)、階段を走ってみたり、当時稽古に使っていたという牛を模した台車に手刀を振るってみたりします。

キョクシン2.jpg
対牛トレーニング器具

 他にも当時稽古場を提供していた香山庄吉、牛を提供した小倉氏(下の名前は不明)も合流し、昔話に花を咲かせ、最後に「猛牛と闘う空手」の牛と闘う映像が流れました。

***

 最後に「長谷川一幸 極真カラテ 入門編」の特典に、1970年に開かれた第2回全日本大会の試合映像が収録されていますので、これで締めたいと思います。
 こちらのシリーズは2つ出ていますが、2には第2回全日本の映像と、長谷川先生の祝勝会、演武会等が収録されておりこちらも必見。
 まだ全日本が2回目という事で試合に即した組手になっておらず、崩し、引っ掛け、投げ、掴み合い、顔面への牽制と、正に喧嘩の様な荒々しい試合が多数見受けられます。 添野義二先生による一本背負いからの下段突き1本は、今のルールではあり得ない決まり手ですね。

第2回全日本2.jpg

 また、当時極真に衝撃を与えた韓武館(テコンドー)の金次憲選手の後ろ廻し蹴りが本部黒帯の山崎照道選手(山崎照朝先生の実弟)に直撃し、ダウンを奪うシーンが収録されていました(※コメント欄のご指摘によれば正確には「翰武会」で、金次憲選手は賢友流賢友会所属との事。 詳しくはコメント欄のてるさんの書き込みを参照下さい)
 この大会を機に極真では後ろ廻し蹴りの研究が始まり、翌年の第3回大会では大石代吾先生の様な後ろ廻し蹴りの名手が登場するのですが、当時は未知の技だったのです。 そして、この未知の技は第6回全日本で前年極真に復帰したばかりの廬山初雄先生からダウンを奪う功績を挙げています。
 一時期、大山総裁がテコンドーは強いと言っていたのは、自身の出自だけでは無く、こういったところにも端を発していたのだと思います。 最も、極真勢が対処法をマスターしてからは勝てなくなりましたが、知らない技というのは本当に怖いものです。
 そして演武。 中村忠先生によるツーシボ、真剣白刃取りと氷割り。
 ラストは決勝リーグの試合。 長谷川一幸、山崎照朝、添野義二の三者による決勝争いは必見です。
 尚、「翰武会」は「糸東流 翰武会」が正しい名称の様です。 会長の武田昇翰先生は現在オーストラリア在住との事。 こちらを参照下さい

 第1部は以上となります。
 他にも三協映画の空手3部作となる「地上最強のカラテ」シリーズや「四角いジャングル」シリーズ、千葉真一氏の「極真拳」シリーズ、第5回全日本の決勝戦を含む3試合が収録されたクエストの「山崎照朝の実戦空手」、メディア8の「牛殺し大山倍達」、アニメ「空手バカ一代」の実写パートもありますが、今回は除外しました。
 こんなのもあるよ〜という情報がありましたら、書き込んで頂けると幸いです。

 そう言えば、クエストから「山口剛玄 空手道伝説」のDVDが出ましたね。 今月は出費が多いので、まだ購入していませんが、その内買おうかと思います。

追記:金次憲選手と韓武館について追加しました。
追記2:翰武会と武田昇翰先生について追加しました。

参考資料:
「最強格闘技図鑑」 松宮康生著 ぶんか社 1997年
「新説!! 芦原英幸」 フル・コム編 東邦出版 2006年


参考映像:
「ムエタイ名勝負大全集第2巻 大いなる挑戦!」 日本スポーツ映像株式会社
「実録! 大山道場&黒崎健時」 UPPER
「芦原空手 サバキテクニック 西山道場篇」 QUEST
「芦原空手 サバキテクニック 西山道場篇part2」 QUEST
「芦原空手 サバキテクニック 西山道場篇part3」 QUEST
「スーパーテクニック 芦原空手 -捌き- 限りなきチャレンジャー」 東宝
「実戦! 芦原カラテ 基本編」 講談社
「実戦! 芦原カラテ 応用編」 講談社
「芦原空手 サバキテクニック」 芦原会館
「カラテ大戦争」 松竹
「組手最前線」 メディア8
「世界最強のカラテ キョクシン」 松竹富士株式会社
「長谷川一幸 極真カラテ 入門編 vol.1」 QUEST
「長谷川一幸 極真カラテ 入門編 vol.2」 QUEST


 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!

空手&格闘技のレア物 1

JUGEMテーマ:格闘技全般
 昨日は納会でして、前日に予約しておいたバーガーキングのNYピザ・バーガーを皆で食った後、池袋の日本武道具にお邪魔して先月より目を付けていた老松信一著「柔道五十年」を入手してきました。

NYピザバーガー.jpg
バーキンは10年位前にアメリカで食って以来
 
 さておき、今回は空手や格闘技に関するレア物を色々紹介してみようかと思います。
尚、紹介する物は手に入らない物も多いので、「こんなの物もあるんだ」ぐらいの感覚で見て貰えればいいかとw
 今回は画像がいつもより多いです。 ネット環境によってはちょっと重いかも知れません。

***

 まず最初は日本空手協会の首席師範だった中山正敏先生の本、”PRACTICAL KARATE”。 海外に向けて武術を広く紹介した事で名高い、ドン・ドレガー氏との共著です。

中山正敏本.jpg

 この本を何故ここで紹介したかというと、これが中山先生の初めての著書だからです。
 63年にこの本が出版され、65年に名著「空手道新教程」を出版されていますので、こっちの方が先です(一応国会図書館と、アメリカの議会図書館で確認しました)。

中山正敏本2.jpg
靴の使い方まで載っている

 本書は護身術という事で、ほぼ全編私服で中山先生が演武されており、各種実戦的な技法を紹介しています。 今となっては大変貴重な物では無いでしょうか?

***

 次はアメリカ合衆国旧陸軍省の”BASIC FIELD MANUAL UNARMED DEFENSE FOR THE AMERICAN SOLDIER”です。 平たく言えば、陸軍兵士用の素手による護身マニュアルですね。 日本と戦争中だった1942年6月に発行されています。

アメリカ陸軍格闘マニュアル.jpg

 あまり知られていない気もしますが、米軍では戦前からボクシングやレスリング以外にも、柔道や柔術を自軍に取り入れており、戦争中も指導されていました。
 本書では柔術から柔道に発展した事、そしてそれが極めて効果的だという事にも簡潔に触れ、その上で各状況に対する反撃法が示されています。

アメリカ陸軍格闘マニュアル2.jpg
締めの解説

 よって、基本技術は柔術がベースとなっており、手首への関節技から急所への打撃、絞め技が紹介されています。
 また、軍隊だなぁと思わせる様な状況が多く、素手以外にも対ナイフ、対サーベル、対警棒、対銃剣等がありました。

***

 今度は旧ソ連で発売された極真の技術書。

ソ連極真本1990.jpg

 これはウクライナの方から入手した物で、氏によれば1990年にソ連で最初に発売された極真の本だという事でした。
 キリル文字がまるで読めないので正確には分かりませんが、試しにMastering karateをウクライナ語に変換してみたら、同じタイトルになりました。 写真は1966年版の”What is Karate?”や”Mastering Karate”と同じですので、間違い無いでしょう。 まぁ、ひょっとしたら海賊版かも知れませんけど。

ソ連極真本1990b.jpg

 ザラ紙に中綴じという、物不足で喘いでいた当時の東側諸国の生活状況が伺える製本となっています。 2色刷りなんですが、赤いのと共産圏はきっと関係ありませんよね?

 ここで少し極真豆知識。
 旧ソ連に初めて極真の非公認組織が出来たのが1972年。 東欧で極真を学んだタニューシキン氏(後のロシア支部長)が持ち込んだそうです。 多分その師匠がユーゴスラビアのモドリック氏ですね。
 78年、ソ連空手連盟なるものが設立。 79年にはソ連大使館での大演武会、第2回世界大会ではタニューシキン氏が選手を引き連れ、参加するという話もありました(結局不参加)。

ソ連大使館演武.jpg
有名なソ連大使館でのビール瓶裏拳割り

 この頃にはソ連15の都市に同好会があり3000人以上の門下生がいたそうです。 この時期までの関係は良好だったと云えるでしょう。
 しかし83年(81年説も)になると、理由は不明ですが、ソ連で空手が禁止となります。 一転して反逆者となってしまったタニューシキン氏はポーランドへと亡命。 その後ソ連では地下で空手が続けられ、時には逮捕された修業者も居たと聞きます。
 そして89年、在モスクワ日本大使館から外務省を経由して、極真会館に一つの公式文書が届きます。 発信元はソ連科学アカデミー哲学協会傘下にある全ソ東洋格闘技研究センター。 内容は以下の通りです。
・89年になって東洋格闘技研究センター(88年設立)に極真空手道部門が設置された。
・タニューシキン氏がその責任者となった。
・この部門は極真の基本方針に則って運営される。
・その為、タニューシキン氏をソ連極真会館の代表としての権利を認めて欲しい。
・その旨を、国際空手道連盟全支部に通達して欲しい。
 総本部は要請を受け入れ旧ソ連支部が発足。
 そして90年3月までの時点で、ウクライナだけで5000人の生徒を抱えるまでに成長しました。
 そんな状況の中出版されたのがこの本なのです。 今のロシア極真会の原点と言える本かも知れませんね。

***

 さて、ところ変わりまして、今度は香港の海賊版「空手道護衛術」。

香港極真本.jpg

 元ネタは東谷巧版の「秘伝極真空手」と、「100万人の空手」だと思います。 発行年は不明ですが、蔡茂豊編著と書いています。 しかし、どこにも「極真」とも「大山倍達」とも書かれていません。

香港極真本2.jpg

 全く酷いもんです。

***

大山倍達梶原一騎生写真.jpg

 続いては大山倍達総裁、梶原一騎先生の2ショットサイン入り生写真。 多分「マス大山カラテスクール」の受講特典です。 この時の梶原先生は道着を持っていないのか、大山総裁の道着を着ています。 何となく着こなしに違和感を感じるのは道着のサイズが合っていないのと、梶原先生が道着を着慣れていないみたいだからでしょうね。
 この特典は時期によっていくつかある様で、他にも「大山倍達八段」と入った正拳蝋燭消しの写真、真樹日佐夫先生との2ショット写真、ウィリー・ウィリアムス対アントニオ猪木戦の写真等があったみたいです。

***

 影丸譲也先生による、「空手バカ一代」の大山総裁と芦原英幸先生の色紙。

空手バカ一代色紙.jpg

 絵は印刷っぽかったので、恐らく「週刊少年マガジン」のプレゼント用だったのでは無いでしょうか? サインが入っていないのもその為かと。
 ちなみに、今は所有していませんので、悪しからず。

***

 日本プロレスの歴史的なパンフレット3つ。

日プロパンフ初期.jpg

 左上が1954年の日本プロレス初興行の物、右上が力道山 対 木村政彦の日本選手権試合の物、そして下のが57年、ルー・テーズ 対 力道山のパンフ。
 実際に買えばそれぞれ3万くらいはしますが、手元にあるのは昔「月刊ゴング」が別冊付録として復刻させた物です。
 やはり興味深いのは日本選手権のパンフで、日プロ主催なのに選手紹介は木村先生の方が先に来ていたりします。 また、パンフの記事中にはエリオ・グレイシーとの対戦等も載っています。

鉄人木村.jpg
 
***

 次は、大山茂先生の極真時代に出版された技術書。

大山茂極真技術書.jpg

 演武者は茂先生と泰彦先生です。 収録内容は基本と太極気念榮扱慮鼎盻猗運動もありません。
 巻末には当時の米極真支部一覧がありますが、70年代初期と比べるとかなり弱体化しています。

***
 
花の空手道.jpg

 70年にコロムビアレコードから発売された瑞季竜なる歌手によるシングル「花の空手道」。 と、まぁ、ここまでは良いのですが、後援がこの様になっています。
後援・日本空手道・国際空手連盟総本部/極真会・大山倍達
 まぁ、この瑞季氏が門下生だという事なんでしょうけど、詳細はよく分かりませんでした。
レコードは沢山あるので、こちらもいずれまとめて紹介します。

***

 最後は謎の極真消しゴム。 詳細は全く不明ですが、「キン消し」が流行ったのと同じ時期に出ていたとおぼしき消しゴムです。

極真消しゴム1.jpg

 多分鉢巻きを巻いているのと、髪が後退しているのが大山総裁です。 後怪しいのが1体ありますが、こちらは確定出来ませんでした。 他は忍者っぽいのが3体で内1体が女性、片袖脱いでいるのとゴツイ顔のが1体ずつ。 そして鋲を打ったベストを着ているのが1体。 計8体。 全部で何体あるのかも分かりませんw

極真消しゴム2.jpg
大山倍達だと思われる2体

 背面には(c)M.O.E.という刻印がありますので、多分マス大山・エンタープライズから権利を得ているんじゃないかと思います。


 年内最後の更新、如何でしたでしょうか? 軽くやって終わらせようと思ったら…思った以上にマニアックかつ、意外にソ連の極真本で手間取り、時間が掛かってしまいましたw
 まだまだネタは沢山ありますが、今回はこれくらいですかね。 映画「地上最強のカラテ」の立て看板とか、とある極真の支部で飾られていた茂先生の瓦割り写真とか、戦後ボクシング界のバイブル等もありますので、この辺りもいずれ紹介したいですね。
 ウチにはこんなのがあるぜ! みたいな自慢等ありましたら、画像、来歴を添えてメールを頂ければ数が溜まり次第紹介しますので、お待ちしております。
 
 それでは皆様、良いお年を。


参考文献:
FM 21-150, UNARMED DEFENSE FOR THE AMERICAN SOLDIER, War Department, United States Government Printing office, 1942
M. Nakayama & Donn F. Draeger, PRACTICAL KARATE BOOK I, Charles E. Tuttle Co., Inc., 1963
S. Oyama & Y. Oyama & M. Miura, U.S. KYOKUSHIN OYAMA'S KARATE OFFICIAL TEXT BOOk BASICS NO.1, U.S.Kyokushin karate, 1981
Масутацу Ояма, Мастеринг КАРАТЕ, 出版社不明 1990
空手道護衛術 蔡茂豊編著 香港良友出版社 出版年不明
世界選手権争奪 プロ・レスリング特集号 (月刊ゴング 1976年10月号別冊 パンフレット復刻版II) 日本スポーツ出版社 1976年
日本選手権大試合 (月刊ゴング 1979年1月号別冊 パンフレット復刻版ぁ 日本スポーツ出版社 1978年
世界選手権者大試合 記念号 (月刊ゴング 1979年2月号別冊 パンフレット復刻版ァ 日本スポーツ出版社 1979年
月刊パワー空手 1979年9月号 「大山館長以下精鋭五十余名 ソ連大使館で極真カラテの演武会!!」 パワー空手出版社 1979年
第2回オープントーナメント全世界空手道選手権大会記念プログラム 国際空手道連盟極真会館編 1979年
月刊パワー空手 1989年12月号 「アメリカとソ連に巨大極真組織誕生へ」 パワー空手出版社 1989年
月刊パワー空手 1990年 6月号 「最新ソ連カラテ事情 パチコフスキー支部長に聞く」 パワー空手出版社 1990年
月刊パワー空手 1990年 9月号 「極真代表団 感動のソ連ウクライナ遠征」 パワー空手出版社 1990年
極真の精神 大山倍達著 市井社 1994年

 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!

つのだじろうの「ゴッドハンド 」 1 (第1話〜第2話)

JUGEMテーマ:空手
 最近TBSのドラマ「SPEC」で、登場人物の一人が「ゴッドハンド 大山倍達!」と叫びながら銃に突進したとか何とか、そういう話を聞きました。
 でも、もう大山倍達を知らない人も多いんですよね。 昔は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」でも「大山倍達より怖い!」なんてネタが出ていたんですけどねぇw

 という事で今回は1978年に「週刊少年チャンピオン」で連載されていたつのだじろう先生の劇画「ゴッドハンド」を何回かに分けて紹介します。

チャンピオン1978_01.jpg

  この作品は斉藤貴男氏の「梶原一騎伝」にも裏話が出ていますが、色々とトラブルがあったんですよね。 その辺りはラストでやります。
 元々は作家の平岡正明先生が「世界日報」で連載していた「ゴッドハンドの伝説」(後に「月刊パワー空手」にも転載)をベースにしていたと思われます。 というのも、割と設定が似通っているんですよ。

 前回まではこちら。
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 1 (第1話〜第2話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 2 (第3話〜第5話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 3 (第6話〜第8話)
つのだじろうの「ゴッドハンド 」 4 (第9話〜第10話)

パワー空手1978_01.jpg

 さておき、本編。

一撃必殺! 大山空手の全貌を余すところなく描く鮮烈の実録空手巨編!!

なんて煽りが付いています。
 この漫画が興味深いのは、アバンタイトルみたいなシーンが入っているところですね。 2回もタイトルコールされてるようなもんです。

チャンピオン1978_02.jpg

一閃の
突きとケリで
拳銃を
はじき落とし

日本刀に素手で立ち向かい
数十頭もの
牛と戦い
角をたたき
折りー
FBIを指導
ゴッドハンド(神の手)と
呼ばれた世界最強の男がいる!
大山倍達である!

チャンピオン1978_03.jpg

 そして、
 
おそらく その拳は
石のように固く
巌のようにゴツイと
人びとは思うだろう……
しかし実際には
その手のひらは 広く
やわらかく そして
あたたかい

私は ここに
今まで描かれなかった
大山倍達を描いてみたい!!

つのだじろう

チャンピオン1978_04.jpg

ここまで来てようやくタイトルですよ。 当時としては割と珍しいんじゃないでしょうか。 映像を意識しているような感じですね。

チャンピオン1978_05.jpg

 そして第一部「昿野の野獣の章」が幕を開けます。
 1931年、場所は満州・札蘭屯、ここに1対多数で喧嘩に明け暮れる倍達少年がいた。 倍達は、石を持って反撃、相手に怪我を負わてしまう。

チャンピオン1978_06.jpg

 当然、倍達の叔母夫婦が暮らす大山農場には隣村から苦情が寄せられる事になった。 倍達の悪ガキ振りは有名で、叔母夫婦も困り果てていたのだ。

 ー1923年、関東大震災のあった年に大山家9人兄弟の4男として生まれた倍達は、満1歳の頃、家に托鉢に来た僧侶にこう予言される。

 この赤ん坊は異相の子だ
 この子は将来きっと世界をおどろかすような大きなことをやるにちがいない
(中略)
 他人にあずけなさい
 そうすればこの子はきっと大成する

 その言葉を受け、倍達の両親は2歳の時に「銀山寺」に1年、3歳から小学校に入学するまでは満州・奉天の親戚宅、そして札蘭屯へと転々としていたのだった。

 話は戻り、相手のガキ大将に怪我を負わせた倍達は、叔母の家には戻らず報復する為に仲間たちを集めて隣村に夜襲を掛ける事を決意する。

 というところで終わり。 次号に続きます。

 で、第2話。

チャンピオン1978_07.jpg

 隣村の川上開拓村までやって来た倍達一同。
 昼間、倍達を襲撃したガキ大将の家と、大山農場に文句を言いに行った家をターゲットに絞り、作戦を組む。 倍達とその仲間は色々なイタズラ作戦を考えており、その中の一つ、「4号作戦」で報復をする事に決定する。
 この作戦は、敷き布団に水をこぼして寝小便に見せかけるというイタズラから発展したもので、倍達たちは寝静まった家に侵入し、布団に水をぶっかけ、素早く撤退する。
 春とは云え、北部の満州はまだ寒く、当然ながら大人たちは大激怒、悪ガキたちを追って来た。
 捕まり始める仲間たち。 倍達は責任を取ると言って囮になる為に飛び出す。
 しかし、熊と呼ばれる男が猟銃で倍達を狙い引き金を引いた事から、状況は一変してしまう。
 動きの止まった倍達に群がりリンチを始める大人たち、猟銃をぶっ放した熊もまた、猟銃を振り上げ、銃把で殴り付けようとする。
 その時、棒が二人の間に割り込む。 1人の中国人が割り込んで来たのだ。

チャンピオン1978_08.jpg

 理を説いて場を修める中国人。 最後には膝を付いて倍達の代わりに自分を殴って済ませてくれとすら言い始めた。
 皆納得したが、ただ1人、熊だけは納得行かず、無抵抗の中国人を殴り付けた。

 ここで終了。

 今回はここまでですね。
 それにしても見開きを編集するのは面倒ですねぇ。
 この頃の「週刊少年チャンピオン」はリアルタイムで読んではいませんが、その数年後に「マカロニほうれん荘」や「ブラック・ジャック」にはハマったものです。
 特に「ブラック・ジャック」は、今ウチ(会社)でアニメの配信をやっており、思わず文庫版で全部揃えてしまいましたw
 参考までにこの頃の連載を掲載しておきます。

チャンピオン1978_09.jpg

 とか何とか書いていたら、「マカロニほうれん荘」が読みたくなってきました。
 それでは、また。

参考文献:
月刊パワー空手イラストレイティッド1月号 パワー空手出版社 1978年
週刊少年チャンピオン 第16号 秋田書店 1978年
週刊少年チャンピオン 第17号 秋田書店 1978年
梶原一騎伝 斎藤貴男著 新潮社 2001年

 






東京・池袋の武道具専門店 ブドウショップ



フレッツ光で最大106,000円キャッシュバック実施中!





<< | 2/2PAGES |